今日はきみの吐き出した息は白く、儚く消えていった。
すっかり寒くなったなぁと衢は改めてマフラーを巻き直す。背中のランドセルの留め具がカチャカチャと揺れるのを聞きながら小学校の校門を出た。
今日は、衢の十回目の誕生日だ。
今日はきみの
両親が亡くなって、寂雷と一緒に暮らし始めてから迎えるはじめての誕生日だった。ついに二桁の年齢である。大人の仲間入りをしたようで、どこか自分がそわそわとしているのを衢は感じていた。
けれどおそらく今日もいつも通りの一日で終わるだろうな、と衢は確信していた。なぜなら今日が自分の誕生日であるということを特別、寂雷には伝えていないからだ。
伝えていない理由は、単にそういう話にならなかったから。もうひとつ付け加えるなら、これ以上負担になりたくなかったからだ。伝えるということは、祝ってもらいたいということ。ただでさえ衢はまだ子どもで、忙しい寂雷のお世話になってばかりだ。誕生日だと伝えることで、寂雷の思考の邪魔をしたくなかった。
そんなことを考えていたらあっという間に寂雷と住む家へ着いてしまった。胸許から鍵を取り出して玄関を開ける。廊下を進んでランドセルを部屋へ置いた。洗面台へ向かい手洗いとうがいをする。「帰ったら必ず、ね」と寂雷に言われてから忘れずに習慣となっていた。
寂雷はまだ帰宅していないようだった。そういえば今朝、「今日は夕飯までには必ず帰りますから」と言っていた。もしかしてと衢は少し期待したが、先にも言ったとおり寂雷には誕生日を教えたことはない。衢の誕生日だからではなくて、単純に寂雷は衢を一人で留守番させることを申し訳なく思っているようだからで、おそらく特に理由はないのだろう。
とりあえず、衢は宿題をやることにした。算数の問題集1ページと漢字の書き取り練習だ。部屋に戻って、衢はランドセルからそれらを広げたのだった。
「ただいま帰りました……っ」
「寂雷さん! おかえりなさい、お疲れさまです!」
ドタバタと玄関が騒がしくなったと思うと、リビングの扉が開いた。マフラーと長い髪が乱れた寂雷が立っている。
衢は宿題を終わらせて、のんびりとテレビを見ていたところだった。夕方のアニメも終わって、どのバラエティ番組にしようかなとチャンネルを変えていたのだった。
「ごめんね、もう少し早く帰るつもりでした……これを選ぶのに思ったより時間がかかってしまって」
「? …………え」
これ、と言って寂雷が衢に見せたのは四角い白い箱だった。何が入っているのか衢でもすぐにわかる……ケーキを持ち運ぶものだ。
「お誕生日おめでとう、衢くん。今日は誕生日だからと買ってみたんだけど」
「僕、誕生日って……」
「病院の書類に書いてありましたからね」
迷いに迷って結局シンプルなものになってしまいました、と寂雷が食卓に置いた箱を開ける。中に入っていたのは、かつて両親と食べていたのよりも大きなホールサイズのいちごのショートケーキだった。プレートには、「よつつじくん お誕生日おめでとう」とチョコレートで書かれていた。
「さて、ケーキはあとにして……夕飯の準備をしてしまいましょう。衢くんの好きなものを用意したんです」
再び丁寧に箱の中へとケーキが仕舞われ、冷蔵庫へと入っていった。それと入れ替わるように、下準備されていたらしい具材がキッチンへと並べられる。あとは焼くだけのようだった。
「……寂雷さん!」
「おっと……どうしたんだい」
冷蔵庫の扉を閉めている寂雷に、衢は後ろからぎゅうと抱きついた。
「……ありがとうございます」
「ふふ、」
あらためてお誕生日おめでとう、と寂雷がその大きな手で衢の頭を撫でた。
衢の好物ばかりの並んだ夕飯を食べ終えてケーキを冷蔵庫から取り出した。
ろうそくを10本立て火を灯し、部屋の電気を暗くする。衢はたくさん息を吸ってその灯りを消した。
「2人では大きすぎましたね」とケーキを切り分ける寂雷が笑った。「来年は違うのにしましょう」と続いた言葉に衢も笑うのだった。