変わらないものの話 「し、失礼、します…」
「おう」
良いから来いよ、と促されて、俺は寝台のちょうど1人分空けられたスペースに横になった。ボスの睡眠の邪魔をしないようにとなるべく端の方に寝転んだのに、すぐにがっしりとした腕に包まれて引き寄せられてしまう。思わずわっと素っ頓狂な声が出てしまった。
ぎゅっと抱きしめられて、俺は離れようと必死にもがいた。俺なんかがボスの隣で寝てるってだけでも落ち着かないのにこんな密着して眠るなんて無理だ。しかも向かい合わせの体勢で。
「おいおい暴れんな」
せめて向きだけでも変えたかったが、脚まで使ってホールドされては為す術もなかった。どうあっても逃れられないとわかって、俺は諦めて力を抜いた。
俺が抵抗をやめたのを良いことに、背に回された掌がゆったりとした動きで俺の頭から背中にかけて移動する。
あったかくて大きな手だ。以前ぼーっと見ていたら「俺様の手が怖いか」と訊かれたが、俺はこの手がどちらかといえば好きだった。愛用の長銃を扱う手。色んなものを奪い取ってきたその手は、まさにボスの矜持そのものだ。
だからこそ。
今自分の背を行き来するボスの手つきの優しさに俺は困り果てていた。俺がこんな、お気に入りの銃の手入れをするときみたいに、大事なものを扱うときみたいに触れられていいはずがない。
「うー」
「ネーロ」
抵抗しようと呻くものの、もうどうやっても抜け出せそうにないしそんな気力もない。頭上でくつくつと笑うような息遣いが聞こえた。こちらへ向けてもう寝ちまえよ、と囁き、眠そうにあくびをする。声色や動きの緩慢さからしても眠そうなのに、手の動きは止まない。こちらが眠るまで待つ気らしい。
ならせめて、ボスが少しでも早く休めるように寝たふりをすることにした。
目を堅く閉じて、ゆっくり長く息を吸って、そのまま吐く。ボスの呼吸に合わせて俺も息をする。ボスの眠りを妨げないように、密やかに、密やかに。
しばらくして、俺はボスのぬくもりを感じながらゆるゆると眠りに落ちていった。
――
晩酌からの流れでそういうことになったあと。
情事を終えて疲れと眠気でふわふわとしているかつての相棒を撫でながら眠りにつくまで見守る、この時間がブラッドリーは好きだ。
慈しむように、いたわるように、丁寧に丁寧に触れる指先は、今も昔も変わらない。
ブラッドリーはこの時間を一度失い、再会した今でも滅多なことでは享受することができない。
失って初めて、価値の大きさを実感した。ネロの料理も、ささやかな気遣いも、ネロとともにあることすらも、当然ではなかったのだと思い知らされる。
だからこそ、今度こそ、宝の価値は見誤らない。
「ぶらっど……なにかんがえてんの……?」
ネロが微睡みながら訊ねる。
「なんでもねえよ。ほら、もう寝ろ。朝早いんだろ」
そう言って、ブラッドリーはネロを抱き込んだ。灰青の頭をよしよしと撫でてやる。
「ん…」
ネロもブラッドリーの胸に顔を埋めた。ネロは少しだけ息を止めて、再び息をする。その呼吸が自分のものとぴったり重なっていることに気がついて、ブラッドリーは微笑んだ。
「変わんねえよなあ、お前」
盗賊だったころ、ネロを初めて自分の部屋へ呼んだ日のことを思い出しながら、ブラッドリーは独り言ちた。