ジョハリの箱庭・Ⅰ『プロローグ』
白い建物には、単調な足音だけが満ちていた。
空白だけで埋め尽くされた廊下を、魘夢民尾は歩いていく。打ちっぱなしのコンクリートで固められた壁はほんの僅かなくすみも見いだせず、リノリウムの床は足跡一つ無い。それを踏みしめる彼の洗いざらした白衣が、無色の上にまた無色を重ねて翻る。ゆるりとした足取りで揺れる彼の肌も抜けるように白く、ともすればこのまま立ち止まってしまえば周囲の白に溶け込んでしまうのではと危ぶまれるほどに色がない。
視界の中に見える唯一の色彩は、右手側に並ぶ窓くらいのものだった。青々と茂った樹幹が切れ目なく敷き詰められ、遠くへ行くにつれて蒼く霞んでいる風景。矩形に区切られたそれが数メートルごとに廊下の壁に張り付いている。色彩があると言うだけで、特に代わり映えがある訳ではない。時折吹く風が、梢を揺らして、濃淡を塗り替えていくくらいのもので。
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