頑張れ！クラークくん！「家に招かれるってそういうことだろ？　親公認の恋人だよな？」
　まだ客の来ない「Pirate Pete's jolly treats」で、赤と白の縞模様の長袖の上に、黒のTシャツには金牡丹四つを思わせるバーベルのようなプリントも四つ、海賊がモチーフのバーガー店のバイト服を着たクラークがキッチンの手洗い場にある壁掛けの少し水垢の付いた鏡で、何度も何度も髪を整える。
　ついでに言うと、骸骨が一つ描かれた二角帽子も被る事が義務付けられているのだが、なんせ彼は「悪ガキ」という名に相応しく「そんなダサい帽子被りたくない」と被らない。
　店のチーズバーガーやシェイクの名前に「butt(尻)」とつけて楽しんだり、もう七回はクビと言われてるのに「母親が保安官だから」とクビにはならない。俺は無敵だ！　と好き勝手している男だ。透けるような青の瞳にくるんとカールした黒髪。「俺はイケメンだから」と自他共に認める甘い顔なだけあり、クラスの女子から確かに人気である。神様の不平等を少し呪いながら「いいから開店作業を手伝えよ！」と鏡ばかり見つめるクラークに文句を垂れた。
　
　
　彼には彼氏が出来た。
　その事実が知れた時、クラスの女子は阿鼻叫喚まではいかぬものの「残念！　狙ってたのにい～」と軽い調子で数人の女子はクラークに話しかけていた。
　そんなクラークを射止めた男は誰だ？というとまさか店に当然現れた「全裸の男」だった。
　その全裸の男は「ジャック」と言って、クラークが刺された事件に関わってたそうだ。そして、俺の知らぬ間にいつのまにか仲良くなったらしい。全裸の印象が強いせいであまり覚えていないが、確かに可愛らしい顔をしていた気がする。「子鹿のような瞳が可愛らしい」とクラークが惚気ているからかもしれない。

「で、どう思う？　家に招かれるってそういうことだろ？　親公認の恋人だよな？」
　
　クラークの冒頭の台詞に戻る。
　
　クラークは夢中の恋人、ジャックの家に招かれたそうだ。
　「ただ遊びに行くだけじゃない？」と意地の悪い言葉を返してやりたいが、クラークがここ数週間、ジャックをいかに大切に扱ってきたか知っている。ハメを外したい年頃の俺達だが、ジャックの父親達がかなり厳しいらしい。恋愛に疎いジャックに「真剣に付き合っている」という事を示したくて、「あの」クラークが彼を門限には必ず帰しているそうだ。
　何度も何度も「可愛い」「好き」と愛を囁き、定番も定番である花を渡し、最初はハグに驚いていた彼が段々ハグを返してくれるようになり、手を握っても無反応だった彼が手を握り返してくれるようになったそうだ。遂に「好き」という言葉に「僕もだよ」と返すようになったらしい。
　ジャックは天然なんだ！　「僕もだよ」の言葉が！　いかに凄い事か！　俺は頑張った！　俺の想いが通じた！　と尻シェイクを飲みながら、クラークが熱く語っていたことを思い出す。
　クラスの性別問わず「理想のデートスポット」のアンケートを取り、評判の良い場所を聞くと直ぐにクラークはジャックをデートに連れて行った。水族館・動物園・人気のカフェ………クラークの努力を知ってる。
「家に招かれるってそういう事だろ？　親公認の恋人だよな？」
「そうだと思うよ」
　開店作業を進めつつ、不満気に質問に返す。
　まだ鏡に夢中で恋人ととの家デートがいかに楽しみなのかを語り、父親達に気に入られるにはどうすればいいか？　手土産には何を選ぶべき？　と作戦を立てるクラークとは対照的に、黙々と作業してたので、俺一人で開店作業は終わってしまった。
　同じバイト代なのが悔しい。
　
　
　漫画のように周りに花を撒き散らした空気を纏い、「俺は幸せ者だから」と口角を緩ませながら公言していたクラークだったが、約束の「恋人の家に招かれた」次の日、目を腫らしてバイトに来た。
　腫れぼったい瞼に少し充血した眼。「昨日は泣いてました」と言ってるようなものである。開店作業を手伝いはしないし、尻バーガーに尻シェイクを作るが、大切な友達に変わりはない。少し強気であんなに惚気ていたクラークが泣くなんて。思わず「どうしたんだ！？」と心配で声を掛ける。
　いつもの威勢は何処へ行ったのか、小さな声で「付き合ってなかった」とポツリと呟く。全く話が見えて来ない。戸惑う俺に構う事なく彼はボソボソと話し続けた。
　要約すると、ジャックの家に遊びに行ったは良いものの「友達」として紹介されたらしい。
　父親達の前での単なる照れ隠しの可能性もあると思ったそうだが、それはそれでショックだ。
　ジャックが父親達に自分との「デート」を話せば話すほど、自分だけがデートと思い込んでたようで、手を握ったこともデートスポットばかり行ってたことも、デート後は門限に絶対間に合うように毎度家の近くまで送り届けていたことも、会うと必ず「可愛い」「好き」と愛を囁いてたことも全て「友達」だと思っていたらしい。
　それは脈無しでは？　と脳裏に浮かぶ、慰めを込め、クラークの肩をポンと叩く。
　肩を叩かれたクラークは白く綺麗な歯列を見せながら
「でも『クラークと居る時はサム・ディーン・キャスと居る時とは違った感情が出てくる。手を繋ぐと心臓が速くなる。一緒に遊んだ帰りはまたすぐに会いたくなる。ハグも気持ち良い』んだって。狡いよな。天然だからな」とハアとひとつ溜息を溢す。
　なんだ、涙が出るほど悲しい出来事ということは「恋人に招かれた家」で父親達に別れるように促されたのか？　はたまた父親達を怒らせてしまったのか？　と思ったが、まさかそんな事だろうとは思わなかった。
　肝心のクラークは「嫌われてないから大丈夫だよな？」と自分を奮い立たせていた。
　その熱量を少しで良いから開店作業に向けてくれと内心思うが、恋人と思っていた相手に堂々と「友達」と言われるとは。ジャックの言葉を聞いていると恋破れた訳ではないが………天然過ぎると大変なんだな。まるでラブコメディ映画だな、と少し同情した。
　今日だけは、また俺「だけ」で開店作業をしていても何も文句を言わないようにしようと心に決めて、開店作業に取り掛かった。