深淵「わたしの家はお兄ちゃん、お兄ちゃんの家はわたし」
目の前で金髪の少女は言った。少年は今にも泣きそうな顔をして、少女のもとへ駆けて行く。しかし、あと少しで触れられそうな時、少女は一歩後ろへ下がってしまった。
「蛍! 一緒に帰ろう……!!」
少年の呼びかけは虚しく、蛍は表情ひとつ変えず首を横に振った。
「ううん、今はだめ」
「どうして! なんで!!」
「隣を見て」
蛍は少年の側にいる者を指し示す。少年は言われた通りに隣を見た。蛍は話し出した。
「ダインと一緒にいる。それは決別の証。言ったよね、ダインと一緒にいてはだめって」
「……どういうこと……?」
困惑する少年を見ないように蛍は瞳を伏せ、溢した。
「今は言えない。ごめんね……お兄ちゃん」
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