『兄さん助けて!バンが大変なんだっ』
番号を知るのは片手の指で足りるほどのプライベート用端末に突然電話がかかってきたかと思えば普段連絡を寄越すことなどない弟が必死な様子でそんなことを言い出すのでメノウは心底驚いた。
それまでの作業を中断して、端末からの声を聞き逃さぬよう耳を傾ける。
「ヒスイ、落ち着いて。一体なにが、」
『目が覚めなくて…ずっと眠ったままなんだ…、熱があって、食事もとってなくて…』
それは大変だ。
過去に敵対したこともあるとはいえ、大事な弟を預けている相手だ。大人という立場もある、ああそうですかと見捨てることはできない。
「医者にはかかりましたか?薬は?」
『近くの病院でもらった薬を飲んでた。でも、それから少し休むって寝始めてからもう何時間も経つのに、もし、もしバンになにかあったら俺…っ』
「息苦しそうだったり、うなされたりはしているかい?」
『そういうのは、ない。熱もだいぶ下がってきたけど…でもずっと起きないんだ』
なるほど、ずっと眠って…。
『ねえ兄さん、俺、どうすれば…このままバンが目を覚まさなかったらどうしよう…』
「ヒスイ…」
電波越しでも、今とても悲痛な表情をしているのだろうと手に取るようにわかる。
それだけに、少しでも早く安心させてやりたい。
「多分バンは寝るのが一番の薬になるタイプの人なんだと思うよ」
『……寝る、のが?』
「そう。薬の効果もあるだろうけど、こちらが心配になるくらいずっと寝て、起きた時には復活してるような人なんでしょう」
『……ほんとに?』
「そうさ。だからもう少し様子を見てもいいんじゃないかな」
『…、わかった。…なんか変なことで連絡してごめん』
「ヒスイは病人の相手なんて慣れていないんだから、不安になるのは当然だよ。またなにかあったら頼ってきなさい」
『ありがとう。じゃあ、また』
プツ、ツーツー。
通話が切れたのを確認して端末を机に伏せ息をつくと、それまでこちらの作業を手伝うそぶりもなく窓の外を見ているばかりだった悪友が目元口元をむずむずと歪めて、それはそれは愉快そうに肩を組んできた。
「世間知らずの弟が独り立ちすると大変だなぁ、メノウお兄ちゃん」
「まあそもそもそうあれと育てたのはこっちなんですから、大人としての責任は果たします」
「ここは俺に任せて可愛い弟のとこに走っていってもいいんだぜ?心配だろ、お兄ちゃん」
特に『お兄ちゃん』の部分をわざわざ強調してきて、煽っているのが丸わかりだ。
「シンシャ、優しく見守るのもひとつの愛の形なんですよ」
「わ、やめろよお前そういうこと言うの! 見ろここ、鳥肌たった!」