いい加減にして欲しい。恒例と化してしまった光景に、思わずため息が零れ落ちた。
「はぁぁ…輝一君よぉ、お前わかってないなぁ…想像してみろって、このつるつるの生地の上に黒髪が流れている姿。癖一つない髪の束がさ、この上を滑ってくんだぜ?たまんねぇじゃねーか」
「いやいやいや…お前こそ想像してみろよ、このもこもこの生地に包まれたあの子の姿を、引き締まった脚を」
「脚フェチ」
「髪フェチ」
「……」
今夜も開催されてしまった「俺の寝巻選手権」に額を抑えた。
一人暮らしを始めた輝一の部屋に、俺と拓也はよく泊めてもらっていた。三人で遊び、飯を食べ、帰るのが億劫だな…じゃあ家においでよ、ってのが定番の流れ。それまでは良い、なにも問題なんかない。楽しい時間の延長なんだから。
だが、頭痛の種はその後にある。
頻度が頻度なもんで、輝一の言葉に甘えて俺たちの着替えは一通り置かせてもらっている。下着はもちろんのこと、寝る時のスウェットなんかを。毎度コイツのを借りるのは申し訳ないしな。いいんだよそこは。
「……上がったぞ」
風呂上り、脱衣所に用意していた俺が置かせてもらっている寝間着がごっそりなくなっていて、下着一枚のみが置いてあった。おい、誰だよ。どっちだ?俺のスウェットを仕舞った奴はよォ。正解は二人とも、なんだろうけどな。
「輝二いいところにっ!」
「さあ、選んでくれっ!」
「あのなぁ…」
そう言って双方が差し出したのは全く別の代物だった。
拓也が持った紺色のサテン地のパジャマがきらりと光る。襟元に白いラインが入っており、シンプルなデザインに好感を持つ。とりあえず、触り心地がよさそうな一枚を手に取ってみた。
「これなこれなっ、髪への負担を考えて、シルクのもの選んだんだっ」
「え…高かったんじゃないのか…?」
「ん~…あんま覚えてねぇーや!まあいいだろそんなことっ。で、どう?」
「確かに、手触りが良いなこれ…気持ちよさそうだ」
「ーっ!待て待て輝二っ、俺が用意したのも気持ち良いから触ってごらん」
手からシルクが奪い取られ、変わってもこもこの生地のルームウェアが差し出された。確かにこちらも手触りが良い。手でなぞったそばから生地が沈み、感触に思わず頬が緩んだ。
「うん、こういうの好き。気持ち良いよ」
「だろ?気に入ると思ってた」
「さすが兄貴だな。…女物だろ、これ」
「でもこのデザインは嫌いじゃないだろお前」
「ご名答、むしろ好きだぜ」
やったと笑顔を見せられて微笑み返した。俺たちのやり取りを見ていた拓也が慌てて声を上げる。
「待って待って!なぁこーじ、よく考えてみろ…お前が大事にしてる髪への摩擦。気にしてたじゃんか」
「それもそうか…」
「だっろー?ほらっ、こーんなすべすべなんだぜ。これ着て寝たら気持ちいいぞ絶対」
「ん~…」
今の状況を第三者が見たらどう思うだろうか。滑稽すぎる。上裸の男に向かって、目を輝かせた男二人が「なぁなぁっ」とアピールする様は。
ふむ…と唸るポーズを取り、それらを奪い取った。
決められないのなら、”両方”着たらよいのだから。
「上は拓也の、下は輝一のを着てやるよ」
「えっ」
「そっそれは…」
「なんだ?なにか文句でもあるのか?」
俺のセリフだけを聞いていたら、国民的猫型ロボットの世界の彼の言葉の様にも聞こえるな。一人でくすりと笑い、寝間着たちを抱え込んだ。
前に、めんどくさがって半裸のままで寝ようとしたらひどい目にあった。脇でずっと「なんでなんで」と言いやがる。お前らは四歳児かよと言いたくなった。だったらTシャツで…と返したら今度は「じゃあ俺の着てよ」で論争が繰り広げられた。
ここは大人しく、双方をたてるのが吉。何か言いたげな二人を一瞥して、濡れた髪を乾かすために脱衣所へと足を向けた。
(「今夜は譲らないぜ。ぜってぇジェラトーニ似合うからっ!ほらっこの淡い色…そこに輝ニの白い肌と黒髪…!最高の組み合わせだろーが!」)
(「じぇ、ら…なんちゃらよりも、この兎を見てみろよっ!真っ白の生地にふわふわの尻尾…きぐるみ型なら絶対にこれが良いって!」)
(「いい加減にしてくれ……」)