【主が酔い潰れた前編】長谷部視点「一期君は本当に王子様みたいだね一」
「そうかな?」
廊下から、主と一期の話し声がして、気持ちを逸らせる。
二人を見つけたところ。
「…ッ!主!貴様…」
──主は、一期に抱き抱えられていて、頭に血が昇る。
長谷部の激昂を、一期はすぐに察したようで、
「待て。無理矢理抱いたわけじゃない。眠たそうだったから連れてこようとしたら歩けなかったから」
「抱い…っ」
「言葉のあやで引っ掛からないでくれないか?」
「そんなに主に飲ませること自体が……」
「それはそうだな。私もそう思って連れ出したんだが」
一期が主を手渡さないので、斬ってやりたくなった。
「うーん、見つかって良くなかったな」
「何だと?」
「近侍の君を呼ぼうとしたら嫌がったから」
「そんな…どうして」
「………」
一期が目を細めて冷ややかに、
「君が不遜一一と言うか、忠誠心の足りない長谷部だからでは?」
「何だと?」
「ずっと君の愚痴を言っていたよ?他の長谷部と違うと。私たちからすると、同じに見えるが…ね」
主の身柄を受け取って、支えながら立たせようとしてみた。
「主、御自身で…俺が支えて歩かせますから。歯磨きだって…」
「やだよお、眠い……」
「分かりました。失礼致します」
一期の様に抱上げて、部屋に運ぶことにする。
(……主)
起きたら注意しないと。こんなに酔っ払ってしまって。
「長谷部?」
「は、」
「何で言うこといつもヒドイの……」
「……申し訳ありません」
「もう。近侍変えるからね…」
「一一一」
……そんなことを言うなら、このまま隠してしまおうか。
夜中なので既に敷かれていた布団にそっと下ろした。
「主。ではお訊きしますが」
主の顔を見下ろして、
「俺が言うなりになればご満足いただけますか?俺が身も世もなくお慕い申し上げていると言えばお喜びですか?貴方の為なら、俺は何でもすると始めに言いましたよね?」
貴方が望んだことなのに。
一一主君を愛するのは刀の定め。
でも主がそれに返礼する義務などない。
───────────
主は俺を手に入れてすぐ近侍にして下さった。
「長谷部君?長谷部さん?来てくれて嬉しいなー、これから宜しくね」
「どうぞ長谷部と呼び捨てで」
「長谷部。他の本丸のあなた見て、絶対近侍になってもらおうと思ってたんだー」
「これ以上ない程の身に余る光栄です。必ずやご満足頂けるよう精進致します故……」
「うん!」
「どうか俺をずっとお手許に」
「………」
「主…?」
「あ、もちろんずっと一緒に居ようね」
───────────
「何故…お知らせ下さらなかったので?貴方の為ならこの長谷部、」
「あー…ありがとう?」
「主、礼など必要ありません。俺がしたくてしていることです。俺は貴方の為なら命など惜しくは、」
「…うん。ありがと長谷部」
「主……」
礼を言う主がもどかしかった。
礼が嬉しくないわけではなく。
長谷部の献身を御礼の対象ではなく、当然のこととして、空気のように受け取って欲しかった。
あまりにも他人行儀で。
「主。全ては貴方の為、」
「やめてよ!」
「一一…申し訳、ありません」
「あ、」
主はハッとして焦り、
「長谷部ゴメン!私こそ、そういうの慣れてなくて」
「そういうの…?」
「えーと、命掛けるとかアナタが居なきゃとか、ちょっと、ね。刀だから、どの主に対しても同じなのは頭では分かってるんだけど」
主は困ったように笑顔になって、
「なんか、依存みたいなの、ちょっと重いな一って。ストーカーみたいに思っちゃって……」
「すとうかぁ?」
「ゴメン、分かんないよね。いいんだ、長谷部には関係ないし」
「主のことで俺に関係無いことなどありません。何でも、」
「長谷部に関係ないというか、刀達には関係ないことかな」
また壁を作られた。
主が言った言葉の意味が掴めなくても、主の望みは分かる。
目線の動き。眉の寄せられ方。鼻で溜め息を吐く癖。どんな言葉なら、その唇を微かに噛み締め、もしくは綻ばせるか。
どんな時に、その瞳が煌めくか、表情を喪うか。
すぐに、ではない。だが、理解した。
我が主は忠誠の吐露を厭うのだと。
「主。御構い無く、これは俺が片付け……」
片付けて置きますね。
と普段なら言うのだが、
【依存:】
(……刀が主に依存するのは当然なのだが、)
しかし、意を決して、
「…主。少々だらしなくありませんか?貴方は女性であられますし、一応は男の俺に片付けさせるのは、いささか問題では…」
「一一…」
「あ、いえ、やりますがね?主命ならば」
主はぱっと俺の方を見ると、そのまま見つめてきた。
(まずい……)
主に進言など僭越だった。
謝らないと。近侍を外されたくない…。
「主、」
「フフ」
主は俺の言葉の前に笑うと、御座なりではない笑顔になって、
「はーい」
……主はいつものように尽くすより喜んだ、と分かった。
長谷部の態度が冷静であればあるほど。主は安堵するようで。
つまり想いを露にすればするほど。慕っていればいるほど、ましてや俺が主を、一一一。
主。貴方の為なら何でも出来る。貴方が望む距離を取って、嫌々従う素振りをし、逆らって見せることも。
嗚呼、だが。
俺自身の意思など無くなるくらいに、貴方の意のままになれるなら、これ以上は無い天上の幸福なのに。
刀の至福があるとするなら、それが正しい形では?
【続】