そなたなら「キスがしたい」
そう突拍子もなく呟けば、机に齧りついている主の、月光を編み上げた様な銀の髪が微かに揺れた。
冥府の王。
ギリシャの神々が畏敬の念を抱き、彼が語れば各々が耳を傾ける平等なる忠告者。
始皇帝たる朕の愛を一身に受ける我が“恋人”。
冥王ハデス。
その神は今、ギリシャの山々の様に高く聳え立つ書類と奮闘していた。
書いては印鑑を押し、書いては内容の馬鹿らしさに眉間の皺を深くする。
余りにも懸命で、余りにも真摯に向き合う姿は、仮にも過去同じ様な業務に身を投じた事のある自分ですらも真面目そのもである。
しかし、しかしだ!
折角、可愛い恋人たる朕が労ってやろうと足を運んだというのに仕事の虫は一瞥もくれやしない。
この執務室は朕が住んでいる居住区から少しどころか、かなり遠い場所にあり、ほいほいと行くには多少骨が折れる。いや、行くがな。
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