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    sleepwell12h

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    💛が💜に髪留めをあげる話

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    #lucashu

     随分と髪が伸びた。
     それに気付いたのはシュウ本人ではなく、彼を起こすために寝室まで訪れたルカだった。
     たびたび海を越える距離を行き来する稼業をはじめてからしばらく経つ。慣れ親しんだ土地を離れること自体はさしたる問題ではなかったが、何の気構えもなしに強いられた他者との共同生活は、シュウを大いに戸惑わせた。空港に着いた頃はてっきりホテルの一室でもあてがわれるのかと思い込んでいたが、いざ蓋を開けてみれば辿り着いたのは郊外の一軒家だった。ある程度まとまった期間滞在するのであれば、ゲストハウスを一棟貸し切ったほうが安上がりだというのは理に適っている。食事の調達や掃除のような細々とした雑事をこなす手間こそかかるが、出入りするのはいずれも気心の知れた友人であり同業者たちばかりで、下手に部外者を介する必要がないぶん確実にプライバシーは守られるはずだ。
     最初の数日こそどうにか周囲と足並みを揃えていたものの、骨身に沁みついた習慣がそう簡単に抜けるはずもない。食事や睡眠を摂る時間さえ一定ではない気ままな生活が災いし、いつしか昼夜がすっかり逆転した。当然、同じ屋根の下で暮らす仲間たちともすれ違う日々が続く。結局、見かねたルカがタイミングを見計らってシュウを起こす役目を買って出た。
     時差の影響なのか、はたまた体質の問題なのか、シュウが最も活発になるのは宵の口から日の出にかけての時間帯らしい。そのかわり、日中はおそろしく寝覚めが悪かった。ルカは早くも音を上げそうになったが、根気強く体を慣れさせていくうち、正午を回る頃には自発的に活動を開始する程度に進歩した。それでも、ときどきは夜更かししてしまうのか、ルカの手を借りなければ寝床を抜け出せない日もある。
     昼日中のダイニングで、ルカはぽつねんと昼食を摂りながらシュウの起床を待っていた。同僚たちは各々の用事を済ませるべく、既に出払っている。サンドイッチとシリアルバーの簡素な食事を終えても、シュウは寝室から出てくる気配がなかった。食器を片付け、二階へ上がる。儀礼的なノックの音にも、案の定返事はなかった。物音を立てないよう細心の注意を払いながらドアを開ける。ベッドの上ではコンフォータを抱え込んだシュウが静かに寝息を立てていた。小さな声で名前を呼んでやると、シュウは獣が唸るような声を洩らしたきり、寝返りを打ってルカに背を向けてしまった。むずがる子どものような態度に、ルカは思わず鼻を鳴らして笑う。そっと肩先を揺らしてようやくシュウは目を覚ました。
    「おはよう、シュウ。今日はお寝坊だったね」
     シュウは今にも閉じそうになる瞼を瞬かせながら、掠れた声で律儀におはよう、と返す。枕元の端末を手に取り、液晶に映し出された時間を確認すると、大きな欠伸を零しながら上体を起こした。
    「そういえば、こっちにいる間に髪が伸びたんじゃない」
     ルカが指摘した通り、たびたび視界に入る髪にシュウ自身も煩わしさを覚えていたが、手を入れるほどでもないかと今日まで放置してしまっていた。ルカはちょっと待ってて、と言うなり手早くシュウの後ろ髪を束ねる。仕上げに横髪をピンで留めた。
    「どう、これですっきりした?」
    「うん。……でも、ルカの髪留めでしょ、これ」
    「そうだけど、気にしないで。そのまま使っていいよ」
     ルカの言葉に甘えて、シュウは髪留めを借りたまま一日を過ごすことにした。日没前には友人たちも戻るだろう。そのうえ今夜は示し合わせたように誰も予定を入れていない。確実に酒宴になると踏んだ二人は飲みものや食糧を補充するべく揃って買い出しに向かった。
     大量の瓶やら缶やらを苦労して運び込んだ甲斐あって、帰宅した友人からは早速感嘆の声が上がった。めいめいに手土産として持ち帰った菓子や軽食をつまみながら、一日の出来事を語らう。
    「シュウがつけてるの、ルカがいつも使ってるやつだ。貰ったの?」
     酒が入ったせいか、ややもつれ気味の舌でミスタが指摘する。シュウは指先で髪留めに触れ、ほつれ毛がないのを確認しながら首を横に振った。
    「ううん、借りただけ。ちゃんと後で返すよ」
     ミスタはいかにも意外そうに目を見張りながらエールの瓶を傾ける。そのうえ、傍らでサラミやチーズをたっぷり載せたバゲットにかじりついていたルカにまで同じ質問を投げかけた。
    「気にしないでって言ったのに。シュウだったら何でもあげるよ」
     ルカの返答に、食卓のあちこちから煽り立てるような口笛が飛ぶ。熱烈だな、とヴォックスに揶揄されても、焦って否定するでもなく人懐こい笑顔を振りまくばかりだ。ルカの反応を意外に思いながら、シュウはせっせと菓子のパッケージを開けたり、空の酒瓶を下げたりしていた。
     複数人が集まる場では酒量を控える癖がついていたシュウは、宴もたけなわという頃になっても素面に近い状態だった。やがて眠気を訴える友人たちが三々五々寝室へ引っ込んでいくのを見送りながら、食卓を片付ける。ただひとり、ルカだけが残って洗い物を引き受けていた。テーブルや床を拭き上げ、原状回復を果たした後も、ルカは一向にその場を去ろうとはしない。部屋へ戻らないのか、とシュウが訊ねると、ルカは哈羞んだように微笑みながら、さみしくて、と呟いた。時刻は真夜中を疾うに過ぎていたが、こうまで正面を切って訴えられては、無碍に追い立てるわけにもいかない。シュウは彼の気が済むまで付き合うつもりで、食器棚へ収めたグラスを再び取り出した。買い込んだ酒はあらかた呑み尽くされていたが、唯一誰かが中途半端に残したウォッカだけが、所在なさげにキッチンの隅に追いやられていた。シュウはグラスの底にうっすら溜まる程度のウォッカをオレンジジュースで思いきり薄め、即席のスクリュードライバーを拵える。先にリビングのソファへ腰掛けていたルカは、シュウから手渡されたグラスを受け取ると、縁を軽く合わせて乾杯した。シュウはほぼジュース同然のカクテルにちびちびと口をつけながら、隣に坐るルカを横目に見る。いつもなら結われている髪が目元を覆い、視線の行方はうかがえなかった。シュウは髪留めを外しながら、ルカの正面へ回り込む。
    「ありがとう。ルカのおかげで助かった。……でも、酔ってるからって何でもあげるなんて簡単に言っちゃ駄目だよ」
     すくい上げた横髪を縛りながら、諭すように語りかける。元通りにピンを挿そうとした刹那、それまで身じろぎすらしなかったルカが、唐突にシュウの腕を掴んだ。
    「別に、酔ってるわけじゃない」
     当惑するシュウの手から髪留めを奪う。頬をなぞる黒髪を耳にかけ、再びピンで固定した。ルカの指先は耳元を離れることなく、ゆっくりと輪郭を辿り、耳朶をやわらかく摘む。
    「本当に、シュウのためなら何でもあげたいと思ってるよ」
     あらわになった耳をくすぐる手から逃れようと、シュウはわずかに上半身を反らす。しかし、直後に腕を手前に引かれ、ルカの胸元へ倒れ込んでしまった。着衣を隔ててもなお熱い体が、じわじわとシュウの理性を侵食する。
    「よしよし、ルカ……一緒に片付けてくれてありがとう。疲れたでしょ。そろそろベッドに行こうか。ね、いい子だから」
     シュウは逡巡しながらも、ルカの体へおずおずと腕を回した。頭や背を撫でながら、精一杯穏やかな声音で語りかける。酔いに任せて抱き付かれたり甘えかかられたりするのは珍しくない。今回も相手の言い分に耳を傾ける素振りを見せながら宥めすかして、落ち着きを取り戻した頃合いで寝室へ向かわせるつもりだった。
    「いい子じゃないよ」
     しかし、シュウの思惑に反し、ルカは冷淡に響く声音で否定した。互いの額が触れ、吐息が混じり合う距離まで顔が近付く。
    「いい子になった覚えはない」
     今にもぐらぐらと煮立ってしまいそうなほど熱い視線に射竦められる。硬直したシュウの唇を、ルカは躊躇なく奪った。熱く濡れた感触が口元を這った瞬間、反射的にルカの胸元を押し返してしまう。しかし、逃れようとするほど強く抱き締められて、かえって抵抗する気力を奪われるばかりだった。鼻に抜けるオレンジの香りと、わずかに辛いアルコールの気配が、いつしかシュウの喉まで痺れさせる。開けて、と囁く声に素直に従っている自分が不思議だった。
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