馬鹿じゃない(仮)「シノ。満点だ」
ファウストはたっぷりと慈愛のこもったまなざしで微笑んだ。
魔法舎の東の国にあてがわれた一室で、授業の最初に先日の試験の結果を返すと、そう厳かに宣言された後の一言だった。
窓から入ってくるあたたかな日差しに負けず劣らず柔らかな物腰で、試験用紙が差し出される。シノは頬を染め、少し誇らしげに、しかし平素の態度を保ってファウストからそれを受け取った。ヒースは口を開け驚きながらも瞳を輝かせ、ネロは気まずげに己の用紙をこそこそと隠しながら、しかしシノを見る目は優しげだった。
「すごい、シノ! すごいよ!」
「いつものように満点取ってるヒースもすごいけどな。……参考までに、コツとかあんの? シノくん」
ヒースの興奮した声の後にネロが問いかけた。シノは少し考えると口を開く。その様子に気負いはなかった。
「この間の一件がきっかけではあると思う……でも、ファウストやネロが死にかけたから心を入れ替えたとか、そういう話でもない気がする」
ぽつぽつと言葉が紡がれるのを、周囲の三人はじっと聞き入る。シノも考え考え話しているようだった。
「あの地下水路で、ファウストにオビスの儀式を行えと言われたとき、オレはそれが何かわからなかった。説明されたら思い出せたが、もしすぐわかっていれば、と後から思った。儀式の効果を考えればあそこが東の国じゃないとわざわざ言われずともすぐにわかったはずし、もちろん説明し直させた分だけ時間がかかった」
あの地下水路での戦いを思い出すと、他の三人にも眉間にシワが寄った。未だに振り返ってもひやりとする記憶だったが、シノはしっかりした口調で続ける。
「今まで、ファウストがどうして筆記試験をさせるのか納得いってなかった。百歩譲って儀式のやり方なんかは覚えていて損はないかもしれない。けれど、その儀式の名前や、儀式を考案した者の名前を覚えて何になる? と思っていた。でも、オビスの儀式、という言葉と内容を、少なくともオレたち四人が共通認識として持っていれば、情報の伝達が最低限で済むんだと気づいた。だから、試験にも意味がある。そう思ったら、勉強が苦じゃなくなった」
しばし落ちた沈黙の後、はあー、とネロが珍獣を見る目でシノをみた。その様子にヒースはくすくすと笑い、ファウストもふっと息を吐いた。
「まあ、きみは儀式なしでも労なく魔法が使えるかもしれないが、もう少し頑張ってくれよ」
「面目ないねえ。いや、俺だって多少は違和感あるよ……」
ファウストの指がネロの背後に隠された用紙を指さす。彼は頭をかきながらぼそぼそと呟いた。ヒースが首を傾げる。
「ネロは、国が違っても魔法をうまく使えるの?」
「そんなたいそうなものじゃないさ。あちこち行ってたからなんとなく、国ごとの精霊へのお願いの仕方がなんとなくわかってて使い分けてるだけだよ。慣れればお前らにもできるさ。あの手この手を使って座りのいいところを探して……最終的にゴリ押ししちまうときもあるけど」
「なんかそれ、北っぽい論理だな……咄嗟のときに困る。次の試験は頑張れよ。共通の用語がわかっていないと仲間と連携できないだろ」
「うーん、そっか。五年前のあのヤマのときと同じ作戦で、とかで済ませてたからなあ……」
ぶつぶつと言っているネロや他のふたりに向かって、ファウストは手を打ち鳴らした。
「さあ、では今日の授業を……」