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    ki_m426

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    #杏千
    apricotChien

    ずっとこのままでいいのに 夕方から突然の雷雨と聞いて、いてもたってもいられなくなってしまった。かき込むように夕食を済ますと、傘を片手に学園まで走り出す。中程まで行ったところで一本しか持ってこなかったことに気付いたが、引き返せば手遅れになってしまうとそのまま通学路を駆けていった。
     正門に着いた時には時刻は既に十九時を回っていた。もしかしてすれ違いになってしまったかと不安になったが、偶然正門から出てきた冨岡先生に兄がまだ中にいることを聞く。準備室か、居なければ職員室だ、廊下は走るなよ。そんなことを言って、冨岡先生は帰っていった。雨はまだ、降っていない。
     下校時刻は過ぎているので用務員の鱗滝さんに事情を伝え、中へ。一緒に探そうかと言われたが、もう帰るだけだからと遠慮した。
     社会科準備室の明かりは既に消えていた。しまった、すれ違ってしまったのか。このままでは間に合わなくなってしまう。急いで職員室に続く階段を降りると、踊り場で兄の姿を見つける。声をかけるよりも早く、兄上が俺の存在に気付く。
    「千寿郎」
     目を丸くして、驚いて、それから笑って。どうしたと聞いてくれる声は優しい。とんとんと階段を下り兄の前に立てば、頭をぐりぐりと撫でてくれた。踊り場より一段上にいるからか、目線の高さが同じだった。
    「下校時刻は過ぎているだろう。忘れ物か?」
    「今日、これから雨なんです。夕方の天気予報で言っていて、それで……です」
     要するに勢いで来てしまったのだが、それを急に恥ずかしく思ってしまい段々と言葉の勢いを無くしてしまう。はい、ととりあえず右手の傘を渡せば兄上は「ああ」と言いつつ素直に受け取ってくれる。ほんの少し手が触れ、兄の目がきゅっと細くなった。ありがとう、お前の分の傘はあるのか? 笑顔で受け取ってくれた兄上はそう続けた。一本しかないんです、忘れてしまって。そう素直に伝えれば優しい兄は揶揄することもなく一緒に帰ろうと言ってくれるだろう。もしくはこれをさして早く帰りなさいと言われるかもしれない。それが嫌で、思わず「あります」と嘘をついてしまった。
     兄上はふむ、と口角を上げると、ひとまず職員室に行かないかと誘う。
    「あ、でも俺……帰りますよ」
    「そうか? そんなことより不死川が菓子をくれたんだ。一緒に食べよう」
    「でも、あの」
     言葉を探しながら職員室へ向かう兄に着いて行ったが、目的地に辿り着く前にぽつぽつと窓を叩く音が聞こえ始める。ぽつ、ぽつ、と。不安定なリズムはすぐにサアっと地面を撫でるような音へと変わる。廊下の窓から見る校庭は真っ暗でどの程度雨が降り始めたのかはわからなかったが、帰れなくなってしまったことだけわかった。
    「降ってきてしまったな」
    「え、あ……そうですね」
    「先に帰るか?」
     兄の問いかけに、俺は首を横に振った。



     職員室に人はいなかった。聞けば、今日は皆予定があり殆どが定時で帰ってしまったのだという。兄から貰った菓子だというおはぎを渡された時、掃除や確認を終えた鱗滝さんが戻ってきた。今日はもうあがると兄に頭を下げ、裏口の施錠を頼む。兄も快諾していたので、きっと慣れていることなんだろう。これで学園にいるのは俺と兄上二人だけとなった。
    「うまいな」
    「はい」
     雨の音が聞こえる。さらさらと鳴っていたそれは、いつの間にか叩きつけるような音となる。スマートフォンが揺れる。俺と、兄上のものも。きっと両親からだと思ったが、気付かないふりをした。
    「すごい雨だな」
    「はい」
    「帰れなくなってしまった」
     傘があります。一本だけだけど。言おうと思ったが言葉にできなかった。先におはぎを食べ終わった兄上が立ち上がる。椅子がギッと音を立て、少しくるりと回った。職員室の椅子はくるくる回って面白いなと思いながら、そっと目を閉じる。そうすれば唇に固いものと、あんこの甘さを感じた。
     もう一度スマートフォンが揺れる。机上に置かれている兄上のそれがぼうっと発光し、メッセージを表示させる。俺の場所からではなんて書いてあるのか読めなかった。雨はどんどん強くなる。
    「これをして欲しくて、来たんだろう」
     違うとも、そうだとも言えなかった。ただただ目を閉じた。そうだとしても、人がいないのは偶然だし、兄がしてくれるとも限らない。ああ、でも、人がいたら社会科準備室で待っていてくれたのかな。兄は、きっと、俺が来るとわかっていただろうから。
     雨が降る。スマートフォンが揺れる。優しく触れるだけじゃ満足できなくなって、兄の方へ体を寄せる。そうすれば兄上は俺を支えながら、もう一度椅子に座る。ギッとまた鳴って、座る兄上に跨れば壊れそうな音でギイッと鳴る。一度離して、呼吸して、口を開いて下手くそに誘えばずるりと舌が入り込む。
     薄目を開けて兄のスマートフォンを見た。父からのそれは、雨がひどいから迎えに行く旨が書かれていた。兄の手がスマートフォンに伸び、画面を裏返される。意識を逸らしたことを咎めるように、舌の動きが激しくなった。
     迎えが来るまであと少し。メッセージに気付かなかった言い訳は、雨のせいにすればいいと思った。
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