名前のない僕はいない「へー、こんな億ションでも首吊る馬鹿がおるんか~」
人の声がする。随分艶のある男の声だ。オートロックの玄関がカードキーで開いたと同時に聞こえてきたので、随分五月蠅い住人が来たな、と僕は思った。
「でも、どこで吊ったん? 随分綺麗みたいやけど」
ドカドカと足音がこちらへやってくる。この部屋の間取りは高級マンションなだけあって、無駄に広い。玄関から入って、リビング、キッチンなどを通り抜けて、このサニタリールームに入ってくると、鏡に映しだされたのは随分顔の濃い色男だった。
年の頃は三十代くらいか。意志の強そうな眉に、いちいち目鼻立ちの主張が激しい顔。だが、それらが綺麗に配置されているので、ハッと人の目を惹くような若い男がそこにはいた。
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