おしり開発レポート(仮)「師匠、おかえりなさい」
同棲して半年になるモブが珍しく玄関までドタドタと出迎えてくれた。と、思ったら
チュッ。
「こら、俺がうがい手洗いしてからにしろ」
「僕もまたするからいいでしょ」
と言いながらまた唇をついばむようにして可愛いキスを浴びせてくる。
「ししょう……準備してあるから、その…」
「若いなー、モブくんは。いいけど先に飯食わせてくれ」
モブと付き合い始めて同衾するようになった時、弟子の童貞を捨てさせてやりたいという師匠心(そこに「モブの童貞は絶対に俺がもらう」という気持ちも含まれてたのは否定しないが。)と、身体に負担が少ないほうが良かろうという考えから、最初は俺がボトムを担当していた。
だが最近になってモブが自分もボトムをやりたいと言い出した。
「実際、抱かれるってどんなかんじなのか知りたいというか、師匠は『気持ちいい』っていつも言ってくれますけど、無理してる可能性もあるじゃないですか。確かめておきたくて」
「あぁ? 俺がお前に嘘をついたことがあるか?」
「ありますね」
「あるな〜」
そういうわけで俺の指導の下、モブは今絶賛おしり開発中である。もちろん初めのうちは洗浄も拡張も苦しがっていたし、「こんなに負担かけてたんですね…」と申し訳なさそうにしていたが、この2週間ほど急に何かを掴んだらしく、ちょっとノリノリなのだ。
「肉改部でも、最初はスクワット10回でフラフラだったり、ジョギング1キロも走れなかったんですけど、それを越えると、20回、30回とだんだん積み重ねて鍛えられてる実感が出たんですよね」
筋トレと並べるところがモブらしい。
俺に抱かれながら可愛い声を出すモブは俺の中の猛々しい部分を刺激し、このままめちゃくちゃにしたい、泣かせるほど激しくしたい、という欲望が湧き出てくる。それを抑え込むのに心頭滅却な精神力が必要なほどだ。
逆にモブに抱かれてる時も、マヌケな甘ったるい声を出すんじゃないかと気が気でないので、どちらにせよモブとするのは色々疲れるっちゃ疲れる。後者は俺のくだらないプライドや羞恥心の問題なのだが……
「師匠ってもしかして、声出すの我慢してます?入れられてるとき」
急に核心を突かれた。
「え、なんで?」
「だって…、師匠がしてくれる時に当たって気持ち良いところ、僕も師匠に教わってちゃんと触ってたはずなのに、師匠ぜんぜん反応してなかったな…って」
前立腺のことか。気持ちいいよ、しっかり。だが弟子に抱かれてアンアン言うには、俺は客観性があり過ぎる。
「30過ぎて初めて男に抱かれてるんだから、俺のほうが身体慣れるのに時間かかるんだよ。前立腺はちゃんと気持ち良くなってるから大丈夫」
「僕、気持ち良い時は声が出ちゃうし、出ちゃってるのを師匠に受け入れてもらってるなって思うと、もっと気持ち良くなれるんです。だから、師匠も声出した方がもっと気持ち良いんじゃないかなと」
「……善処する!」
とか言って濁してたら、しばらく俺がボトムをやることになった。
留学していた律が来月、帰国してこっちに戻って来るのだ。
三年前、成人したモブと交際することを伝えたとき、
「霊幻さん、兄さんがあなたと恋人同士になりたい、と望んでいるのだから、僕はそれを受け入れるしかないし、あなたもそれを僥倖として五体投地し迎え入れるべきですが……兄さんがいずれあなたを捨てて、然るべき人と出会い直したときのためにも、兄さんを今後も『男』でいさせる義務があることをお忘れなく。意味はわかりますよね?」
モブが俺と別れた後に出会う相手が女性とも限らんだろ、とも思ったが、確かに「おしりじゃないとダメになってしまった!」という状態にしてしまうと性生活の選択肢が限られるだろうし、モブは今や立派に肉体改造された隠れ細マッチョのベビーフェイス塩顔イケメンに属するちょいモテ男なわけで(俺だって相談所に来る常連客のマダムたちからは「調味通り商店会青年部の松坂桃李」と呼ばれることもあるぞ…!)今のモブは女性からのアプローチもそこそこあるだろう。
出会いの可能性は無限大なのに、性の間口は狭い、なんてことにしては師匠の名折れ。
というのは半分建前で、要するに「兄さんを抱くな」と律から脅されているのである。
そして律のブラコンぶりが筋金入りで、成人したくらいでは兄離れする見込みがないことに、俺はわりとマジで震えている。
しかし現実はこのとおり、お互い抱いて抱かれての模索の日々なわけで、いくら隠しだてしたとて、何ヶ月かぶりに会う兄がほんのり艶めかしいムードを出してたら速攻でバレて俺はちんこをちょん切られるかも知れない。少なくとも股間を蹴り上げたりは普通にしてきそうだ。
「というわけで、しばらくお前が俺を抱いてくれ」
「いいですけど……律だって本気でそんなこと言ってるわけじゃないと思いますよ? 同性の兄弟が同性と付き合うってのは、最初は驚いたり抵抗あるかも知れないけど、律ももう二十歳過ぎて大人なんだし、そんなこと言ったのも、もう忘れてますよきっと」
お前は本当に弟が自慢なんだな。うん。だがわかってない。あいつはお前が思ってるより重度のブラコンだ。
「師匠にしばらく抱いてもらえないのか……」
「そんなにおしりの方のコツが掴めてきたのか?」
「そうじゃなくて、師匠としてる時で、一番特別な時間だなって思えるの、僕を抱いてるときの師匠の顔を見てる時なんです」
「え、俺どんな顔してる? 怖い?」
「怖くないですよ。師匠が怖かったことなんて一度もないです。だから、あんな風な……顔は、僕でもあの時しか見られないので」
急にモジモジしだした。へえ、そうなの。そんなもんか。俺の"雄"の顔を喜んでもらえて、嬉しいような、隠せてなくて情けないような。
「僕だって、師匠がちゃんと声出してくれたら、もっと男っぽい顔できると思いますから!師匠も協力してくださいね!」
なんでそこで対抗するのか。弟子は師に倣うものだからか?
「律に会うまでに僕がもっと男として自信つけてたら、師匠が怖がってるようなことにはならないんじゃないですか?」
というわけで、律の脅迫に背中を押され、俺はこの日から少しずつ声を出すようになった。
「やっぱり。師匠の声、可愛いです」
そう言いながら汗塗れで嬉しそうに俺の頬に手を添えるモブは、たしかに見たことないくらい男らしい表情をしていた。
おわり