うちよそで撃ち合わせてみた【※死ネタ】
【相棒以上恋人未満くらい?】
「困ったねェ」
物騒な代物を握りしめ、玖朗はいつもの笑みを張り付けたままに首を傾げた。
「それなりに人の死は見てきたし、まァ俺が殺しちゃったような人もいるから、あんまりそういうのに罪悪感はないんだけど。猫を積極的に殺したいとは……思わないかな」
けれど、銃口は目の前の少年に向けたままにした。なにせ、玖朗にも相手の銃口が向いたままなのだから。
「へぇ、そりゃ光栄」
風猫は肩をすくめる。それから玖朗へ向けている銃口といっしょに、緑色の瞳で玖朗をまっすぐに見据えた。
「アンタ、”生きてたい”奴だろ」
自分が生き残るためなら、俺を殺せるだろ。そう言われた気がした。
「ま、死にたくはないよね」
じりじりとしたなにかの感情が、心の縁を焼いていく。玖朗はそれに気づかないふりをして、へらりと笑った。風猫が溜息をつく。
「俺は、殺したくないし、殺されたくもないし、死にたくもない」
「じゃ、どうする?」
「一番マシな選択肢を選ぶ」
そう言って風猫は迷うことなく、自分のこめかみに銃口をぴったりとくっつけた。
「アンタを生かしてやるよ、玖朗」
にやりと笑った風猫の瞳は、嘘のようにいつもどおりに輝いていた。自由に気ままに、己の意志の向くままに。
「……猫」
「あぁ……くだらね」
こんな世界、もう結構。そう言わんばかりの退屈そうな声。響いた銃声とともに、目の前にあった身体が崩れ落ちた。
【くっついてないとこうなる】
【説教ルート】
【多分付き合ってる】
「死にたいとは思わないけどさ」
玖朗は拳銃を握りしめた手を下ろした。
「猫に撃ち抜かれるならまぁ、それも一興かなって」
「馬鹿か」
肩を竦めた玖朗を見て顔を顰めた風猫が、さっと自分の左腕に銃口を引っ付ける。
「ちょっ……」
止める間もなく、破裂音が響いた。
「猫!」
玖朗は真っ黒なそのガラクタを放り出して駆け出した。
弾丸は風猫の腕を見事に貫通していた。
だばだばと流れ出る血が止まらない。その大怪我と引き換えに、部屋の壁には出口らしい扉がじわじわと出現してきていた。厄介なことに、出口が完全に出現するのに時間がかかるパターンらしい。
兎にも角にも玖朗は、必死になって止血を試みていた。自分の服と風猫のパーカーと、使えるものはなんでも使って血管を圧迫する。当然医者であれば、死に至る出血量がどれくらいかくらい把握している。まだ大丈夫。ひどい怪我だが処置を間違えなければ風猫が死ぬことはない。医者としての知識と経験がそう告げているのに、流れ落ちる血液とともに風猫の命がそのままこぼれ落ちていくような錯覚が拭えず、身体に力を入れていないと指先が震えてしまいそうだった。
「ちゃんと治るか?」
痛いはずなのに、風猫の口調はあまりにもいつも通りだった。それになんだか——えも言われぬ苛立たしさを感じる。
「治すよ。治す、治すに決まってる。けどさ」
大量の血が流れ出ているせいで蒼白になりつつある風猫を見つめて、玖朗は訴えた。
「猫は、躊躇いがなさすぎて怖いんだよ……!」
「こういうのはさっさと思いきるに限る。時間かければかけるほど、泥沼に嵌って追い詰められるからな」
「慣れ親しんだ口調で言ってるんじゃない」
自然と玖朗の口調が険しくなった。
「あとで説教だからね」
「ハァ? なんでだよ、急所だって外してるし、あの場の”最適解”だろうが」
「逆の立場だったら猫だって怒るだろ!」
玖朗の剣幕に、風猫は不思議そうに目を瞬かせた。
「勘弁してよ本当に。……別に俺でもよかったでしょ」
「アンタは医者だろ。メスが握れなくなったらどうすんだ」
もうやだこの子。
玖朗は頭を抱えたくなったが、ちょうど扉が綺麗に出現し終わったのを見て、きびきびと立ち上がった。
「……行こう」
手を差し出すと、風猫は無事だった利き手で玖朗の手を掴んだ。そうして玖朗の手を借りて風猫が立ち上がってもなお、玖朗は黙って手を繋ぎなおして、出口らしい扉に向かってそのまま手を引いていった。けれど風猫はなにも言わずに大人しくついてくる。
「……いつかの廃遊園地を皮切りにして、俺もそこそこいろんなオカルト事件に巻き込まれてきたけど、今回は間違いなく、今までで一番クソな不思議体験だ」
「ハハッ」
「笑ってるんじゃないよ」
両開きの真っ黒な扉が開く。扉の向こうは見知った、くそのような、けれど風猫と撃ち合わなくていいいつもの中華街。
そう考えるとこの街も存外悪くないかもしれないと、玖朗は思った。
【くっついてるとこうなる!】