世にも奇妙な夷陵老祖静かな夜だった。
藍忘機は己の古琴を奏でていた。始祖の藍安が還俗した後についた職業が楽師であったことから、藍氏は楽器を嗜み、仙術を扱うための手段とする。公子の模範であるようにと叔父から教えを受け、そうであろうと努めた彼はいわゆる同年代の子供が夢中になる鬼ごっこであったりかくれんぼであったり、そういった類の遊びをしたことがなかった。代わりに、修練の一つである音楽が数少ない娯楽であった。その幼さには似つかわしくない洗練された旋律は、曲譜通りに一つ一つ正確な動きで弦を弾き、作り出されていた。美しい調べを聴いていると、心が静まり水の中を揺蕩うような心地になる。安らぐそのひと時が、藍忘機には好ましかった。
ふと、凪いでいた藍忘機の心の水面に一つの石が放り投げられたように、波紋が拡がった。
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