決して厭うべからず あっと思ったのは、とある花曇りの夜のことだった。
肌寒さが残るから今晩はお鍋にしようと言ったドラルクが、どうやって手に入れたのかも知らないような立派な土鍋と格闘し始めて、もう半刻程が経ったろうか。休日、宵の口。
昼過ぎにフットサルの練習へと出かけたジョンは、まだ帰らない。もうすぐ試合があるのだとヌンヌン意気込んでいたから、長引いているのかもしれなかった。だからここに居るのは人間一人と、吸血鬼が一人と一尾と一台だ。優秀な門番はおやすみモードで、そのせいかいつもは騒がしい筈の室内は極めて静かだった。包丁がまな板に触れる音と、エアーポンプの音だけが聞こえてくる。それでいて米の炊ける甘い匂いと、出汁の含み豊かな香りが漂うばかりなのだから、鼓膜が、静寂の形を保っていくのが分かるようだった。
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