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    sushiwoyokose

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    ガイゼンボーガ→→ジータ

    仄かな兆し あるいは萌芽初めて命を屠った日のことを、昨日のことのように覚えている。誰しもが意外と言うだろう。己自身、不可思議である。今や自ら死の溢れる戦を渇望しているというのに、そこに後悔など何もないように思えるのに。何故、あの不気味な畏れを未だ覚えているだろう。
    初めての戦場はそれはそれは酷いものだった。統率はもちろんろくな装備もない。歪んだ鎧を力づくに捻じ曲げながら着込み、刃こぼれした剣を頼りなく握る。どちらも無駄死にした誰かの使い回しだろう。勝ちに行く気持ちなど微塵も、足掻く気持ちだってもちろん。死への恐怖は積もりすぎてあまり感じず、あと三ヶ月もすれば美しい春の花畑が見れたのにとぼんやりした後悔が残るのみだった。
    律儀な開戦の合図はなかった。強いて言えば、偵察に行った味方の兵士がばん、ばん、と遠方から撃たれたその音と血飛沫が合図であった。雄叫びに悲鳴が混じって足音がやかましくなる。混乱に乗じて後退りすれば逃げられたかもしれない。しかし、誰もが前へ進んだ。後ろへ戻れば、春を待つ故郷がある。それを踏み躙られるくらいならば、足止めになろうと言う気概はもしかするとあったのかもしれない。吾輩に宿る微かな覚悟もそれだった。穏やかな故郷がせめて何か守られれば意味もある。だが覚悟という鎧は、貧相な装備の何より早く弾け飛んでしまった。立ちはだかる相手軍は皆足並みが揃っている。戦いに慣れた一振りの太刀筋が、洗練された一発の砲撃が、何か恐ろしい獣のように見えた。
    その時吾輩は、ふと過った「獣」の幻影をそのまま敵兵に被せることにしたのだ。人を切る勇気はなかったが、獣を追い払い、討つのは慣れている。襲いかかってくる兵を猪と思えば、驚くほど勝手に体が動いてくれた。勢いよく走る足元を払って転ばせ、鋼鉄に覆われた喉元を突く。中からうめき声が聞こえると頭が冷静になりかけたが、それでもこれは獣なのだと言い聞かせた。獣を相手取っていると己に幻覚をかけながら、しかし吾輩の剣は的確に相手の息の根を止めようとしている。鎧と鎧の隙間、わずかに開いた弱点を無意識に狙っていたのは才だったのか、それとも狂気だったのか。
    獣と思って押し倒したそれは、しばらくすると動かなくなった。艶やかな鎧の隙間からどす黒く濁った赤が溢れ出し、大地をじっとりと湿らせる。吾輩の手も同じ赤だった。ひどく乱れた己の呼吸を聴きながら汗を拭う。
    ――勝った。
    残ったのは興奮だけだ。改めて見下ろした鎧の亡骸は、ドラフに比べて随分小柄である。若いのだろうか。家族は、故郷は? 様々な疑念が渦巻いてすぐさま消えていく。勝って生き残った。その事実が、吾輩を小さく高揚させていたからだ。初めて知る己の凶悪な一面に驚く暇などもちろんない。味方を屠られたことに気づいた敵軍が、次々と襲いかかってくる。その雄叫びに怯む心は、もう残っていなかった。




    「見て! 綺麗でしょ!」
    ずいと差し出されたのは春の花束だった。美しい包装紙に囲われ、根本は煌びやかなリボンに縛られている。まさしく少女に似合う明るいブーケだ。それは15歳の彼女にぴったりであり、騎空団の団長には似つかわしくない。
    「ふむ、これはまたよく色づいたのを集めてある。戦利品にしては可愛らしいな、どの魔物が持っていたのだ」
    「これはねぇ〜、討伐した魔物の毛皮で編んだ作り物です!」
    「ワハハ、冗談にしては物騒だが吾輩は嫌いではない。しかし鮮度のいい、値も張っただろう。誰に強請って買ってもらった?」
    「オイゲン! アポロちゃんにお花あげたいっていうからルリアとご意見番でついていったら、お土産に一個ずつくれたんだ」
    「ああ、そういえば娘がいるのであったな」
    「ね、花ってどう飾ったら長く持つの?」
    「なぜ戦車に聞く」
    「ん〜。暇そうにしてたから?」
    「戦ならいつでも受けて立つぞ若人よ」
    「冗談よ冗談、ガイゼンボーガなら知ってるかなって」
    失礼極まりない理由に苦笑し、金髪を撫で回してやる。戦を恐れていた頃から随分時間が経ち、この手も赤ばかりを知ってしまった。目の前に立つ爛漫な少女とて同じこと。華奢な腕はいくつもの修羅場を潜り抜けてきた剣士のもので、滑らかな若い肌は決して無垢ではない。血濡れた手と、血濡れた手。それが美しい花を囲って呑気に雑談を交わすなど、なんとおかしなことだろうか。まったく人生というものは予測がつかない。不思議ばかりが膨らんでゆく。
    「水の中で茎を斜めに切るといい。よく水分を吸うようになる」
    「ほら、物知りなんだから」
    目一杯に背伸びをしてこちらを見上げる少女は、凪いだ優しい目をしていた。少しの過去を教えてから、この娘は時折吾輩に「農夫」としての知恵を強請りにくる。戦いを知らない過去を捨てるなとでも言うように、それを恥じるなとでも言うように。
    過去の己を呼び起こす時、もう少し抵抗があるかと思っていた。土を耕し、春の訪れを楽しみにしていた穏やかな男はもういない。苛烈で剛毅、戦の刺激だけが悦びとなった吾輩を、若い己はきっと軽蔑の目で見るだろう。だから、過去の己と今の己を同居させたままにすることはできなかったのである。ことさら優しさなど、封じておかねば戦車などとは振る舞えなくなるような気がして。
    「花瓶は持っているのか」
    「花瓶はないけど、酒飲みのみんなから集めた綺麗な瓶がいっぱいあるから。そのどれかに入れようかなって」
    空をゆく少女は自由だ。何にも囚われない奔放さは、強さと優しさを両立させている。穏やかに花を愛でる少女らしい一面も、年に似合わない剛毅な剣を振るう一面も。どちらもしっかり彼女であって、どちらが封じられることはない。それは彼女の強さが、優しさのためのものであるからだろう。なし崩しに戦いに巻き込まれ、戦に愉悦を覚えることで一種救いを求めた吾輩とは異なる種類の強さだった。
    同じになる必要はない。だが、憧れがある。それは敗北を喫したからでなく、彼女を打ち負かしたいとおもうからでもなく。その強さを、星の如く美しいと思うからだ。勝ちのためにただ戦うのもよし。過去は否定しまい。しかしそのさらに向こうの昔をも否定しないために、柔らかな強さが欲しかった。生まれの故郷は守れぬものと決めつけてそのまま滅びてしまったが。今の吾輩であればあるいは、今の故郷は守れるだろうか。
    「団長」
    「なぁに?」
    「暇か?」
    「手合わせ?」
    「魅力的だが違う。この機会にいい花瓶でも仕入れたらどうだ。貴公もルリアもよく花を飾る、一つ持っておいて損はあるまい。補給地に泊まるのは今日で最後なのだろう? 今が好機だろう。買ってやる」
    「もしかして……、お買い物のお誘い?」
    「それ以外になにがある」
    「……! 行く! 待って、お花置いてくるから!」
    「こら、廊下は走るな! 団長たるもの規則を守らんか!」
    「団長権限!」
    「子供か貴様は! ……いやまて、子供か、そうか」
    軽やかに走り去る若人の背を眺めながら、一人腕を組んでため息をつく。団長の賑やかな声が、すれ違う皆と会話をしているのが聞こえてきた。何を言っているのかはわからないが、巨大な艇に響く声は須く明るい。花束に負けず劣らず咲き誇る、鮮やかな少女の笑顔が脳裏を過ぎる。血濡れてなおおかえりと笑んだあの顔は、故郷と並ぶなにか、だった。

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