Coz I Luv Ya. 眠る男の顔はつきのひかりに照らされてあかるんでいる。
蒼褪めた瞼の際を彩るながいまつげが、なだらかな稜線をえがく頬に翳をおとす。秀でたひたいにゆるやかに流れるきんの髪、すっきりと整った鼻梁、かるく引き結ばれたかたちのいい口脣、手触りの言い肌掛けの下に隠された顎の、うつくしいカーヴ。
飽くことをしらずにただみおろすだけの時間は、遠く離れて過ごすこの男を自分がどう思っているかを再確認するための時間にほかならない。この奇蹟のようにうつくしい男は、目覚めればただの嫌味で優秀なアヴィエーターにすぎず、自分がこのところ密かに愛してやまない薄いくちびるからは、人を食ったようなことばが囀りのように迸るばかりになってしまう。
ひごろの言動の大仰さとはうらはらに、よこたわる男はひそりとしていて動かない。そのかわりに秀でた骨格に寿がれた胸板が、あえかな呼吸に合わせてかすかに上下する。このアラバスタの彫像のような男が生きていることを示す、数少ない証左のひとつだ。そのかたわらに立ちつくして、すでにいくばくかの時間がすぎている。
おまえは案外ばかだなぁ、ジェイク・ハングマン・セレシン大尉。あんなにイラついてたはずの雄鶏の気配を忘れたのか? お前は俺の手で屠られることを恐れてはいないのかもしれないけど。ひょっとしたらお前にとって、俺は敵として取るに足らない男なのかもしれないんだな。
寝台の傍らに立ちつくすルースターの右手が、眠る男の頬へとのばされる。滑らかな頬の上におちる歪な影におもわず軽く握りこんだ手をひこうとすれば、いつのまにか掲げられていた手の指が、あざやかなすばやさで迷える男の手首に絡みついた。
「どうしたんだ、おれのことり……」
舌足らずの問いはあまく掠れ、息をとめたルースターの耳をやさしく嬲る。お前の危機感はどうしたんだ。ぽつぽつと難じる雄鶏の言葉にふわふわとほほえんで、休暇中の執行人はふたたびまぶたをとじた。しってた、お前がここにいること。夢にみてた。それともこれも夢か? かわいい、俺の、ことり。
ねぼけてんだろ、ばか。唇の先だけでつぶやくと鼻の奥がツンと痛んだ。掴まれた手首はびくともしない。
泣くな、ディー、愛してる。忌々しい男はそうささやくと、スプリングの上に雄鶏をひっぱりおろして抱きとめた。
せっかく来てくれたのに悪いが、俺はもう少し寝る。いいだろ? 起きたらブルーベリーのパンケーキを焼いてやる。最高のロコ・シロップを買ったからびしゃびしゃにして食おうぜ。それと、昨日ヘヴィクリームを買ったから、それもつけようぜ。コーヒーもいれるし、ジュースも搾ろうぜ。俺のだいじなだいじなことり。
「おまえ、もう黙れば」
みじかい言葉に頷いて、男は眠りの翼へと抱かれていく。そのあたまを抱きしめて、ルースターはひそかに泣いた。男は嫌味で優秀なアヴィエイターだ。秀でていることを隠さないし、その唇からは人をくったような言葉しか飛び出さない。それでも、地の奥に眠る貴石のように澄んだ瞳が自分をみとめて細められるとき、ルースターの胸はおそろしいほどに高鳴り、締め付けられる。男の瞳にうつる自分が、美しくもなく、素直でもないことが恨めしい。おまえなんかきらいだよ、ハングマン。絞り出したことばは真実ではなかったが、かすかに濡れた声は広くない部屋の中でおもいのほか響いた。あやすような男の腕が探るように背に伸ばされ、悲しむ男をなぐさめる。東の空が明るむまで、ふたりはしずかにだきあっていた。