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    sleepwell12h

    @sleepwell12h

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    sleepwell12h

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    食の細い🧡を心配する💜

    #Myshu

     そんな顔をさせるつもりじゃなかった。
     テーブルに並んだラップサンドと炭酸水のボトルを前に、ミスタは烈しく後悔した。
     もとより食に然程執着しないほうだという自覚はあった。人並みに好き嫌いはしても、取り立てて美食家でもなければ、極端な偏食家でもない。しかし、客人を迎え入れてからのここ数日間は、食欲が減退しつつある事実を認めざるを得なかった。
     対面に腰掛けるシュウも、既に察しているはずだ。甲斐々々しく口や手を出さずとも、気遣わしげな視線ばかりはおいそれと隠しおおせるものではない。何しろ彼を自宅に招き入れた夜、デリバリーを頼んだピザのひと切れさえ、ミスタは満足に食べきれなかったのだ。シュウは気分転換にと近場のカフェやパブへ連れ出したり、人目を気にせず食べられるようデリカテッセンで惣菜を買い込んだりと、手を替え品を替えミスタの食欲を喚起しようと試みたものの、目覚ましい変化は見られなかった。
     あからさまに食が進まない友人を差し置いて腹ごしらえする気にはなれないのか、シュウが買ったペストリーは半分も消費されていない。わざわざ呼び寄せておいて、もてなすどころか要らぬ心配をかけている体たらくに、ミスタはますます居た堪れない心地がした。
    「おいしいね。このベーカリー、ミスタはよく来るの?」
     シュウの問いかけに、ミスタは応とも否ともとれる曖昧な角度で首を振る。顔を合わせることすら滅多にかなわない間柄だ。一秒たりとて無駄にはできない。シュウを歓迎するため、ミスタはあれこれ試行錯誤しながら綿密な計画を立てていた。高まる期待とは裏腹に、その日が近付くにつれ体調は緩やかに下り坂を辿りはじめる。どうにか持ち直そうと彼なりに手を尽くしたものの回復は見込めず、結局は不調を極めた状態で邂逅する羽目になった。
    「はじめて入る舗だったから当てずっぽうで注文しちゃったけど、正解だったな。好みの味だ」
     アプリコットとダークチェリーのペストリーに、フォームミルクをたっぷり注いだカフェオレの組み合わせは、いかにも甘いものが好きなシュウらしい選択だ。グレーズをかけた生地にかぶりつこうと大きく口を開けた拍子に、赤い舌が覗く。その鮮烈な色を目にするなり、ミスタの胸は落ち着きなくざわめいた。著しい不安にも似た感覚に、ミスタは咄嗟に視線を逸らしてしまう。シュウはまだ手をつけていないダークチェリーのペストリーを千切り、ミスタの鼻先へ差し出した。
    「よかったらひと口、食べてみなよ」
     日を追うごとに食が細くなるミスタを心配してか、シュウはたびたび味見と称して自らの取り分を分け与えようとする。居丈高に説教するでもなく、平素と変わらぬ気軽さで勧めるシュウに、ミスタは内心で感謝しながら相伴に預かった。同時に、シュウの態度が寛容であるほど、余計な心労をかけている事実に苛立たざるを得なくなる。
     最初に手ずから食べさせられたときには面喰らったが、今ではすっかり慣れてしまった。ペストリーの切れ端にかじり付いた瞬間、シュウの指先が唇に触れる。シュウはその手を拭うでもなく平然と食べさしを掴み、口へ運んだ。
     食事を済ませたあとは、寄り道するでもなく真っ直ぐ家路につく。ここ何日もまともに食事を摂っていないミスタの足取りは重かったが、シュウに悟られまいという一心でどうにか平静を装った。談笑しながら玄関扉をくぐった瞬間、突然前後の視界が入れ替わるような感覚に襲われる。ゆっくりと傾いだミスタの体を、シュウが咄嗟に抱き止めた。
    「大丈夫? ……ごめん。無理させたね」
     謝らないでほしいと告げたくとも平衡感覚が狂い、口をきこうものなら嘔吐してしまいそうだった。立ちくらみがおさまるにつれ、暗転した視界に光が戻る。かすんだ目に真っ先に飛び込んできたのは、薄甘い息をつく唇だった。同時に、それまで麻痺していた感覚がいちどきに押し寄せるかのように、抗い難い飢餓感に襲われる。衝動に駆られるまま、シュウの腕の中に体を投げ出した。しかし、前後不覚に陥ったミスタより、シュウの反射神経がわずかに勝る。二人分の体重を支えきれず壁際に追いやられながらも、掌でミスタの口元を覆った。瞳に困惑と警戒の色をみなぎらせたシュウは、なおミスタから視線を外そうとはしない。やさしく聡明な友人。手放しで信頼を寄せられる、家族も同然の関係。それでも、破綻のないものほど見る影もなく打ち壊したくなるのは、どうしようもない人の性なのか。
    「シュウ、お願い。ひと口だけ」
     ミスタが憐れみを誘うような声音で懇願すれば、シュウはそれ以上強く撥ね付けることはできなかった。何か言いかけてやめてしまったように投げやりに開いた唇を貪ると、シロップ漬けの果物とカスタードクリームの甘さに、ほのかなカフェオレの苦みが入り混じる。ミスタは薄く目を開けてシュウの表情を盗み見ながら、何度も角度を変えて唇を重ねた。
     ああ、本当に、そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
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