海辺の散策、という暇潰しの散歩の途中、立香は桟橋を見つけて休憩がてら寄ってみることにした。
木製のそれはぎいぎいと軋む音こそするが、しっかりと役目を果たしている。端まで来ると、しゃがみこんで海の中を覗き込む。透明度の高い水の中には様々な魚たちが泳いでいて、ここに糸を垂らしたら釣れるのだろうかと考える。
立香に釣りの経験はない。昔の友人や英霊達が楽しそうに語ることはあったが、やったことのないものの楽しさはあまり分からず、適当に相槌を打っていた。
やってみたら分かるのだろうか。
むくむくとそんな気持ちが湧いてくる。
「釣りかー……道具って借りられるのかな?」
「はい、ありますよ!」
「うわぁっ!」
海の家にいけばあるだろうかなんて考えていたところに突然返事が聞こえ、慌てて振り向こうとしてバランスを崩す。
「おっと危ない、気をつけてくださいね」
桟橋から落ちる方向に転びかけた立香の腕を取ったのは太公望だった。返事にあった通り手には釣竿を持っている。
先ほどの返事は太公望だったのかと思いながら、礼を言うといえいえ、当然のことですとしっかりキメ顔を決めてきた。
「ところで、マスターも釣りに興味が?でしたらこの通り竿もありますし、ここはいい場所です。ご一緒にいかがでしょう?」
立香は差し出される釣竿と太公望を交互にみて、時間もあるし一度くらいはやってみようかと受けとることにする。
竿に手を掛けると太公望はパアッと嬉しそうな笑顔になった。
そんなに嬉しいことなのかと立香が驚いていると、太公望は感情が態度に出過ぎていたことに気付いて恥ずかしそうに頬を染める。
「は、ははは!いえ、ほら、好きな方と一緒に好きなことが出来るというのは嬉しいもので!」
「そりゃそうだ、ね?」
太公望の言葉に引っ掛かりを覚えて考え込む様子を見せる立香に、太公望自身が先に気付いた。
「ですよね!そうです、ですのではいこちらをどうぞ!使い方は分かりますか!?」
考えさせるまいと勢いで押しきるべく、となりに座って釣竿を持たせてあれこれ教え始める。
立香が考えるのをやめて釣竿を触りだしたことにホッと息をつく。
口が滑ったけれどまだ言うには早いことだと、太公望は針を手に刺しそうな様子に慌てて止めに入った。