仕事を終えてリビングへ行ったが、浮奇と愛犬が二人して見当たらない。散歩にでも行ったのかとソファーに腰掛けたところで他に誰もいないはずの家のどこからか物音が聞こえた。
恐る恐る音をたどって開いていた窓から顔を出してみると、庭で浮奇が花の植え替えをしているようだった。きっと愛犬は日焼け対策で帽子を被った浮奇を散歩に行くんだと勘違いしてついて行きそのまま一緒に外にいるのだろう。
「ちゃんと水分補給はしてるか?」
「わっ! ……びっくりしたぁ。仕事終わったの?」
「ああ。何か手伝うか? 飲み物を入れてこようか」
「お疲れ様。飲み物お願いしてもいい? キンキンに冷たいやつ」
「了解」
家の中に戻りキッチンでグラスにたっぷりの氷とお茶を入れていると、パタパタと足音が近づいてきて愛犬が顔を出した。ハッハッと息をする様子を見て空になっていた彼のボウルに水を入れる。すぐに勢いよく飲み始めたからホッと息を吐き、水分が必要であろうもう一人にもグラスを届けに行った。
「おまたせ」
「ん、ありがとー」
「暑くないか? 顔、赤くなってる」
冷房の中にいた俺の手は冷えているはずだ。浮奇の赤くなっている頬に触れると浮奇は気持ちよさそうに目を細めて俺の手に擦り寄った。しばらくそうして熱い頬を撫でてから、俺は「水分補給もしてくれ」と言って笑った。
「へへ、はぁい。今日暑いね。さっさと終わらせないと、日焼け止めは塗ってるけど焼けちゃいそう……」
「手伝うよ。というか俺が代わるから少し中で休んでたらどうだ?」
「んー、でももうちょっとだから」
「……庭、綺麗にしてくれてありがとう。俺一人じゃなんにもしないで放置してるだけだったから」
「俺の好きにしちゃってるから、ふーふーちゃんの趣味に合うかは分かんないけど」
「素敵だよ。それに花を見るたびに浮奇のことを思い出して幸せだ」
「……ん、それならよかった」
浮奇は帽子の影の中で密やかに笑った。視線は手元に注がれていて、汗をかいた横顔だけじゃ物足りなくなる。俺は浮奇に体を寄せちゅっと唇の端に口付けた。驚いて顔をこちらに向けた浮奇にもう一度顔を近づける。額をくっつけるとじわりと熱かった。
早く離れて作業を終わらせ、涼しい家の中に連れて行ってやったほうがいい。わかっていても我慢ができない。汗で湿った前髪が混ざって、目を伏せた浮奇のキラキラとラメが乗ったまぶたが俺の心を引き寄せる。
「……ん、っふ……。……ふーふーちゃん」
「……悪い。その、……手伝いもできないし邪魔をしてしまうだけだから俺は中に」
「だめ。ここにいて。……俺の隣にいて」
「……あとどれくらいで終わる?」
「もうこれだけ。本当はまだやりたかったけど、また今度にする。……ふーふーちゃんが待てなさそうだから」
軍手を付けた浮奇はいつものように俺に触れてはくれなくて、本当に待てができないダメな俺は浮奇に顔を寄せて耳元にリップ音を落とした。くすっと笑った浮奇が俺を見て目を細める。
「ベイビィ、いい子に待てができたら、とびきりのご褒美をあげるから」
「……ワン」
「ふふ、グッボーイ」
帽子の影の中でもう一度だけ唇を合わせ浮奇は作業に戻る。余計なおしゃべりも戯れのような触れ合いもない時間は、俺の心をじりじりと焦がした。