アラームより先に目覚めて体を起こそうとした俺は、腰に巻き付く腕に動きを遮られて持ち上げた頭を再び枕に落とした。
「……うき」
起こす気の全くない小さな声で恋人の名前を呼ぶ。すやすやと穏やかな寝顔を見せる浮奇に無意識のうちに笑みを浮かべそっとその頬を撫でた。
手入れの行き届いたきめ細やかな肌はいつまでも触れていたいほどに柔らかく気持ちいい。ふにっと頬をつまんで、「うきき」ともう一度名前を呼んだ。
ほら、今日は起きなきゃいけない日だろう。そのために昨日はいつもより早くベッドに入って眠ったんじゃなかったか?
早起きが苦手で寝起きの悪い恋人を起こすのは俺の大好きな任務だった。顔を近づけて、香水なんてついていないはずなのに甘くおいしそうな浮奇の匂いを吸い込む。
「……はぁ……」
「ん……」
「お。……起きたか?」
「んぅ……んん……」
「……浮奇、うきき、朝だよ。おはよう」
身動ぎして顔を顰め、俺の体にくっついて再び寝に入りそうな浮奇の頭をわしゃわしゃと撫でた。柔らかな髪はいろんな方向に跳ねていて毎朝セットにものすごく時間をかけているから、こんなふうに思いっきり撫でられるのは風呂上がりの夜か浮奇が起きる前の朝だけだ。
「んー……あさ……?」
「ああ、朝だよ。おはようお姫様」
「う……おうじさま……もうちょっといっしょに、ねよぉ……」
「ふふ、だめだよ、起きないと。今日はコラボ企画に顔を出すんだから、浮奇がいないと困る」
「えぇ……」
「浮奇と一緒に遊べるのを楽しみにしてたんだ。起きてくれベイビィ」
「……ん……あさ、ごはん……こーひー……」
「オーケー、準備してくる。浮奇はもうちょっとここでぐずっててくれ」
「ぐずってないもん……」
浮奇はうにゃうにゃと言いながらも俺を抱く腕の力を緩めた。その腕の中から抜け出して、俺の代わりに枕元に置いてある羊のクッションを持たせる。ぽんぽんと頭を撫でて「また起こしにくる」と言うと浮奇は薄く目を開けて唇を尖らせ、寝起きの低い声で「おはようのちゅーまってるから」と言った。
「ふ……ああ、ちゃんと目覚めてくれよ、お姫様?」
んっ!と顎を上げて見せるお姫様に笑い声を上げて俺は寝室を出た。
朝ごはんは何がいいかな。簡単に作れて、簡単に食べられるもの……。冷蔵庫の中を思い出しながらキッチンに向かい、足音に気がついて駆けつけてきた愛犬たちにおはようと挨拶をした。俺に時間がない時は愛犬たちに浮奇を起こす任務を頼むこともあるけれど、今日は俺がやりたいんだ。おいでと呼び寄せて一緒にキッチンまで行き朝ごはんを出してやれば彼らはそれに夢中になった。
冷蔵庫を覗いたら、あるもので簡単にサンドイッチを作れそうだった。パンをトースターに入れてお湯を沸かしコーヒー豆をミルで挽く。自分は飲まないコーヒーを入れるのも慣れたものだった。
キッチンにコーヒーの良い香りが広がってすっきりと目が覚めてきた。野菜を洗いパンに挟みやすいように薄く切って、そうこうしているうちにトースターが鳴ってパンが焼き上がる。先にコーヒーを入れてから、サンドイッチを組み立てラップで包んで半分に切る。浮奇の分のサンドイッチは乾燥しないようにもう一度全体をラップで包み、浮奇のカップにコーヒーを入れて、それらをまとめてトレイに乗せておいた。
寝室に戻ると浮奇は羊のクッションに顔を埋めて寝息を立てていて、一人で起きるのに失敗した可愛い恋人を見て俺は小さく吹き出した。湧き上がる笑い声を堪えながらベッドのフチに腰を下ろし、浮奇の髪を撫でて顔を上に向かせる。
「……ちゃんと起きてくれよ、お姫様」
ちゅっと唇を触れさせて、浮奇を見つめる。起きなかったら悲しいので保険で名前を呼んでもいいだろうかと口を開きかけたその時、浮奇がぴくりと震え、ゆっくり瞼を上げた。驚いて見つめているうちに澄んだ瞳が俺を見つけてふわりと花笑む。
「おはよう、ふーふーちゃん」
「……おはよう、浮奇。本当に起きたな……」
「おうじさまのキスでめざめなきゃ、おひめさまじゃないでしょう?」
「……それじゃあお姫様、俺は先に配信に顔を出してくるから、キッチンに寄ってから来てくれ。待ってる」
「はぁい……もういっかい、キスして……」
「ちゃんと起きて、配信が終わったらな」
「ん〜、いじわる……」
可愛らしく拗ねて見せる浮奇の背中を抱いて体を起こし、頬にそっと唇を押し付ける。寝起きで反応の悪い浮奇から逃げるのは簡単で、俺に向かって伸ばされた手を避けてベッドから立ち上がった。
「んん〜」
「続きは後で。それじゃ、配信で会おう」
不満げな顔の浮奇を残して寝室を出て俺はパソコンが置いてある配信用の部屋に向かった。不機嫌な顔もあんなに可愛いだなんて、さすが俺のお姫様。