青ひげごっこ何かの流れで高校卒業後は関西の最京大に進学するとマルコに話したら、
「じゃあ、うちに住んだら?」
実家から通えないでしょ、と提案された。高校時代は寮から通っていたし、大学でも同じようにしようとは思っていたのだが。
「お前これっぽっちも信用できひんからなあ」
マルコは俺の…友人だ。関西から遊びに来た俺をもてなしてくれるし、たまにこちらに来るときは近くを案内することもあった。普段のマルコは俺(主に俺のアタマ)をイジる他は概ね少しキザで甘え上手な伊達男という印象なのだが。元々が勝ちのためには卑怯上等なところがあり、故意に相手チームの選手を故障させるような作戦を取る腹黒いところもあるのだ。別に俺だってバカではないが、あっさり騙されて悔しい思いをしたことは一度や二度ではない。そんなやつの、こっちにとって有利すぎる提案。怪しまないやつはいないだろう。
それを言うとマルコは肩を落とし
「そんなぁ…」
と弱々しい声を上げた。そういうのに、俺は弱い。
「は、話くらいは聞いたるから」
そういうと、さっきの弱々しさはどこへやら
「じゃあコレを見てよ」
と何やら図面を見せ始めた。騙されたと思ったときは時すでに遅し、というやつである。
「関西にもね、ウチの親の所有する物件があるんだっちゅう話。そこ、一年に一回行けたら良いなってレベルなんだけど、そこにアキちゃんが住んでくれたらこっちにとってもありがたいんだよね」
「めちゃめちゃ高級住宅街やないか」
「あ?分かる?でもアキちゃんの大学には近いよ」
マルコはさらに一枚の紙を出してきた。
「5、6分で着くよ。俺がやってみた時の記録だから、アキちゃんならもう少し短いかもね」
「うーーーーん…」
申し出としては物凄く良いものだ。俺は寮費が浮く、マルコは家の管理をする人間が出来る。一方的なものでもない。でも、ありとあらゆるマルコの騙しに引っかかって賢くなった自負のある俺の警戒心が「もっとなんかつついた方が良い」と言っていた。
「家賃が免除なんはありがたいけどやな。飯は…」
「服もご飯も出すよ」
「アカンアカン。だんだん怪しなってきたぞ!」
「服は親がデザイナーをしてるからってだけだよ。俺のサイズだけじゃなくて、アキちゃんのサイズでも着心地とかの意見が欲しかったりするし…そのための出資の一環だよ。モニタリングってやつかな」
「それならわからなくも…」
「食費は、俺がたびたび遊びに行くし、その時にご飯作ったりするから別会計だと面倒なだけだっちゅう話だよ」
一生懸命アタマを捻って質問を投げかけても、マルコは全弾跳ね返してくる。それ以上にボロを出すことはなかったため、俺は最京大への提出書類に、「自宅から通学」と印してしまったのだ。
「これ、家の鍵ね」
めちゃめちゃにデカい家の、めちゃめちゃに広いリビングで、マルコは鍵を手渡してきた。
「コレで下のオートロックも開くから」
「オートロックなんてさすがやな…」
「防犯上は必要だよ。勧誘とかもこないしね」
「あと、コレね」
もう一本、彼が出してきたのは、金色に輝く鍵だった。家の鍵と似たような形状はしているが スプレーか何かで金色に塗られている。
「何これ」
と聞くと
「これは開かずの間の鍵だよ」
「開かずの間ァ?」
「そう。開けちゃいけない扉の鍵」
「なんでそんなモン寄越すんや。要らんやろ」
「まあまあ。鍵の管理も、任務の一つだっちゅう話だよ」
そんなもんか、と鍵を受け取った。
4月の入学式以降、俺の一人暮らしが始まった。掃除は寮でもしていたし、広いとはいえゴチャゴチャ家具の置かれてる部屋はなかったので、掃除をするのも苦ではなかった。例の「開かずの間」を除いて。
開かずの間は廊下の突き当りにあった。他の部屋に鍵はなく、そこだけ鍵穴がついていたので、すぐにそこだとわかった。倉庫か何かだろうと思ったものの、服や書類やらの箱が積まれた部屋は別にあったので、ますます謎が深まった。
とはいえ掃除しなくて良いというのはありがたい。中が気にならないと言えば嘘になるが、マルコの裏を探って得られた秘密も利用する道もないので気には留めなかった。同じチームメイトに一生徒から学長に至るまで秘密を手に入れて利用する男はいたが、俺にはそんなこと出来るわけもない。むしろ掃除する部屋が減ってありがたいとさえ思っていた。
管理しきれないからと言ったくせに、マルコはやたら頻繁に家を尋ねてきた。
「アキちゃん、会いたかった」
ふざけて抱きついてくるのを軽くいなし、スリッパを出してやると
「ホントに大事にしてくれてるんだ」
と大袈裟に感動していた。
「そうしろ言うたやん」
「いやいや、もっと激しいのを想定してたんだよね。アキちゃんに頼んで良かったっちゅう話だよ」
マルコはスルリと腰に手を回して、頬にキスを落としてきた。腰の手に力が入ったのを感じて、慌てて身を引き剥がす。
「忙しい言うてたやろ!さっさと風呂入れや!!」
「忙しいから癒やされようと思ったのに…キスさせてくれないの?」
「俺らそんなんちゃうからな!家主と管理人や!」
「めちゃめちゃヤることやってるのに?」
やめてくれ。そのことは考えたくない。
「アレはその場のノリに流されただけで…!」
「…アキちゃんはノリに流されたら誰とでもそういうことが出来るの?」
「いや、出来ひんけど…お前がやたら上手いだけで」
苦し紛れの発言に、何故か機嫌をよくしたマルコはカバンを片手に奥へと進んでいった。
「アキちゃん!」
夕食のカレーを温め直していると、ドタドタとマルコが走ってきた。どこ購入したのか高そうなシルクのパジャマに身を包んだ彼は、何故か裸足で。
「何してんねん。スリッパ渡したやろ」
「違うって、コレ」
マルコが見せてきた足の裏は、ホコリで黒ずんでいた。
「風呂入ったんとちゃうんかい」
「アキちゃん、開かずの間!!掃除してない!」
何を言ってるんだ、コイツは。
「開けんな言うたんはお前やろ!!」
それに対して弁明するどころかマルコは俺に飛びついてきた。
「やめろや!火ィ使ってるんやぞ!」
「アキちゃん!やっぱりアキちゃんを信頼して良かった!」
理由のわからないまま、俺はマルコにキツく抱きしめられていた。身を捩れば力の差からいって逃れることは可能だろうが、こんなに喜んでいる年下の男を邪険にするのも可哀想なので、少しの間抵抗するのをやめた。
さすがにキスは手で防ぎはしたが。