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    ToriMizu22

    @ToriMizu22

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    ToriMizu22

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    タイユニ長編

    【#04】スキなんて言ってやらない第4話「あまのじゃく」


    アタシの家は、コロニー9の居住区の中央、防衛隊医療班係専有の集合宿舎の一室だった。
    成人してから数年ここに住み続けているため、それなりに思い入れもある。
    けれど、タイオンから同棲の提案をされた今、長く寄り添ってくれたこの部屋ともお別れの瞬間がやって来た。
    少しの寂しさはあるけれど、相手はあのタイオンなんだから仕方ない。
    アイツは昔から天邪鬼で慎重な性格だった。そんなアイツが、顔を真っ赤にしながら“一緒に住もう”と言ってくれた。
    断る理由なんてどこにもない。

    受け入れたその瞬間、勢いに任せてキスしてくれたのも嬉しかった。
    すぐに唇を離して、“急に申し訳ない”と謝られたけれど、何も謝られる理由はない。
    タイオンからの嬉しい申し出に従い、早速アタシは引越し準備を始めることにした。
    コロニー9を離れることにはなるけれど、これから住む予定のラムダとは転移装置で繋がっている。
    それに、コロニー9の防衛隊を辞めたわけではないから、結局毎朝転移装置でここにやってくることになる。
    故郷を離れることに、そこまで大きな寂しさは感じなかった。


    「でも寂しいなぁー。ユーニがこのコロニーを離れるなんて」
    「そうだよね。せっかく3人揃って近くに住めてるのに」


    アタシの私服を引越し用の箱に詰めながら、ミオとセナが残念そうに眉をひそめていた。
    引越し作業を手伝いに、朝から家に来てもらっているのだ。
    ミオはノアと結婚し、セナはランツと交際している関係上、2人とも今はこのコロニー9に住んでいる。
    かつてウロボロスとして縁を結んだ女子3人が全員同じコロニーに住んでいるこの状況は実に都合が良かった。
    仕事や任務の帰りに一緒に飯を食ったり、休日は3人揃ってカフェでお茶したり、近くに住んでいるお陰で毎日楽しくて仕方なかった。

    けれど、そんな日々はアタシがタイオンとラムダで同棲を始めることで終わりを告げる。
    楽しみな一方で、ミオやセナと一緒に気軽に出掛けられない事実は非常に惜しかった。
    恐らく、今日を最後に2人とは暫くゆっくり過ごせなくなるだろう。


    「ま、転移装置もあるしすぐに会いに来れるって。それに、2人もうちに遊びに来ればいいだろ?」
    「えー、でもタイオンに悪いよ」
    「そうそう。せっかく念願かなってユーニと付き合えたのに、2人の時間を邪魔したら拗ねちゃうよきっと」
    「“念願”?」


    荷物が詰まった箱を積み上げながら聞き返すと、ミオとセナはアタシの服を畳みながら楽しそうに顔を見合わせ、クスクスと笑みを浮かべている。


    「知らなかった?2人が付き合う前、私たち何回かタイオンに相談されてたんだよ?」
    「そうそう。“ユーニが全然相手にしてくれない”って」
    「マジで?知らなかった」


    どうやらタイオンは、アタシと付き合う前に何度かこの二人に相談していたらしい。
    恐らくアイツがめげずにプロポーズしてきた頃の話だろう。
    タイオンのことは好きだけど、理屈っぽい理由で結婚するのは受け入れられない。
    “好き”と言われたくて断り続け、そして結婚ではなく交際で妥協したわけだけれど、正直アタシにとっては万々歳だった。
    イキナリ結婚に踏み込む勇気はないけれど、それでもタイオンが好きな気持ちに嘘はない。
    好きな男とちゃんと交際に発展することが出来た事実に、喜ばずにはいられなかった。


    「でもまさかこんなに早く2人が同棲するとは思わなかったよね、ミオちゃん」
    「そうね。付き合ってどれくらいなんだっけ?」
    「まだ1カ月経ってないくらいかな」
    「そっかそっかぁ!一番楽しい時期だよね。同棲始まったら一緒にお風呂入ったり隣で寝たりするんだろうなぁ」
    「タイオン大喜びだね、きっと」


    笑い合う2人だが、彼女たちは知らない。
    まだアタシたちが、一切体の関係を持っていない事実を。
    互いの家には既に何度か行ったことがある。
    一度だけ向こうの家に泊ったこともある。
    その時にそういう流れになるのかなとも思ったけれど、アイツは一切手を出してこなかったうえに、わざわざ隣に布団を敷いて別々の場所で眠ることを提案してきた。

    アイツだって男なわけだし、そういうことがしたくないわけではないはず。
    あそこまで徹底的に避ける理由として考えられるのは2つ。

    まず1つ目は、シンプルに“まだ早い”と考えているから。
    アイツは真面目な性格だし、付き合って暫くは健全な関係を保っていたいという考えを持っていても可笑しくはない。
    けれどこれに関しては正直そこまで可能性は高くないだろう。
    アタシたちはとっくに成人を過ぎた大人だし、今更そんな固い価値観が通用する年齢じゃない。
    あの真面目なタイオンといえど、そこまでガチガチな考え方はもう捨て去っているに違いない。

    可能性が高いのは2つ目の理由。
    ずばり、アタシの身を案じているからだ。

    巨神界由来のアタシたちと、アルスト由来のタイオンたちでは体力に大きな差がある。
    アイオニオンにいた頃から、ケヴェスとアグヌスの兵では体力にも筋力にも大きな格差があったが、当時はパワーアシストという便利な代物があったおかげでその差を埋めることが出来ていた。
    けれど、互いに争い合う必要がないこの世界では、それぞれの力の差を埋めることが目的のパワーアシストは存在していない。

    アルストの人間に組み敷かれれば、巨神界の人間は恐らく全く抵抗できないだろう。
    それだけではない。
    アルストの人間は巨神界の人間の倍以上の体力を持っている。
    それは運動能力や戦闘能力だけでなく、性行為においても例外ではないという。

    どこまで本当なのかは知らないが、アルストでは1度の性行為に平均で5、6回もこなすというデータがあるとかないとか。
    この驚異的な数字を疑い、以前ミオにこっそり真偽を聞いたことがある。
    するとミオは、顔を赤らめ少々気まず気に話してくれた。

    自分はノア以外とそういうことをしたことがないから分からないが、アルストの人間同士で交際している友人たちは確かにそれくらいこなしているらしい、と。

    正式なデータなど知らないが、巨神界での平均性行為回数はせいぜい1、2回程度だろう。
    平均回数5,6回というアルストのデータに、あのタイオンも当てはまるのかは分からないが、少なくとも巨神界の男たちより精強なのは間違いない。
    力と欲のバランスが取れていない関係性はかなり危うい。
    どちらかが物足りなくなるか、ついていけなくなるかのどちらかで終わりを迎える結果になる可能性が高いだろう。
    それを分かっているからこそ、タイオンはなかなか手を出してこないのかもしれない。


    「アタシはいつでもウェルカム状態なんだけどなぁ」
    「え?何の話?」
    「なんでもねぇよ。それより、もう2人がノアやランツと喧嘩して家出しても、アタシは泊めてやれねぇから仲良くやれよ?」
    「あー!確かに!それ結構困るかも!」
    「家出したくなった時の新しい避難場所考えなきゃね」


    それぞれノアとランツと一緒に暮らしている2人は、互いのパートナーと喧嘩になるといつもアタシの家に避難してきていた。
    そして仲直りするまで、うちでかくまってやるのだ。
    そんなボランティアも、今後は一切できなくなるのだろう。
    むしろアタシのほうがミオやセナを頼って家出してくるかもしれない。
    そう伝えると、2人は"ユーニたちなら大丈夫でしょ"と快活に笑っていた。


    ***

    アタシとタイオンの同棲生活は、数日間の準備期間を経てすぐに実現した。
    コロニー9とコロニーラムダは物理的な距離がかなり空いてはいるものの、転移装置が互いのコロニーを繋いでいるため、そこまで遠くに引っ越している感覚にはならなかった。
    荷物も転移装置を使って楽にラムダへ運べたし、そこまで苦労はしていない。

    同棲が始まる場所は、タイオンが元々住んでいたラムダの作戦立案課寮。
    独身にしてはそれなりに出世していたタイオンは、他の同年代に比べて割り当てられている部屋が大きい。
    広めのリビングにキッチン、寝室に書斎。そして風呂とトイレとクローゼットルームという構成の間取りである。
    交際を始めた男女が一緒に住むには十分すぎる広さだ。

    タイオンの部屋に上がるのは、転移装置が壊れて急遽泊まることになったあの夜以来のことだった。
    さほど久しぶりというわけではなかったはずだが、コロニー9から運んできた荷物を整理している最中、先日までとは明らかに違う部屋の変化に気づいてしまう。
    寝室のシングルベッドが、ダブルベッドに変わっていたのだ。

    理由を聞くと、少し赤くなりながら答えてくれた。
    “敷布団だと掃除が大変だから一緒に寝た方が効率的だ”と。
    この前は“すぐ隣に人がいると寝れないたちだから”とか何とか言って同じベッドで寝るのを遠慮したくせに、急に考えを改めたというのか。

    表情と態度から察しはついていた。
    本当はあの夜も一緒に寝たかったけれど、急なことで緊張して断ってしまったのだろう、と。
    先日言っていたこととの矛盾を指摘してやろうかとも思ったけれど、やめた。
    どうせまたつまらない意地を張って理屈っぽい反論が返ってくるだけだろうから。

    こうして幕を開けたタイオンとの同棲生活は、実に楽しいものだった。
    アイツはアイオニオンにいた頃から料理の腕が壊滅的だったから、基本的に朝昼晩の食事はアタシが担当することにした。
    その代わり、洗濯や食器洗いはタイオンが担当している。
    掃除はそれぞれ担当する場所を決め、負担を分けることにした。
    食材の買い出し担当はアタシ。金銭の管理はタイオンが担っている。

    ただの同棲のはずだけど、もはやこれほぼ事実婚状態じゃね?タイオンの思うつぼじゃね?なんて一瞬思ってしまったけれど、気にしないことにした。
    アルストで出世する人間の条件となっているのは、“パートナーがいること”ではなく“結婚していること”だ。
    籍を入れていなければ結婚とは言えない。
    “出世のため”という大義名分をぶら下げてアタシに求婚してきているタイオンの思惑通りにはなっていないはずだ。

    同棲を開始するにあたり、アタシはコロニー9を離れたものの、あそこの防衛隊に所属している事実は今も変わらない。
    医療班係の一員として、同棲後も毎日転移装置を使ってコロニー9に通い詰めている。

    朝、タイオンと一緒の時間に家を出て、タイオンはラムダの作戦立案課に、アタシはコロニー9の防衛隊へと出勤する。
    仕事が終わると真っすぐラムダへ帰り、夕食の準備をする。
    作っている間にタイオンが帰ってきて、“手伝おうか?”と余計な気を回してくるメシマズ男をキッチンから追い返す。
    食卓に向き合うように腰かけて食事をとり、お互い別々に風呂に入って一緒のベッドで眠る。
    これがアタシたちのルーティーンだ。

    やっぱりタイオンは同棲後もアタシに手を出してくることはなく、同じベッドで眠っていても抱きしめる以上のことは一切してこなかった。
    誠実さ故なのか、それとも巨神界の人間とアルストの人間の力量の差を慮っての我慢なのかは知らないが、そんなこと気にしなくていいのに。

    とはいえ、手を出される出されないに関係なく、タイオンとの日々は幸せなことこの上なかった。
    タイオンに“おはよう”と囁いて一日が始まり、タイオンから“おやすみ”を言われて一日が終わる。
    好きな人と生活を共にするということは、かくも幸せなことなのか。
    この新しい世界に生まれ変わって、人生で一番幸せな時間を過ごしている。
    そう思っていた。なのに――。


    「ぅぐっ!」


    ベッドですやすや眠っている真っ最中、突然襲ってきた衝撃に驚き、アタシは布団の中で野太い声を挙げた。
    腹に物理的な激痛が走る。
    あまりにも痛くて両手で腹を抱えながらうずくまっていると、すぐ隣でもごもごと身動きしているタイオンの気配がした。
    どうやら彼は何の変哲もなく眠っているようだが、布団の中で膝を折りたたんだ体勢でいる彼の姿を見て一気に憎しみが沸いてくる。


    「テメェ……、思いっきり蹴りやがって……!」


    ベッドの中で勢いよく上げられたタイオンの膝が、アタシの腹にクリーンヒットしたらしい。
    痛い。痛すぎる。
    時刻は深夜2時。真夜中に布団の中で腹を抱えて涙目になるアタシと、隣ですやすや安らかな寝息を立てているタイオン。
    この差に腹が立って、タイオンへの苛立ちが一気に高まった。
    盲点だった。まさかタイオンの寝相がこうも最悪だったとは。

    アイオニオンで一緒に旅をしていたころ、シュラフで眠っていた時からなんとなく彼の寝相の悪さには気付いていた。
    だが、ここまでとは流石に予想していない。
    この家で一緒に住み、同じベッドで眠るようになって以降、アタシは日々タイオンからボコボコされている。

    ある夜はエルボーされ、ある夜は頭突きをされ、ある夜は肘鉄を食らわされる。
    タイオンは決して暴力を奮うような性格ではないが、夜眠っている時の凶暴性は計り知れない。
    何より厄介なのは、隣で眠っているアタシを蹴ろうが殴ろうが、こいつは絶対に起きることなく幸せそうに眠り続けているということだ。

    タイオンのことは大好きだ。そこは間違いない。
    けれど、夜のタイオンだけは許しがたい。
    ぶっちゃけマジで死んでほしい。


    「んん……、ゆぅに、きみは……、すごい撫で肩だな……ははっ」


    ついでに言うとこいつは寝言も多い。
    これはアイオニオンにいた頃は出ていなかった新しい癖のようだ。
    今も意味不明な寝言をむにゃむにゃ言っている。
    どんな夢を見てるんだよまったく。

    最悪な寝相に、うるさい寝言。
    タイオンのこの夜の習性のせいでアタシは同棲以来ずっと寝不足に悩まされていた。
    明日も朝からコロニー9で医療班の仕事があるから早く寝なくちゃいけないのに。
    渋い顔のまま恐る恐るタイオンの隣に再び横たわると、反対側を向いている彼がまたむにゃむにゃ寝言を言い始めた。


    「ふゥー、どうしたノア……。髪が、ぜんぶ逆立ってるじゃないか……」


    もはや1週回って心配になるほど意味不明な寝言だ。
    再び寝ながら殴られるかもしれない状況に怯えつつ、うるさい寝言が耳に入らないようアタシは耳を塞ぎながら夜を明かすのだった。


    ***

    その日、結局アタシは一睡もできないまま朝を迎えた。
    あの後もタイオンによる寝相という名の暴行は続き、腰を蹴られ、肩を殴られ、さらにはケツでケツを攻撃された。
    眠気眼のまま早朝ベッドから抜け出し朝食の準備をしていると、ずいぶん爽やかな笑顔を浮かべたタイオンが後から起床してくる。
    “おはよう”と笑いかけてくるその笑顔にイラっとしたのは言うまでもない。


    「あのさ、ちょっと提案なんだけど」
    「なんだ?」
    「夜同じベッドで寝てるだろ?あれ、今夜から別々にしない?」
    「えっ」


    アタシの正面の席に腰かけ、朝食の目玉焼きにナイフとフォークを入れていたタイオンの手がぴたりと止まる。
    明らかに動揺した様子を必死に隠すように眼鏡を押し上げると、“何故急に?”と問いかけてきた。
    何故、じゃねぇだろ。あんなに毎晩激しく暴れてるってのにマジで気付いていないのか。


    「はっきり言ってお前の寝相が最悪すぎるんだよ。毎晩殴られたり蹴られたり頭突きされたりでこっちは寝不足だっつーの」
    「そ、そんなにひどいのか……」
    「“ひどい”なんてレベルじゃねぇって」


    正直、これ以上タイオンの隣で寝続けるのは限界がある。
    この前アタシがこの家に泊まった時みたいに、ベッドの脇に敷布団を強いてくれればアタシがそこで寝るから。
    そう伝えると、タイオンは足を組んで暫く黙り込んでいた。
    何か考えているらしい。
    数秒間目を伏せていたかと思うと、やがて顔を上げ、“わかった”と納得してくれた。


    「少々効率的とは言えないが、君が痛い思いをしているならそうすべきかもな。悪かった」
    「まぁ、寝てる時のことなんてどうにもならないし仕方ねぇよ。わざわざダブルベッド買ってくれたってのにこっちも悪かったな」
    「いや、それは別に……」


    タイオンは意外にもあっさり別々に寝ようというアタシの申し出を受け入れてくれた。
    てっきりアタシと一緒に寝たがっていると思っていたのだが、案外そこまで望んではいなかったのかもしれない。
    なんだ。もうちょっと抵抗してくれればアタシも少しは考えたのに。
    “いやだいやだこのまま隣で一緒に寝たい!”と駄々をこねてくれるほど、タイオンは素直な性格じゃない。
    強請ってほしいなんて、贅沢な望みだったのかもしれない。

    その会話以降、タイオンはいつも通りの様子ではあったけれど少しだけ口数が少なくなったような気がした。
    けれど、相変わらず気持ちを口に出さないタイオンに、アタシも必要以上に言及することはなかった。
    いつも通り転移装置でコロニー9に向かい、仕事をこなして夕方にはラムダへ戻る。
    夕飯を共にして風呂に入ると、アタシはさっそくクローゼットにしまわれた敷布団を引っ張り出しベッドの横に準備し始めた。
    マットレスがちょっとだけ埃っぽい。今度掃除しなくては。

    やがて寝る時間がやってくると、タイオンはいつも通りベッドに、アタシは隣に敷いた布団に潜り込む。
    今夜は横から降ってくる拳や足に痛めつけられることなくぐっすり寝れる。
    機嫌がいいアタシの横で、タイオンはどこか不満げな表情を浮かべていた。

    電気を消し、互いの布団に潜り込んで約1時間。
    時計が秒針を刻む音だけが響く静かな部屋で、アタシはいまだに眠れずにいた。
    おかしい。タイオンの寝相には悩まされていないのに、何故か落ち着かない。
    戸惑いつつも、なんとか眠るために目を瞑り無心になろうと努めるアタシ。
    けれどそんな時、あることに気が付いてしまう。
    いつもは聞こえてくるタイオンの寝息や寝言が、一切聞こえてこないことに。
    あれ、もしかしてタイオンもまだ寝てないのか?

    そんなことを考えていると、ベッドに背を向けて寝ているアタシの背中に、今度は身を貫くような視線を感じた。
    間違いない。タイオンは寝てない。
    しかも今、背中越しにめっちゃ見られてる。
    なんでだ?なんで寝ないんだよ。てかなんでこっち見てるんだよ。
    背中で視線を感じるって相当だぞ。“見つめてる”というより“ガン見”じゃん。

    内心戸惑っていると、今度は布団がめくれる衣擦れの音ともに背後でタイオンが立ち上がる気配がした。
    どうやらベッドから抜け出したらしい。
    彼の気配は、布団で眠っているアタシの正面へとゆっくり歩み寄ってくる。
    目を瞑って狸寝入りを決め込んでいるアタシには見えないが、相変わらず奴の視線はアタシへと突き刺さり続けていた。
    やがて、アタシのすぐ傍でタイオンが膝を折る気配がする。

    すぐ近くでしゃがみ込み、相変わらず狸寝入りしているアタシの顔をじっと見つめて来るタイオン。
    なに?なんなの?なんでそんなに見るんだよ。
    内心戸惑っていると、暫く黙ってアタシの顔を見つめていたタイオンがため息交じりに呟いた。


    「別々に寝てるというに、随分熟睡してるじゃないか。僕と一緒にいると落ち着くと言っていたくせに」


    唐突に頬に冷たい感触が当たり、身体が震えそうになった。
    恐らく、タイオンが指で触れてきているのだろう。
    アタシが起きている時は自分から触ってくることなんてないのに、寝ている時はそんなに気安く触って来るのか。


    「寝相か……。そんなのどうやって直せばいいんだ……」


    暗闇の中聞こえてきたタイオンの囁きは、随分と寂しげだった。
    やがてそっと静かに立ち上がると、タイオンは寝室を出て行ってしまう。
    恐らく水でも飲みに行ったのだろう。
    数分してすぐに戻って来ると、ベッドの中へと戻っていく。

    背中でタイオンが眠りにつく気配を感じ取ると、アタシは寝返りをうってベッドの方へと顔を向けてみた。
    そこには眼鏡を外し、目を閉じて寝入っているタイオンの姿が。
    彼が寝転がっているベッドは、いつもより一人分スペースが空いているせいか必要以上に広々して見える。

    さっきの呟き、起きてるときに言ってくれれば良かったのに。
    なんだかんだ一緒に寝たいんじゃん。素直じゃない奴。
    そりゃあアタシだって一緒に眠りたい。
    タイオンの温もりをすぐ隣で感じながら朝を迎える日々は幸せだったし。
    けれど、実害が出るほど寝相がひどいのだから仕方ない。
    せめてタイオンがもっと大人しく寝てくれていたら、迷わず横で寝れるのに。
    いっそ両手両足を縛ってやろうか?いやいや流石にそれは……。

    ふと、眠っているタイオンの体勢に目がいく。
    寝入ったばかりだからか、彼の寝相はまだ比較的おとなしい。
    両腕を組んだ状態で眠っているその恰好を見て、ひとついいことを思いついてしまった。
    そうか。両腕を封じてしまえばいいんだ。そうすればきっと、寝ている間にぶん殴られることもエルボーを喰らうこともない。
    その手があったか。アタシって天才かもしれない。
    自分自身の妙案にニヤつきながら、アタシは自分の枕を抱きしめながら眠った。


    ***

    「布団が、ない……?」


    翌日の夜。
    夕飯と風呂を済ませたアタシたちは早速寝る準備に取り掛かったが、昨日まで寝室に敷かれていた敷布団が無いことに気が付きタイオンは目を丸くした。
    アタシが寝ていたあの布団はさっき片付けてしまった。
    今夜からは、タイオンと一緒にベッドで眠るために。


    「布団はしまった。今夜からは一緒に寝ようと思って」
    「え?」
    「やだ?」
    「い、いや別に嫌じゃないが……。僕の寝相がどうのこうの言っていたじゃないか」
    「あぁそれな。打開策見つけたから多分平気」
    「打開策?」


    首をかしげるタイオン。
    特に深く説明するより実践したほうが早いだろう。
    ベッドに寝るよう指示をすると、タイオンは不思議そうな顔をしながら素直に横になってくれた。
    その隣にいそいそと潜り込むと、目を丸くしながら瞬きを繰り返すタイオンにぎゅっと抱き着いた。


    「なっ、なんだ急に」
    「こうやって抱き合って寝ればお前の寝相に悩まされることないじゃん?ズバリ抱き枕戦法。アタシ天才じゃね?」
    「抱き枕戦法……」
    「そ。あぁ、もしかして嫌だった?すぐ隣で人の気配するの落ち着かないとか言ってたもんな。抱き着かれながらじゃ寝れないか」


    正直、答えは分かり切った質問だった。
    本当に隣で寝ることを嫌がっているのなら、昨晩聞いたあの囁きは何だったのか。
    天邪鬼なタイオンの性格はアタシが一番わかってる。
    自分から“隣で寝たい”と言ってくれないのなら、こっちから誘導するまで。
    案の定タイオンは、抱き着くアタシを押しのけることなく、背中に腕を回してきた。


    「……いや別に、君がそうしたいならいいんじゃないか?うん」
    「そ?じゃあそうする」


    胸板に埋めていた顔を上げると、赤くなったタイオンの顔が視界に入って来る。
    目が合った瞬間視線はそらされ、同時にアタシの身体を抱きしめる腕の力が強くなった気がした。

    照れてる照れてる。ホント素直じゃない奴。
    けれど、着々と恋人らしい空気が完成しつつある。
    この調子で、“好き”と素直に言ってくれればいいのに。
    再び胸板に頬を寄せると、タイオンの早くなった心臓の音が聞こえてきた。
    その音を聞きながら、アタシは目を閉じタイオンの腕の中で眠りにつくのだった。


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