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    azusa_n

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    azusa_n

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    アズイルで、入間の言葉が伝わらなくなる話。捏造設定山盛り。
    何回書き直してもいくつか台詞が出てこなかったものをいい加減供養。「」となってる部分そのまま残してるけどとりあえず内容自体は伝わりそう。完成させたかったなぁ。

    まだシンユー概念を知らない頃だった。
    更新履歴、2020年夏…か。

    #アズイル
    azul

    ※通常の「」で書いてるのは魔界語
    ※『』で書いてるのは人間界語、というか日本語


    人間に恋した人魚姫は足を得る代わりに声を失った。悪魔に憧れた僕は、羽と尾の引換に、おじいちゃんの魔術も、アリさんの魔力も使えなくなってしまった。

    事の起こりは、多分昨日の昼。空が真っ白なもので覆われていた。
    「わあ、真っ白。…鳥、かな?
     雲が動いてるみたいだね」
    「ルリワタリを見るのは初めてですか?」
    「あの鳥、ルリワタリって言うの?」
    「はい。この時期付近を飛ぶ渡り鳥です。この時期、暖かい方へと向かい、半年後には戻ってきます。今年は昨年より盛大ですね。」
    「そうなんだ。ルリワタリかぁ…。あれ、瑠璃って、青色だよね? あんなに真っ白なのに不思議な名前だね。」
    「ええ、腹は白く雲のように見えますが、翼や背は光の当たる角度で色が変わり、青く見えるんです。
    雲と紛れる保護色になっているのかと。」

    「へえ」
    「空高くから見るルリワタリの群は、青色の海とも言えるような絶景ですよ。ぜひ今日の放課後にでも見に行きませんか? この鳥には…」
    「…空高くから…か。あ、…えっと、…僕、今日、は…」
    飛ぶなら羽が必要だから、僕にはできない。でもアズくんの笑顔が眩しくて断るのも心苦しい。
    魔界の空は青くはない。黄色のような緑のような紫のような、なんとも言い表せない色だ。海も見たことがないけれど青くないらしい。空の色と同じとのことだ。だから、青色が一面に広がるのは珍しい。
    懐かしい空と海の色。アズくんと飛べたら気持ちいいんだろうな。空から見る景色はどんなに素晴らしいのだろう。ルリワタリの青はどんな青なんだろう。
    そんな風に、心惹かれることだったから断るのも難しくて。どう説明したらいいのか考えていた。

    「いえ、無理を言いましたね。どうぞお忘れください。」
    「…ごめんね。」

    結局、その後は別の話題に移行したし、放課後はアズくんがバラム先生に、クララはライム先生に呼ばれてしまったから、僕はひとりで帰ることになった。

    アズくんに悪いことしてしまった。
    そう思い返して溜め息をついた時、青い鳥が1羽うずくまっているのを発見してしまった。
    「アリさん、あれがルリワタリ?」
    「おお、そうだぜ。群から離れちまったんだな。」
    指輪から出てきてくれたアリさんが僕の肩の傍にふわりと飛んだ。
    「おなか空いてるのかなぁ?」
    「どうだろうな」
    ポケットの中の非常食、ビスケットの個包装を解いて差し出してみたけど、それは興味なかったみたいで指をつつかれて威嚇されてしまった。
    「いったぁ…。ごめんね。いきなり手を出したらびっくりしたよね」
    尖ったくちばしで僕の手に血が滲んだ。ルリワタリのくちばしにも赤が滲んでる。
    そう言えば、僕の血は…。はっと気付いた時には、それまでうずくまっていたルリワタリが元気に羽を広げた。
    「あ、…これ、もしかして僕やっちゃった…?」
    「…だな。あーあ。まあ鳥なら話せないから問題ないとは思うけど。」

    ルリワタリは一枚、大きな青い羽根を引き抜いて僕の目の前に置いて飛び立った。うずくまっていた辺りには乾いた血の跡があるから、怪我をしていたのだろう。
    「…ま、お礼っぽいから持って帰れば?」
    「うん。すごくキレイだもんね。」

    普通に見れば青いのに、太陽の光に透かすと白く見える不思議な羽根。魔界は不思議で満ちているからこれくらいはふつうなのかもしれない。

    家に帰ってすぐ、血の匂いに気付いたオペラさんが手当してくれた。大袈裟なくらい指に包帯を巻かれたから今日は動かせないかもしれない。手当をしながら、何があったかを話して、もらった羽根を見せた。
    「…ルリワタリの羽根は変化に関わる魔具によく使われる良質な素材ですよ。入間様は本当によく鳥に好かれますね。」
    「あはは、そうですね…。」
    この『鳥』はルリワタリと金剪の長の話だけじゃないんだろうなぁ。でもあまり掘り下げるといろいろマズい気がしたので話題を変えることにした。

    「オペラさん。あの、空を飛ばなくてもルリワタリの群を高いところから見れる場所はないですか?」
    「残念ながら、今ルリワタリのいる湖の近くに高い山や建物はありませんね。サリバン様なら喜んで抱きかかえて飛んで見せてくれるかと思いますよ。」
    「…おじいちゃんとも見たいですけど、元々はアズくんが誘ってくれたので、それは悪いなぁって。」
    「なるほど。おトモダチと一緒ならサリバン様は邪魔ですね」
    「いや、そんなことはないですけど! でも飛べないのがバレちゃうじゃないですか」
    飛べないなんてバレたら今日させたよりもがっかりさせてしまいそう。
    …がっかり、なんて言葉じゃ足りないかもしれない。
    ー 欲しいものはありますか。

    真っ暗な中で声が聞こえた。

    「…アズくんやクララと一緒にルリワタリを空から見たいなぁ。僕にも羽があれば一緒に飛べるのに。」

    ー 叶えましょう。ですが、二日後には私達は飛び立ちます。あまりに遠くては魔法は解けてしまいますから、なるべく早くおいでなさい。




    なにか、夢を見ていた気がする。横向きで寝ていた体を起こそうとして、仰向けになれないことに気付く。何かがひっかかってるみたいだ。背中が引っ張られるみたいな、背中のその先が何かに触れているような、よく知らない感覚。
    まだ夢の中かもしれないと思いつつ背中の方に手を動かすと、もふもふの感触と、なにか触れられた感覚。なんだろう、と顔を動かすと、青いなにかが見えた。青い羽が連なったもの。青い鳥の羽、翼と言った方が適切かもしれない。

    『なにこれ?え、なに、なんで』
    慌てて起き上がったら翼も一緒に動いた。そこで部屋の鏡に映った自分を見て、ようやく、背中に羽が、翼が生えていると分かった。


    魔界では基本的に全ての服に羽出し用ラインがついているから、わざわざ潰すことはしていなかったので僕の服にもついていた。そのおかげで今もパジャマを着て普通に出来ていたけど、力を込めても翼は消えなくて、脱げない。
    「入間様、どうなさいましたか」
    ドアがノックされて、外からオペラさんの声が聞こえた気がする。
    『オペラさん?入って大丈夫です。あの、背中に羽が』

    「……? いえ、話せない状態、ということですか?失礼します」

    いつもより乱暴に扉が開く。オペラさんが息を飲んだ。
    『…オペラさん、起きたらこうなってて。昨日のルリワタリのせいでしょうか』
    機嫌が悪いのがよくわかる、耳を限界まで下げたオペラさんが、それでも無表情のまま口を開いた。
    「……あの、入間様、さっきから何をお話で?」
    『オペラさん、さっきから何語ですか?』

    二人して首を傾げた。
    …言葉が通じてない?
    「あの…」

    オペラさんは暫く考えた後、待てと言うように手のひらをこちらに向けて、一礼した。

    「サリバン様を呼んでまいります」

    おじいちゃんを呼びに行ったのかな。
    一度退室したオペラさんがすぐにおじいちゃんと一緒にやってきた。
    「入間くーん、大丈夫? おー、見事な羽だね。」
    『おじいちゃん。あの、なにかのドッキリ企画とか、そういうのじゃないですよね』
    僕の額に手を当てて、口の中で何か唱えた。うっすら辺りが光ったけど、僕に届く前に掻き消えたように見えた。
    「とりあえず翻訳の魔術をかけなおしてみたけど、変化は?」
    おじいちゃんはなにを言っているんだろう。
    なにか訊かれたけど分からなくて、首を傾げるしか出来なくて。寂しそうに目を伏せられてしまった。
    「うーん…、そっか。じゃあ、これ、読める?」
    白紙にさらさらと書かれた文字。おじいちゃんの文字は綺麗で読みやすいものだったはずだけど今はよく分からない記号にしか見えない。きっと読めるかと聞かれていると思うから、首を横に振る。
    僕も、渡されたペンで文字を書いてみたけど、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、どの文字を見せても、二人は顔を見合わせて溜め息を吐くだけだった。
    『おじいちゃんもオペラさんも普通に会話出来てるし、僕が魔界語を話せなくなったってことなのかな?』
    僕の呟きに二人が反応した。なにか分かったのかな。
    「…今、オペラって言ったね。」
    すごく真剣な顔付きのおじいちゃん。これは問題解決の糸口が見えたのかな。
    「はい。私のことだけは呼んでいただけました。」
    耳がピンと上がったオペラさん。解決するかな。期待が膨らむ。
    「ずるいずるーい。僕は呼んでもらえないのに」
    あれ、おじいちゃんむくれてる?なんだかシリアスな雰囲気から離れたような?
    「サリバン様が続柄で呼ばせるからでしょう」
    「だって孫だもん。おじいちゃんって呼んでもらいたいじゃない。」
    今どんな会話してるんだろう。でも、多分解決には向かってない気がしてきた。
    しばらく様子を見ていると、ふう、と息を吐いたおじいちゃんが本を持ってきた。やっぱりさっきのは特に解決には関係なかったらしい。
    『えっと、本…アルバムかな。』
    その中の一枚、魔具研の表彰の時に映したものを指差された。
    『僕…、とかそういうの聞いてますか?』

    「うん、入間くんだね。じゃあ、こっちは?」
    『クララ』
    おじいちゃんがうん、と頷いてくれた。
    『アズくん』
    「アズ『くん』…ですか、なるほど。『くん』が「くん」に当たるんですね。こういうのバラムくんが喜びそうです。」
    『花火、に…桜、おじいちゃん、オペラさん』
    その後もアルバムの写真やその他色々なものを指さされるまま答えた。
    「名前とニンゲン界由来のものはそのままで、後の言葉は全く分からない、と言ったところですね。」
    「うーん、翻訳の魔術が解除されていると言うか、別の魔術が先に効いていて、他の魔力干渉を封じている感じかな。背中の翼が関係してるだろうけど…。」

    これは解決は遠い気がしてきた。

    「魔術、か。…ふむ。」
    おじいちゃんが人差し指を上に向ける。
    「ラファイア」
    小さく安定した炎が指先に灯る。それを消すと、手をこちらに向けた。唱えてみろってことだろう。
    『ラファイア』
    …反応がない。
    『ニンゲン界の言葉になっちゃったから駄目なだけ…とかだったらいいんだけど。』
    もう一度、と人差し指を立てて、なんとかおじいちゃんにもう一度唱えてもらった。
    魔界の発音を覚えていく。
    「らふぁいあ」
    たどたどしく魔界の言葉を繰り返してみたけど、やっぱり魔術は使えない。二人が口元を押さえて呻いた。
    「今の入間くん超っかわいいんだけど!」
    「ばっちり録音してあります。」
    「流石オペラ!」
    二人とも口元を押さえて苦しそうだ。魔術が使えないっていうのはやっぱりここでは泣くほど辛いことなんだろうな。僕のことで心配させてしまって申し訳ない。
    『…ねえ、アリさん?』
    反応はない。人がいるから出てこないのはいつものことだけど、指輪を震えさせたりの反応はしてくれるはずなんだけど。
    指輪を見ていたらおじいちゃんにその手を取られた。指輪になにかしている。
    「指輪は魔力を吸いはするね。でも入間くんとの間に壁があるっていうか、外からの魔力を受け入れる余地がないっていうか。」
    手が僕の背中を指差した。
    「やっぱり、この翼がせき止めているんだろうね」

    「青い…ルリワタリの色ですね。昨日入間様が羽根を持っていましたから。」
    「その話、詳しく聞かせてもらおうか。」
    「はい。でもその前に…」

    真面目な話の最中だと言うのに、ぐぅ、と僕のおなかが鳴った。
    翼が収納出来ずにパジャマが脱げなくて、結局ハサミで解体する羽目になりながら、なんとか着替えを済ませて朝食となった。ちなみに、今は背中が空いてる天使のローブを黒くしたみたいな服の上に短い上着を羽織っている。背中がスースーして落ち着かない。
    僕が食事をしている間にオペラさんが昨日の事を話してくれたようだ。内容は分からないけど多分そんな気がする。
    「…と言う流れで怪我の治療をしたとのことです。」
    「…ふうん、それで恩に応えるどころか言葉を奪ったと。……あの群、全部潰してこよっか?」
    「おそらくそれは入間様が悲しむのではないかと。ルリワタリの群を見たいと言っていましたから。おトモダチに空から見ようと誘われたと言う話を聞きました。」
    「ふうん、それで翼が。なるほどね。
     まあ、ルリワタリは魔力が高いし、ある程度の知能もある。願いを叶えてくれるのは不思議じゃないし、鳥頭だから色々考えが足りないのも分かる。怪我を治したルリワタリを見つければ解除して貰えるかもしれない、か。」
    「本人はどこか楽しそうですが。」
    食事を終えても、二人の会話はよく分からなくて。羽を動かそうとしてみたり、手で頑張って触ってみたりしてる。
    朝の夢では遠くなったら解除されるみたいだし、憧れの羽が手に入ったならせっかくだから飛んでみたい。
    「…うーん、入間くんが困ってないならひとまず飛ぶ練習でもしてみようか。しばらくして治らないなら無理やり解呪するけど。」
    『この羽、コウモリの形じゃなくて鳥の羽ですけど、バラム先生もこうですし、ちゃんと悪魔の羽ですよね?』
    「バラムくん?」
    羽を指す。
    「…ああ、同じタイプですね。少々妬けます。」
    オペラさんも頷いてくれた。…そう言えばオペラさんの羽、見たことないなぁ。
    「おや、今度は私ですか。 …ふふ、秘密です。」
    オペラさんが自身、僕の羽を順番に指差した後、その人差し指を口の前へと持っていった。【秘密】のジェスチャーはこっちも人間界も変わらない。そう簡単に見られるとは思ってなかったけど、残念。

    「対外的には言葉がわからなくなる呪いにかかっている。戻る期間は未定。…程度でいいでしょうか。」
    「そうだね。白く見える角度があるのは気になるけど、ま、入間くんなら天使の血くらい入ってても誰も驚かないでしょ。大丈夫大丈夫。」
    「ではそのように。」
    「入間くん、その羽、飛べる?」
    おじいちゃんが羽を出して軽く身体を浮かして、僕の翼を指差した。
    『えっ、あっ、そっか。羽があっても使い方がわからないと飛べないんだ』

    んんー、と、背中に力を込めたり、弛めたり。…羽は身体の動きに沿って揺れたりいきなりピンと張ったりと安定して動かすのが難しい。
    「オペラ、僕は今日入間くんに飛び方を教えるから、この魔力のルリワタリを探して。」
    「…理事長、本日は大事な打ち合わせがありますよね…」
    「えー……、会議リスケしない?」
    「駄目です。」
    「…くっ…。全部録画しといてね!」

    おじいちゃんが渋々出掛けた後、オペラさんが持ってきた本が、はじめての飛行といういわゆる育児書だと知ったのは、僕の言葉が戻ってからだった。
    …言葉通じないし、飛べないし、間違いではないんだけどちょっとだけ複雑だ。
    言葉が分からない中での特訓はかなり難しかったけど、なんとかその日の内にゆっくり空を飛べるようになった。翼の収納は出来ないままだったけど、どうせ明日までの魔法だってあのルリワタリさんは言ってたし大丈夫だよね。
    入間様が学校をお休みになられた日、お見舞いを断られ、魔インの既読が付くのも遅く、漸く既読となっても返信はなく。どれほど体調が悪いのかと眠れぬ夜を過ごしたのだが、本日お見舞いの許可をいただき、入間様の元へと訪れた。
    窓から差し込む光を背にして微笑む入間様は真っ白な翼を背負っていた。悪魔ではなく天使だったと言うのか?いやまさか。サリバン様のルーツに天使の血があるなんて聞いたことはない。それとも母方に?美しいのに違和感が物凄い。入間様の羽は私と同じ蝙蝠羽タイプだと勝手に思っていたからだろうか。王に相応しく、入間様の優しい心によく似合っているが、天使と同じ色だとは予想していなかった。
    その場に立ち竦んだところで、オペラさんが部屋の灯りをつけた。途端に翼の色が濃い青へと変わる。光の向きで色を変えるルリワタリと同じ。天使悪魔の敵とは違う特徴を見て安堵の溜め息をついた。
    『来てくれたんだね』

    安心した所に聞こえた声は、魔界で一般的と言われている言語は日常会話程度なら全て修得しているというのに、どこの国の言葉なのか全く分からない。事前にオペラさんから聞いてはいたが、なんて残酷な呪いなのだろうか。

    「入間様…。…そのお声とルリワタリの色の翼は、やはり私が不用意なことを言ってしまったからなのでしょうか。分不相応な願いが呪いとなってしまったのでしょうか…?」
    『…ええ?いきなり泣かないで、アズくん』
    アズ、と。そう聞こえた。
    「……ああ、言葉が違っても、私の名前は呼んでいただけるのですね。なんとお優しい」
    『もっと泣いちゃった…。ね、アズくんどうしたの』
    あやすように頭を撫でていただいた。…言葉が伝わらないで不安だろうに、どうしてこんなにも優しいのだろうか。
    困ったように笑う入間様は、私の手を引いた。
    『ねえ、今なら僕、飛べるんだよ。ルリワタリ、見に行こう?』
    「入間様?」
    『あ、わからないんだよね。えっと…』

    指差すのは、入間様の背中の翼に、輝く青い目。…今日はいつもにも増して輝いている。見惚れていると、窓の外へと指が動いた。
    「翼…、目…、…外?」
    たどたどしく翼をはためかせて腕を引く。どこかへ行こうと言うことか。
    「外へ行こうと言うことでしょうか。」
    理由は分からないが、入間様の要望であればどこへなりと。大きく頷いて、羽を出した。
    『あのね、僕、ずっとアズくんと一緒に飛びたかったんだ。だから今、話せないのは残念だけど、すごく嬉しい。』
    「…どうして、言葉を失ってそのように笑顔を?」

    家を出て地を蹴り、空へと飛んだ入間様は、こちらを振り返った拍子にカクンと膝の高さ分ほど高度が落ちた。笑顔に照れが混ざって、元の高度に戻る。体勢が安定せず、不安定に体躯が揺れている。まるで飛ぶ練習を始めたばかりの幼子のようにも見える。普段足腰の鍛錬を主にしているから翼はあまり使わないのだろうか。
    『あはは、やっぱり飛ぶのは難しいね。この翼は長くは保たないって話だし、はやく行こう』


    手招きする入間様の高度までは一瞬で届いた。
    『わっ…、上空は随分風強いね。』
    くるりと一回転した入間様を庇い風上へと移動する。体勢が安定するように、羽を大きく広げて風を遮る。
    『アズくん、ありがとう。』
    「…当然のことですから。」
    普段私がなにかしたときお礼の言葉を述べていただくときと同じ表情だった。言葉などなくても大丈夫。入間様はなにも変わらない。…そのはずだ。

    『ねえ、あれがルリワタリ?』
    「丁度飛び立つところでしたね。」
    湖を埋め尽くす青が、入間様の指に弾かれたかのように空へと広がっていく。流石入間様。鳥の群も意のままに動かすのだな。
    一面に広がる青と、それを見詰めるより深い青い瞳。鳥を見ているのか、それとももっと遠くを見ているのか、どこか切なさを感じる。
    『わぁ…、すっごくきれいだね』
    「とても美しいです。…入間様の輝く瞳が。」

    『え?僕が、なに?』
    「…入間様が一番綺麗ですよ。どんな景色も生き物も、並び立つものはいません。」
    疑問を浮かべてこちらを向いた入間様は先程までと違い普段の表情で安堵した。

    入間様は私の言葉を気にして暫くこちらを見ていたものの、また鳥の群へと視線を戻してしまった。
    …このまま言葉が戻らなければ、名を呼ぶしか出来ない私がいくら話しかけても無駄なのだろうか。
    鮮やかな青が不安で色褪せたように感じる。

    『……本当に海みたいに真っ青なんだね。』
    呟く言葉は分からないが、笑顔がどこか寂しそうに見える。一昨日初めてみた鳥ではなく、失った思い出の品でも眺めるかのように。

    私は見慣れた鳥の群など見ずに入間様を見つめていた。遠くの空を見詰める入間様へ声をかけることは、たとえ言葉が通じてもできなかったことだろう。

    『ね、もっと近くに行ってみようよ』
    私の言葉も聞かずに背を向けて飛び立つ姿が、同じ青い翼の群にそのまま消えていくようで。気がついたら指輪のはまった手を掴んで引き留めていた。
    「いかないでください」
    『アズくん、どうしたの?群、行っちゃうよ』
    こちらを向いてくれたのに、後ろをずっと気にしている。そんなにも、そちらがいいのですか。私がいる今よりも。
    「…入間様の言葉が、お心がわからないのは、悲しいです」
    『アズくん、近くに行くの嫌だったの?』
    くるりとこちらへ向き直った。青い翼が白へと変わる。
    「…私の元から、飛び立たないでください」
    『っ、…アズくん、ちょっと痛いよ』
    掴んだ手に力が籠もっていたようで、歪んだ表情を見てはっとして手を離す。
    『ねえ、アズくん、どうしたの…?』

    「入間様、申し訳ありません」
    「僕、何かしちゃったかな。…そんな悲しそうな顔」

    「…っ、入間様、言葉が」

    「聞こえるの?よかっ……」

    背中の翼から羽が消えていく。
    背に収納されるのではなく、消えるように見えたのは気のせいなのだろうか。

    「…いるまさま…?」
    こんな高度で羽を消すなんて、何故。
    もう一度羽ばたけば良いだけのことだと言うのに、どうして。

    これまで飛ぶ姿を見なかったことや今日、飛行時に危ういところが合ったこと、同じ色の翼を持つ鳥から離れた途端に消えた羽。
    ここまで抱えた違和感から導かれる答えを否定する。入間様が悪魔でないならなんだと言うのだ。

    「アズくんっ…」

    呼ぶ声と、こちらに伸ばした手を見てようやく入間様の元へと飛び落ちた。
    理由は分からないが、入間様は今、飛行が出来ないようだ。それ以上に考える必要なんて、ない。

    「入間様!」


    背の高い木々に飲まれるより早く入間様に追い付いた。
    入間様を抱き締めて、その高さを保つ。

    後少し遅れていたら。
    この体温も鼓動も、永久に失われたかもしれない。
    そう考えが行き着いて血の気が引いた。

    「アズくん、ありがとう…」
    「良かった。生きてる……」
    落とさないようにと腕に力を籠めると、触れたところから随分と速い鼓動と体温が伝わってきた。

    「うぅ、アズくん、ちょっと苦しい…かも」

    「では、入間様からも私に手を回してくださいますか?」
    「う、うん。」
    私の首に両手が回った。
    キスでも出来そうなほど顔が近い、なんてふと過った煩悩をそれどころではないと打ち消す。
    広く背中が空いた服、直に背に触れた手に汗をかいているのを悟られないためにはどうすればいいだろうか。

    「あの、…ごめんね。僕、本当は羽…」
    今触れているのは、羽をしまっているなら有り得ない程滑らな背中。
    羽の管の感触が僅かにも感じられない。
    先程の違和感を踏まえて考えれば悪魔であれば必ず存在する羽はないと言うことだろう。
    ずっと見ないよう努めていた入間様の秘密。
    入間様が隠したいと願っていたに違いないもの。
    「…いいえ。もう、それはどうあってもいいことです。」
    「え?」
    「…入間様がご無事であれば、他は些細なことですから。」

    「そう言ってもらえて、すごく嬉しい。…でも、だからこそ聞いて欲しいな。」
    「入間様がよろしいのでしたら。」


    「…あのね、僕、羽がないんだ。」
    「……はい。」


    「…僕、悪魔じゃなくて。」
    抱き締めた身体から、入間様の身体が震えているのが分かる。
    こんなに辛そうなら、言葉を遮るべきだろうか。
    だが、それは入間様の決意に反すること。
    それに、

    「…ニンゲン、なんだ。」
    「」




    「入間様、ルリワタリを追いかけますか」
    「ううん、もう一緒に見れたからいいんだ。それに、僕はもう飛べないし…」





    「いえ、これまでずっと無理を言っていたのは私の方です。入間様の飛ぶ姿が見てみたいと、自分勝手な願いで貴方を困らせてしまった」
    「だって、ここじゃ羽があるのが普通だもん。アズくんは悪くないよ」
    「入間様はそうやって、私を許してしまうのですね」

    「もう少し眺めたいなら遠慮なく言ってください。どこへなりとお連れします」



    「入間様、あなたが飛べないなら私がお運びします」
    「魔法が使えないのなら、困難は全て私が払います」
    「ですが、入間様の望みがわからないのは、嫌です。」
    「私の言葉が届かないのも、他愛ない言葉をお聞きできないのも、嫌です…。」

    「…私の元から飛び立たないでください。」

    「ずっと、おそばにいさせてください」

    『アズくん…?』
    「入間様の一番近くにいたい」


    「入間様は、その。飛ぶのを不得手としていらっしゃるのですよね。」
    「え?…あ、うん。不得手、というか。その。」
    「」

    「…もう随分遠くへ行ってしまいましたね。」
    「うん。でも、とっても綺麗だったね。アズくん、教えてくれてありがとう」

    「……あの鳥のせいで言葉が使えなくなるなどと言う苦難を受けたと言うのに、お怒りにならないのですか?」
    「え? ルリワタリはただ僕のお願いを聞いてくれただけだよ」
    「お願い…?」
    「アズくんと一緒に飛びたいなぁって…」

    「入間様、貴方というお方は…本当に」
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