思わぬ再会戦いも何もかも全てが終わった後、世界は一つになるために協力しあった。国境もなく隔たりもなくなった世界は毎日苦悩で溢れていたかもしれないが、全ての人間が先の事を考え、未来を良くしようと意見を出し合っていた。
勿論俺も義姉上を支え、煌の再建に力を入れていた。多分幸せだった。心に抱えたつっかえも思い残しも全て無くなったのだ。
これからの未来は明るいのだとそう思っていた。
だが今目に映る世界は、俺の生きる未来とは全然違っていた……。
「おはよう、起きていたのか白龍」
「おお白龍!おはよう」
「あに…う、え……?」
なんで…。その言葉が声になる事はなかった。
居てはいけない筈の人間、亡き練白雄と練白蓮が今目の前に立っていたのだ。
「どうしたんだ?そんな青白い顔をして。怖い夢でも見たのか?」
「…っぅ…」
白龍の返答がないからか、白蓮は白龍の元へ近寄り屈んで顔色を伺う。元々肌が白いためか、より一層青ざめている表情に驚き、心配の声をかけてくる。
だがその事に対して反応出来る程今の白龍に余裕は無かった。何故なら彼は、今自分が見ている景色に見覚えがあっても、夢としか受け入れる事ができなかったからだ。
彼等は死んだ。あの大火の中、真っ黒に焼け自分を守って死んでしまったのだ。生きている筈がない、生きていてはいけないのだ。
「白龍」
深く思考していた為か意識が遠のいてしまっており、肩を揺さぶられてからはじめて名前を呼ばれている事に気づく。声を辿れば目の前には白蓮ではなく、長兄である白雄がいた。互いの鼻がくっついてしまう程距離が近い事に気づき、ギョッとしてしまう。白雄は全く気にしていないのか、それ以上に顔を近づかせ、自身の額と白龍の額を合わせた。
「熱は…ないな。だが体調が心配だ」
そう言って何回りも小さくなってしまった幼児の自分を抱きかかえた。
「雄兄様、蓮兄様」
無意識に出てしまった言葉にハッとし、口を小さい両手で塞ぐが既に時遅し。彼等の耳にはハッキリと届いてしまったようで、2人は優しい声音で反応した。
懐かしかった、懐かしくて切なかった。そうだ、昔はいつも2人の兄に憧れ、構って欲しくていつも側に居たいと泣いていた。公務中も鍛錬中も、戦地に行ってしまう時でさえ、不安で泣いては姉である練白瑛に慰められていた。
だけど2人はちゃんと白龍と白瑛の元へ戻ってきて、ただいまと言うのだ。それがどれだけ嬉しかったか、あの頃の自分は喜んで彼等に抱き着いていた。
だがそんな幸せな日々もすぐに消え去ってしまった。アル・サーメンのトップであり、母である練玉艷に乗り移ったアルバにより、大火の海の中で彼等は死に絶えた。そして白龍は、白雄から玉艶の正体と真実と共に「必ず仇を取れ」と命じられて火事から逃がされたのだった。
その言葉を信じ、復讐の為だけにこれまでを生き、全てをやりきったのだ。いや、やり遂げてはいないが…。
自分を生かした兄の懐かしい声と匂い、ぼやけて記憶があやふやになっていた顔がハッキリと視界いっぱいに映る。
「白龍、どうして泣いているんだ?」
白蓮は心配そうにまた白龍を見る。そこで気づく、自分は涙を流しているのだと。それもひと粒だけではなく、ポロポロと何粒も。
「泣いて、いるの…か……」
想像よりも高い己の声。そうだ、兄が生きていた頃の自分は小さく幼く、何もできない子供だった。戦う事すらも知らない、守られるだけの弱い子供だ。
「子供は泣く事が仕事だ。泣きたいなら泣けばいい」
「そうですね兄上。泣ける時に沢山泣くんだぞ白龍」
2人は優しく微笑む。それがあまりにも温かくて、懐かしくて。気を張って己を守ってきた自分を、もう大丈夫だと抱き締めてくれる家族の様だった。勿論抱きかかえられている訳で、実の兄弟という所では家族でもある。
自分を守ってくれる存在を久しぶりに感じ、固まった心を溶かしてくれたせいか、涙は大粒に変わり止まらない程流れ落ち、青い宝石の様な瞳は溶けてしまういそうだ。そして…
「に…さま、兄様…あっ…ああぁ…」
白雄の胸元に手をかけ、声を上げて白龍は泣いた。温かく見守る兄達に支えられながら。
「大丈夫か?」
「…はぃ…、すみません兄様」
体は6歳程の子供ではあるが、中身は20を超えた成人男性な訳で。泣き終えた白龍は目元も顔全てを真っ赤にして答えた。
「泣き虫なのはいつもの事だから気にするなって!」
「うぅ…」
「白蓮、あまり揶揄い過ぎるなよ」
「すみません兄上…。白龍があまりにも可愛い過ぎて」
「可愛いって…、俺は子供ではないです!」
「俺?」
「白龍が俺って言った?!」
あっ…と気づいた時には遅かった。この時の自分はまだ僕と言っていた筈だ。だから2人の兄達は自分の一人称が変わった事に勢いよく反応した。
「俺の可愛い白龍が俺って言った?!」
「え」
「俺達の言葉を真似しているのか?」
「いや、違…」
「兄上のせいですよ!」
「は?お前も同じだろ!」
「もう反抗期なのか?まだ可愛い弟でいてくれよ!紅炎や紅明みたいになるのは嫌だ!」
「白蓮失礼だぞ。紅炎も紅明も可愛いじゃないか、少し素っ気無くはあるが。いや大人になったという訳で…」
「ううぅ、まだ大人にならないでくれ〜」
2人の変わりように、白龍は唖然とする事しかできなかった。実の所、大火の記憶が強過ぎて兄の印象が薄れていたのもあるが、2人はこんなにもユーモア溢れた人間だったのだろうか。
まさか自分の一人称如きでここまでおかしくなるとは。
「フフッ。雄兄様、蓮兄様、大丈夫ですよ…フハッ、ハハハ」
兄のやり取りがあまりにも面白く映った白龍は素直に笑った。こんな人だったのだろうか。自分の大切な兄達は優しく強く逞しいだけではなく、こんなにも自分を大切にしてくれる。精神年齢が2人と同じになったからこそ、本当の兄の姿を見れて気がして嬉しかった。
「何だ白龍、何が面白いんだ?」
「お前の取り乱し様が面白いのだろう」
「兄上!!」
「ハハッ、すまない」
段々と兄達も白龍につられ、声を上げて笑っていた。
そんな所に可愛らしい高い声が聞こえた。
「白龍?白龍〜!」
「姉上?」
「あ、白龍!それと雄兄様と蓮兄様も!」
やはり声の主は、自分が知る人よりも何倍も縮み自分同様に幼くなった、練白瑛だった。
「どうしたの白龍?目が真っ赤じゃないですか!まさか、兄上が泣かせたんですか?」
「えぇ」
何か勘違いをしているぞと思ったのも束の間。話は勝手に進んでおり、兄達2人は一回りも小さな妹である白瑛に怒られていた。
「白瑛これは違うぞ!」
「何が違うんですか蓮兄様?弱いものいじめはいけません!!」
「いやだから違っ」
「言い訳なんて聞きたくありません!」
白瑛は兄弟の中で唯一女の子というのもあり、歳が離れてる事も加えて、2人は弱いのだ。オロオロとしている兄が珍しくいつまでも見ていたいという気持ちもあるが、流石に自分のせいでこうなってしまった訳だからと思い、助けに入る。
「姉上、僕が悪いんです。少し悪い夢を見てしまって、兄様達を見たら安心して…そのぉ」
このくらいの嘘が妥当だろうと思い発言すると、白瑛は小さいながらも白龍に抱き着く。
「大丈夫ですか白龍?」
昔から白瑛は白龍に対して過保護気味ではあった。勿論大火の事件がきっかけでより一層過保護になり母親がわりにもなって育ててくれたが、今の彼女からすれば血の繋がった実の弟だからこそ可愛かったのだ。そしてそれだけではなく、兄同様白龍が大切で大好きだっというのがちゃんと今の白龍に伝わっていた。
「はい、今は兄様も姉上もいらっしゃるので」
「白龍〜!!」
「お前は本当に良い子だな〜」
感激した白瑛と白蓮はぎゅうぎゅうと白龍を抱き締められた。圧迫され苦しいと思いつつも、愛されてる事を肌で感じて胸が温かくていっぱいになった。
「白龍」
一歩引いた所で立つ白雄が声をかける。
「雄兄様?」
「お前は幸せか?」
言葉が詰まった。自分の心を見透かされた様な気がして、白雄の瞳から目が離せなくなったしまっていた。
あの人は分かっているのだろうか?自分が彼等の知る白龍でない事を。そしてこれから起こる未来を見据えてでもいるのだろうか。何か発しなきゃと思うが言葉はつっかえ唇が震える。
白雄という男は何を見ているのだろうか。
昔から優しい男ではあったが、実の所白龍は白蓮の方が関わりやすくて好きであった。白雄は時々恐ろしく感じる時があると子供ながらに感じていたからだ。勿論次期皇帝としての責務があるからか、彼にかかる重責はとんでもないものだった筈だ。だがそれを兄弟に見せようとは決してしなかった。ふとした時にその片鱗を見せるのだ。
それを思い出して身震いをするが、今の自分は彼と同じ大の大人。立場は違えど力も経験も見てきた物の残酷さも同じ、いやそれ以上だと自負している。恐れる事は何もない、今は彼の弟として正当な答えを述べるだけ。子供らしく単純なものでいいのだ。心を決めた白龍はハッキリと答える。
「俺は、雄兄様と蓮兄様と姉上がいる今がとても幸せで、ずっと続いて欲しいと願ってます」
「そうか、俺もだぞ白龍」
白雄は優しい声音で囁くように呟き、白龍の頭をくしゃくしゃと撫で回す。骨ばってたこの出来たかたい掌が痛いと感じてしまうが、その掌が温かさを感じてまた涙が溢れ落ちそうになる。
本当は手放したくない。この幸せがずっと続いて欲しかった。父がいて兄がいて姉がいて、本来なら母もいる幸せな家庭だ。だが今の母では駄目だ、アルバの乗り移ったあの女ではこの家庭もこれから亡き者になる3人も不幸のまま死んでしまう。
そんな事は嫌だ、出来るなら守りたい…、そうだ今の自分なら守れる。夢ではなく過去にいる自分なら、父も兄も守れるのだ。もしかしたら自分はその為に過去に遡ってきたのかもしれない。それなら自分のすべき事は決まった。
「兄様、俺があなた達を守ります」
覚悟を決め闘志に燃えた白龍を見た3人は驚いたように見ていた。泣き虫の末弟が急に逞しく物理的にも大きく見えてしまい、首を傾げていたが、成長をも感じた白蓮は嬉しそうに笑った。
「カッコイイぞ白龍!それでこそ俺達の弟だ」
「蓮兄様、俺は強くなります。皆を守れるくらい強い男に」
「そうだな、強くなりたいと思う事はいい事だ。鍛錬に励むといい」
「はい、雄兄様」
「それでは私も負けてはいられませんね!私も頑張らなくては」
「姉上も俺が守ります」