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    sleepwell12h

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    sleepwell12h

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    💜のためにケーキを作る🧡

    #Myshu

     この時代に流れ着いて間もない頃は、煌びやかすぎる街並みと明るすぎる夜に辟易したものだった。
     今でも時折困惑することがある。たとえば湯を沸かそうと、ケトルに差し込む電熱棒を探す瞬間などがまさにそれだ。換気扇のフードの下やコンロの周りををさんざん探ってから、改めて電気式のケトルに視線を落としてはた、と気付く。
     そうだ、今はもっと簡単に沸かせるんだった、と。
     空を飛び、海を越え、列車をいくつも乗り継がなければ辿り着けない距離にいる相手とも、薄っぺらい硝子の板が一枚あればいつでも連絡がとれる。それでも、いくら電波を介して言葉を交わそうと、無性に顔を見たくなる瞬間があるのはなぜなのか。幾度となく頭をよぎる疑問に、ミスタは未だ答えを見出せずにいた。
     まるで肌に馴染まない、無闇に上質なオフホワイトのシーツの上に座り込んだミスタは、長らく手の中の小さな機械と対峙していた。躊躇いがちに通話ボタンに指先を伸ばしては離してを繰り返す。結局、意を決してコールする前に端末が掌からすり抜けてしまう。幸い床は蹠が沈み込むほど重厚な絨毯敷きで、端末には傷ひとつつかなかった。しかし、落とした拍子に偶然にも回線がつながってしまったらしい。慌てて通話を切る前に、耳慣れたフラットな声がスピーカーから聞こえた。
    「もしもし、ミスタ。どうかした?」
    「シュウ。……ごめん、急に電話なんかして。忙しいだろ」
    「そうでもないよ。ちょっと前に起きて、ご飯でも食べようかなあなんて思ってたところ」
    「そっか。……今から会えないかな」
    「会う、って……。ミスタはどこにいるの」
    「どこだったっけ。忘れた。でも、多分シュウの家からそんなに遠くないよ」
     財布やパスポートを詰め込んだ小型のバッグをひっくり返す。一見するとゴミと間違えそうな広告の切れ端に、ホテルの名前と住所がメモされていた。おそらくミスタをおいて判読不能と思われる、ほとんど殴り書きのような筆跡で記された番地を読み上げると、シュウは電話口で感嘆とも驚嘆ともつかない息を吐いた。すぐに行く、と早口に告げる声に、ばたばたと忙しない物音が重なる。
     宣言通り、シュウは一時間と経たないうちにホテルのロビーにあらわれた。取るものもとりあえず駆けつけたのか、洗いざらしのジーンズにフーディを羽織ったラフな姿だ。
    「待たせてごめん。元気だった?」
    「こっちこそ、いきなり呼び出したのに……来てくれて、ありがとう」
    「どういたしまして」
     シュウはわずかに紅潮した頬に笑みを浮かべる。軽く弾んだ息が整うと、ミスタは改めて一服しようと誘った。ひとまずロビーと隣り合ったラウンジへ向かう。しかし、豪奢な設えに圧倒されたシュウは、ラウンジへ立ち入る前に足を止めてしまった。
    「こんな服じゃ、流石に気が引けるよ。ミスタさえよかったら、外に出ない」
     格好ならミスタも似たようなものだが、まっとうな宿泊客として室料を支払っている手前、さしたる引け目は感じない。それでもシュウが気にするなら、と踵を返した。
    「じゃあ、オレの部屋に行こ」
     ポケットからキーを探り出しながら、エレベーターホールへと先導する。折よく地階に着いたゴンドラへ乗り込んだ。コンソールに部屋の鍵をかざし、最上階のボタンを押す。ゴンドラが停止するまでのわずかな沈黙を、ふたりは当たり障りのない会話で埋めた。
     ホテルの最上階は、ミスタの宿泊する部屋がワンフロアを占めていた。ドアの向こうには3LDKほどの客室が広がる。ダウンライトの照らす廊下を真っ直ぐに進んだ先には、応接室のように革張りのソファとガラスのテーブルが待ち構えていた。扉で仕切られた隣室はリビングダイニング、さらにその奥は寝室へとつながっている。
    「メシ、まだなんだっけ」
    「ああ、そうだった。とりあえず出て来ちゃったから」
     ミスタはカウンターキッチンの裏側へ回り込み、ひと家族の一週間分の食料でもゆうに収まりそうな巨大な冷蔵庫を開ける。昨夜、空港からホテルへ向かう道すがらに立ち寄った、閉店間際のグローサリーで買い込んだ食材が点々と転がっていた。ミスタはさんざん悩んだ末に、出来合いのスポンジケーキの土台を引っ張り出す。包装を剥いて大理石のまな板の上に置き、三枚に切り分ける。多少断面ががたつき、厚さもまちまちだが、仕上がりにはさほど影響しないはずだ。最も厚いスポンジにフォークを刺し、まばらに穴をあける。ゆるくといた杏のジャムとシェリー酒を表面に塗った。他の二枚のスポンジにも同様に穴を開け、ジャムとシェリー酒を馴染ませる。スポンジを元通りに重ね合わせ、缶詰のカスタードクリームを鍋にあけた。牛乳を注ぎながら温める。粘りけがなくなるまで伸ばしたクリームを火から下ろし、粗熱をとってスポンジに回しかけた。
     カウンターの向こう側からキッチンを覗き込んでいたシュウが、好奇心に満ちた視線をミスタの手元へ注ぐ。
    「ケーキ、作ってくれるの?」
    「作るってほどのものじゃないよ。スポンジもクリームも買ってきたやつだし。切って、塗るだけ」
     さらに言うなら、誰かに振る舞うつもりもなかった。住み慣れた土地から遠く離れた異国の、人影もまばらな夜更けのグローサリーで買い物などしたせいだろうか。柄にもなく郷愁に駆られてしまったらしい。見よう見まねで作ってみようと思い立っただけだ。
    「それじゃ、飲みものは僕が準備しようかな」
     シュウはカウンターの下に作りつけられた戸棚を探り、ステンレスのミルクパンを引っ張り出す。牛乳を沸かす間に、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。食器棚からふた揃えのコーヒーカップを取り出し、片方にミルクを多めに注ぐ。さらに抽出したコーヒーを注ぎ足し、手早くふたりぶんのカフェオレを拵えた。
     ミスタがケーキにナイフを入れ、シュウが取り分ける。彼らがようやくダイニングテーブルを囲む頃には、分厚いポリカーボネートの窓の外には灰白の雲が立ち込めていた。無闇に広く、薄暗い部屋の中を間接照明のやわらかな光が埋める。
     シュウは早速手に取ったフォークで、端からケーキを切り取る。ひと口含むなり目を輝かせた。 
    「お酒の風味が強いけど、おいしい。はじめて食べた」
    「ティプシー・ケーキ。知らない?」
    「ううん。お店でも見たことないよ」
    「ああ、それならきっと」
     廃れたんだ。思わず喉から出かかった言葉を、ほどんどミルクの味しかしないカフェオレと一緒に呑み込む。訊き返そうとしたシュウの声も、見計らったかのように降りはじめた雨がまばらに窓を叩く音に遮られてしまう。
    「シュウはこっちに来て驚いたこととか、戸惑ったことはないの」
    「うーん……特に思いつかないな。僕がこの時代に来たのは子どもの頃だから、そのせいかも」
     それきりふたりは口を噤み、しばらく無言のまま手元を動かした。天井から吊り下げられたクリスタルグラスのシャンデリアを、シュウが物珍しげに見上げる。
    「それにしても、すごい部屋だね。一泊だけでも相当高くつきそうだけど……どれくらい滞在するの?」
    「……いや、明日の夜には帰るよ」
     クリームを吸って崩れかけたスポンジをつつきながら、ミスタが呟く。シュウの表情がほんの少しだけ精彩を欠いたように見えたのは気のせいだろうか。そもそも、いくらも留まらないくせに、不必要に豪華絢爛な部屋に泊まることになったのも、衝動的にシュウを訪ねようとしたせいだ。慌ただしく荷造りをしながら宿泊先を探したものの、休日前というタイミングの悪さも手伝い、どのホテルも満室だった。出立直前までシュウの住む街のホテルに手当たり次第問い合わせた結果、唯一空いていたのがこの部屋だ。
    「そっか。何時に発つか、訊いてもいいかな」
    「一応、十時の飛行機に乗る予定」 
    「見送りに行くよ」
    「そんな、悪いよ。夜も遅いし、無理しないで」
    「夜更かしには慣れてるから、大丈夫。それに、僕が行きたいんだ」
     皿の上を平らげる間にも、いよいよ雨脚は強まっていく。カップの中身も少しずつ熱を失い、表面に薄く膜が張りはじめていた。シュウは既に食事の手を止め、微睡むようにゆっくりと瞬きしながら曇天に見入っている。ミスタは窓から差し込む淡い光を受けて銀色に輝く静謐なまなざしに、生意気そうに少し上向いた自分とよく似た薄い唇に、滑らかに磨き込まれたマホガニーの天板に添えられた塑像めいた白い指先に、目を奪われていた。シュウがよそ見をしたままぽつりと口を開く。
    「……今夜、僕もこの部屋に泊まっていいかな。お金は半分出すからさ」
    「好きなだけいてよ。金なんて、別にいいから」
    「ダメだよ。ちゃんとけじめはつけないと」
    「だって、そんなの……オレにばっかり都合がよすぎる」
     いかにも深刻ぶった声に、シュウはようやく窓の外から部屋の中へと視線を戻す。顔を見合わせるなり、ふたりして自ずと笑みがこぼれた。ひとしきり笑いあったあと、ミスタが食卓を立つ。
    「そういえばこの部屋、バスルームもすごいんだ。どこもかしこもガラス張り。……見てみる?」
     シュウは一瞬だけ狼狽したように視線を泳がせてから、躊躇いがちに浅く頷く。ミスタに手を引かれながら、連れ立ってバスルームへ向かった。
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