怪異対策課へ所属する事になってしまったある村雲江の話「にゃーは猫又憑きなんですにゃあ」
「はぁ……」
具現されたのはついさっき。なんだかこじんまりした部屋で、主と思われる彼女とふたり。
最初のにゃー、は一人称だろうか?
ちょこんと向き合う形で座りながら、にゃあにゃあと説明をされる。
「審神者というものは変なのに狙われやすいらしいのですにゃ、そこでお偉い様方は“そういう物に強い人間”を拉致したりスカウトしたりして、一人一振り相刀(あいかた)を具現させ、怪異の相手をさせてるのですにゃ。にゃーの家系は代々この仕事をやっていますにゃあ」
「待って、それで俺……?俺が主の相刀……?」
「はいですにゃ」
こくり。糸目な彼女はほわほわと笑っており、強さなど微塵も感じられない。
キリキリとお腹が痛み、ぎゅっと両手で押さえ込んだ。
その様子に主はしょも、と眉を下げる。
「申し訳ありませんにゃあ、おまえさまにはとんだとばっちりですがにゃ、相刀ははじめに鍛刀した方から変えられないのですにゃ」
「そ、そんな事言って……どうせ他の刀の方が良いからって俺の事売るんでしょ……?」
「にゃーはおまえさまの事、かわいらしくて好きですにゃ?それに、にゃーが連れて来られたここは刀壊も折るのも売るのも、なんなら……」
ごそり。懐から何かを取り出した彼女は、それを俺に手渡した。
「“折れる事”も、許されないようですにゃあ」
「これって……」
「お守りの極、だそうですにゃ?」
1つどころじゃ無い。
いくつも連なってるそれを、放り投げることも出来ずただ見つめる。
「ですが、おまえさまがどうしてもやりたくない、逃げたいと言うのであれば、1つだけ方法がありますにゃあ」
「、え?」
ぱ、と顔を上げると、彼女は流れるような動作で首を垂れる。
「にゃーの首を、落とせば。」
「、」
「それが無理なら事故死させますかにゃ」
「あの」
「寿命はおすすめしませんにゃあ、いくらおまえさま方からしたらすぐとはいえ、その間仕事が来ない訳が無いですからにゃ?」
「やる!!相刀!!!やります!!!」
腹の痛み方がキリキリからギリギリになって来た。
宜しいのですかにゃ?ときょとんとした顔で聞かれ、余計に痛む。そろそろ血でも吐くかもしれない。
ああ、こんな時せめて雨さんが居れば……
「雨さぁん……」
ポツリと出た名は、風で消えそうな程小さく儚かった。
しかし、それに主が反応する。
「あめ……五月雨江様ですにゃ?」
「え、っと……」
「……お偉い様に聞いたのですがにゃあ」
「………?」
「基本は一人一振りですが、もう一振りか二振り程度なら、具現しても良いという話ですにゃ」
。
こてり。首が傾く。
「一応、おまえさまの事は多少調べましたから。こんなストレスマッハな職場ですからにゃ?誰かもう一振りぐらいいた方が、気が紛れるかと思いましてにゃあ。聞くだけ聞いといたのですにゃ。まあ、目当て本刃が来るかは一か八かの賭けになりますがにゃあ……」
やってみますにゃ?と主は俺を見る。
……どの道、俺だけだと彼女に迷惑がかかるかもしれない。
それなら、
「や、やる……」
「かしこまりましたにゃ!」
俺の返事を聞くや否や、主は鍛刀の準備に取り掛かった。
鍛刀部屋には、それなりの資材が置いてある。
「それではおまえさま、五月雨江様がどんなお方か聞いても宜しいですかにゃ?」
「どんな……?」
「はいですにゃ。正直これに意味があるかは分かりませんがにゃあ、聞いておけばイメージしやすいというもの。ま、願掛けとでも思って欲しいですにゃ」
成る程、と彼を思い浮かべ、言葉を探す。
「雨さんは全長91.2cm、刃長71.8cm、反りは……」
「違いますにゃ村雲江様、そっちじゃありませんにゃ」
ふるふると首を振られる。
何かおかしな事を言っただろうか、自分では分からず首を傾げた。
「村雲江様。我々人間が“どんな人か”を問う時、身長や体重の話はしませんのにゃ。ここで聞きたいのは例えば……“どんな物が好きで”“どんな話をして”“どのような表情を浮かべるのか”。そんな話ですにゃ」
「……雨さんの話をすれば良いの?」
「はいですにゃ!」
にぱ、と笑う彼女に、おずおずと話し始める。
昔した話、見た場所、聞いたもの。
楽しい昔話をしながら、刀を打つ音が響く。
そして、
「ーーー郷義弘が作刀、名物、五月雨江。………おや、」
「っ、雨さん!」
「うまくいきましたにゃあ!」
雨さんの話をしている内にすっかり打ち解けた俺達は、2人でばんざいをして雨さんを迎え入れた。
主は政府に雨さんの事を報告し、これ以上は他の刀を増やさない事にしたらしい。
「さて、報告も終わりましたので食事にでもしますかにゃあ。そうそう、おまえさま方には今日から3日間でその身体に慣れてもらいますにゃ。それとお偉い様方からこれを貰ってるのでなるべく早く食べきってくださいにゃ?」
そう言って俺と雨さんの手に乗せられたのは、小さな黄色い粒が沢山入った袋。
まるでお星様のようなそれを、雨さんは興味深そうに見ている。
「これは?」
「こんぺいとう、ですにゃ。にゃーが知ってる物とはちょいと違うみたいですがにゃ、食べると強くなりますにゃ」
「……成る程、練度が上がりました」
「すぐ口に入れたね雨さん」
戦場に放り込んでちまちま上げるよりはこの方が都合が良い、という事なのかもしれない。
後は戦闘経験の為政府が用意したしゅみれーしょん?で慣れてもらうらしい。
「畑も多少はやりますがにゃあ、一応給料は良いらしいですからにゃ。仕事も多いでしょうし最低限になりますにゃ。今日はとりあえず作りましたがにゃ?」
「俺達が来る前に用意してたの?」
「作り置きは便利ですにゃ」
にゃはにゃは笑いつつ、彼女は俺達とそれぞれ目を合わせ、深々とお辞儀する。
「にゃーは審神者名“珠”(たま)、真名は猫小ヰ(ねこい)狗尾(えのこ)。おまえさま方には聞かせておきますにゃ?」
するりと簡潔に、簡単に告げられたそれは付喪“神”にとって、人間にとってとても重要な物で、
「ちょちょちょちょっと待って、今、あの、」
「頭、政府から真名の説明は」
「受けましたにゃ」
動揺する俺達へ、あまりにもあっさり返答される。
口はにんまり線を引いたまま、主の目は真剣だった。
「此れにておまえさま方はにゃーの、にゃーはおまえさま方のものとなりますにゃ。人間の勝手で戦場にすら行けないのですからにゃ、せめてもの誠意ですにゃあ。
どうか末永く、宜しく御願いしますにゃあ?」