gift どうぞ、と幼い声がした。
ぞ、のあたりが舌足らずに、ちいさなこぶしがさしだされる。閉じきらない短い指のあいだにどんぐりがひとつのぞいていた。
いいものだねと、もうひとり、先のものよりいくらか年嵩の声がした。
ちいさな指が、それよりもすこしおおきな手にどんぐりを落とす。
どうぞとくりかえされた、声にはどこか誇らしげな響きがあった。
少年のてのひらに載せられたどんぐりはずいぶんとちいさい。茶色のおもてがなめらかに、うっすらと光っていた。
「なかなかいいものだね。どこで見つけたのかな。もうすこし頑張れば、もっとたくさん拾えたかもしれないね」
少年の言葉に、こどもはポケットからもうひとつどんぐりをとりだす。
「どうぞ」
少年はあらたに渡されたそれを陽にかざし、これはまたと言った。
「傷があるね。それもまた使いようかな」
少年のおもてには笑みがあって、満足げでありながらどこかしらじらとしている。薄紙一枚隔てたさきにあるような、その姿をこどもは無心にみあげていた。そこにあるのもまた満面の笑み、けれど眺めているうち胸の底になにかひりつくものがある。
手をのばしかけて目が覚めた。
夜の底にいるような、暗がりになかば朽ちかけた白壁がそびえている。簡素な室内には仰々しい椅子がやっつ並んでいた。
あたりにひとけはない。玉座の主たちもそれぞれに、どこかで眠りについているのかもしれなかった。百年の歳月を経ても、いまだにこの場の理はわからないでいる。
ふと頬に触れるものがあった。
こちらの肩に頭をあずけ、与一は目をうっすらと開けていた。その手に何かを握っている。
白壁に背をもたせかけて、与一と並んで眠っていた。それがいつからのことなのかももはやよくわからない。
与一は夢のなかのこどもとおなじ髪の色をしている。
身じろぎをすれば、無意識にか、与一はすいとすり寄ってくる。その熱がゆっくりと身のうちをあたためていく。生きてもいないのに不思議なことだと、まだ覚めきらない頭の隅でおもった。
地面に投げだしたこちらの手のひらに、与一は自分の手にあるものを載せる。
「どうぞ」
ちいさなちゃいろい木の実はどこから来たものか、こうしているのもどうせ夢のようなものなのだからと深くは突きつめないことにする。
手のなかで、どんぐりは与一の熱を移してすこしあたたかかった。
「ありがとう」
そう言えば、与一はすこし目をみはった。それからふいと口元をほころばせる。なにかが埋められたような心地がふいとした。それはきっと自分ではなくて夢のなかのこどものものなのだろうと、そんなことをちらりと考えた。
百年の歳月を経て、彼我の境はとうに失われていた。ただつまらない意地ばかりが熾火のようにいまも蹲っている。
木の実をてのひらに握りこめば、与一は嬉しそうににこりとする。
礼を言われて返す言葉を教えられずに育ったのだと、いちいち指摘してやる気はなかった。
木の実を持ったまま、空いた片手でその頬に触れる。
与一は嬉しげに笑んだまま、幼いころのあの無心なまなざしはそこにない。
埋めることはできても満たすことはできないのだと、考えることもいまさらだった。
その首筋に顔を寄せれば、とうに馴染んだひとの熱がある。
肩口にまわされる腕の気配を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。