MDC伝説メゾンドカール。
最近熟年女性の転入が急増しているこのマンションで奇妙な噂が立っていた。
低層階の住民でさえ便利に利用しているエレベーターを
それなりの高層に住んでいながら使っていない人が居ると。
それも複数。
どうやら同じファミリーであるらしい。
「子どもの身体を鍛えるためなのかしらね?」
「でもご夫婦も使っていないらしいわよ」
同じエレベーターに乗り合わせた『私』は
これが例の噂か~
凄い人が居るもんだなと、ぼ~と聞き耳を立てていた。
噂は更に具体的になっていく。
「それで、何階の方なの?」
「確か…9階?」
「ぶほっ!!」
え?マジ!!!???きゅーかい!?
いやいや変な声を出してしまった。
上手い言い訳をしないと円滑なご近所付き合いに差し障りが…;;;
幸いなことに、お二人とも同じ気持ちだったらしく
誰でもびっくりするわよね、私も聞いた時は叫んじゃったわよと
にこやかに明かしてくれた。
「変な住民」認定を回避出来て安堵の息を吐く。
それにしても、9階にそんな元気な家族って居たかなぁ?
ファミリーで思い浮かぶのはヒュンケルさんのご一家だけど、
奥さん身重だし、時折ベビーカーを使ってるし。
それから数日後、マンションの入り口でマァムさんと遭遇した。
「「「「こんにちは!」」」」
お子さん達も総出でお買い物の帰りらしい。
買い物袋を両手に下げたパパ似のお兄ちゃんズの頼もしさよ!
お姉ちゃんと手を繋いだ五歳児くんは恥ずかしげにママの後ろから覗いてる。可愛い。
この人数と荷物だから二組に分かれて乗らないと無理だなと、
エレベーターホールまで奥さんと会話をしながら歩き、矢印のボタンを押す。
一歳児ちゃんを乗せていたベビーカーを畳んだマァムさんは、お姉ちゃんにそれを渡すと
彼女の髪の色に似た薄桃色のエルゴを手提げから取り出した。
「鎧化(アムド)」
え?あむ……何て?
気づけばおんぶバージョン装着完了してる。す、素早い!!!
いやでも後は部屋に戻るだけなんだし何で今、装着???
少々混乱気味の『私』に太陽のような笑顔を向けたマァムさんは
「ではまた。失礼します」と軽く頭を下げ、五歳児ちゃんと手を繋いで軽やかに階段を昇って行った。
他のお子さん達も一緒に。ごく自然に。
「噂」は本当だった。
階段を見上げる『私』の後ろで、乗る人が居ないエレベーターの扉が閉まる音がした。