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    TS准将のアスキラ♀
    胸と髪の話(最低だ)

    情念 アスキラ♀ TS准将 胸と髪のお話

    ヒルダさんの階級はパンフに会わせて少佐



    軍内規則ではなくプラント内労働基準法で決められたコンパスのメディカルチェックの日。
    プラントに帰還しているミレニアムの搭乗員たち全員がザフト基地内において検診を受けることが義務付けられている。

    即日中に結果がわかるので、ザフト基地内女性ロッカーでは食事制限から解放される安堵感を持つ者、「朝ごはん抜いたのに~」と結果が憂鬱な者たちが揃って検診着から軍服へと着替えている。

    そんな女性たちの中、トレードマークの鳶色の髪を靡かせたキラは、淡い喜びを浮かべながら検診着を脱いで、軍服へと着替えていく。
    「ヤマト隊長、結果がよかったんですか?」
    メディカルチェックは規定により就労時間内に行われる。
    ルナマリアがキラさんではなくヤマト隊長と呼びかけたのはそのためだ。
    「うん、わかっちゃった?体重が増えたんだ」
    えへへっとキラははにかんだ。
    部下に指摘される気恥ずかしさよりも、今のキラには純粋な喜びが勝っていた。
    「体重が増えて……えっ?」
    体重が増えて喜ぶ女性は世にも珍しい。しかし激務をこなすわりに痩せぎすなキラならば……もっと体重を増やせ、いつ倒れてもおかしくはないぞ、と周囲には口うるさく言われている、その周囲の一人はルナマリア本人である。
    キラ本人にも体重への自覚がようやく出てきた矢先の嬉しいニュースだった。
    「そう、これでアスランにもいい知らせを持って帰れるよ」
    「そこでアスランの名前が出るんですね……いえ、らしいというか当然というか」
    キラにもっと食べて寝て体重を増やすよう強く要望している者たちの筆頭だ。


    軍服を纏い、キラは腰のベルトをきゅっとしめる。
    ほくほくと音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべるキラの、体重が増えたという割には変化が見られない細いウェスト、腰。
    う~ん、でもな……ルナマリアは言うべきか悩みながらとっても気になってしまったので
    「ベルトの位置変わってないですよね」
    「うん、変わってないよ」
    なのに、体重が増えた?
    「隊長、失礼してもいいでしょうか」
    「ん、うん?」
    キラはよくわからないが了承した。昔からの癖だった。
    キラの真正面に立ったルナマリアの両手がキラのウェストをがっしりとホールドする。
    細い。ここに内臓がちゃんと詰まっているのかルナマリアは不安になった。
    女性の私の手でつかんでこの細さ、厚みがない……
    「ウェスト、キープしてませんか?」
    「え、そう?でも増えてるんだよ」
    「じゃあ、別のところが増え……いえすみません失言でした」
    「なにが?」
    お腹以外にも、太ももとか背中とか、肉のつきやすい箇所はあるが、着替えの途中でキラの体に大きな変化はなかった。運動をしないキラの四肢には薄く贅肉はついているがそれは元からだ。
    ルナマリアが思い当たる箇所は一つだけある。
    キラの腰から手を離して、視線を腰から上へ。厚みのない体なのに、そこだけ豊かに盛り上がっている。
    着替え終えたキラが、ロッカーから荷物を取り出すために、一度屈んだ。荷物を手にして再び背筋を伸ばした。
    その動作で、白い軍服の奥、それは夢のようにたゆんたゆんと揺れている。
    「たぶん、胸が大きくなったんですよ」
    その一言に淡いながらも喜んでいたキラの顔は一瞬で蒼褪めてしまった。
    「えっ……また?」
    この世に体重が増えて喜び、胸が大きくなってがっかりする女性はこの人だけだろう。
    ルナマリアの目の前で、キラの表情はどんどん急降下していく。
    「うそ、じゃないよね」
    「はい……」
    悲しげに顔を曇らせたキラは自分の胸に手を当てる。
    むにゅんと柔らかい感触と共に指が沈み込んでいく。女性の手にはあまるほどの大きさだ。
    「…………」
    「制服とか下着、窮屈だったんじゃないですか?」
    「うん……」
    気づかないふりをしていました、キラは心のうちを告白した。
    目を逸らして気づかないでいれば、ないのと同じ……にはならなかった。


    大きくなるなどキラは望んでいない。
    盛り上がった半球を憎たらしそうに見下ろしながら、頭の片隅でずっと考えていた計画を実行するときがきたのか。
    ルナマリア、あのさ
    「おっぱい小さくするのってどこでやればいいか知ってる?」
    「えっ」
    大きな声を出したルナマリアにロッカー中の女性たちの視線が向かう。
    室内は多くの女性たちの会話で溢れかえっていて、キラとルナマリアの話は目立たなかったが、さすがに叫ぶような声は大きく響いてしまった。




    「ここでなら大丈夫だと思います」
    「さっきはごめんね、変なこと聞いて」
    「いえ、私も大声を出してしまったので」
    さすがに就労時間内、ロッカーでいつまでもしゃべっているわけにもいかず、内容もプライベートなこと。
    キラとルナマリアはあれから互いに軍務へと戻り、休憩時間になって基地内のカフェテリアに来ていた。
    人気のない端の席に、珈琲やサンドイッチやサラダなど思い思いの昼食をもっていく。
    「それで、胸を小さくしたい、というのは……?」
    「そのまんまの意味だよ。これ以上大きくなるのはね」
    キラは憂鬱そうにため息をつきながら、珈琲へミルクを注いで混ぜている。
    真っ黒な液体が柔らかそうな色合いへ変化していく。
    ルナマリアは悩める上司へどう返せばいいか戸惑った。
    相談相手に適任なのは、ラミアス大佐がじゃないかな?彼女は地球にいるから、今は相談相手が私しかいないけど……
    ハーケン少佐だと「胸を小さくするだってもったいない!」って叫んで一刀両断しそうな勢いだ。
    今日もシフトが被っていたらキラとルナマリアはロッカーで胸を揉まれていた。
    「胸が大きいのが嫌なんですか?あ!誰かに何か言われたんですか、陰口とか噂話とか……せ、セクハラとか」
    「嫌っていうより、邪魔だから、かな。誰かに言われたことで自分の身体をどうにかしようとは思わないよ」
    「陰口でも聞いたのかと思って心配でしたが、安心しました。邪魔って言うのは……やっぱり下着の買い替えですか」
    それならルナマリアにも覚えはある。
    最近、ワンサイズ大きくなったのだ。数着分まとめての購入は大きな出費だった。
    それもあるけどさ、キラは笑っているような小さな苦笑を浮かべて。
    「抱き合うときに邪魔じゃない?」
    昼食時の喧噪から遠い端の席に、キラは刺激的な爆弾発言を落とした。
    「抱き合うときにね、邪魔なんだよ。クッションを間に挟んでるみたいで、アスランにぴったり抱きつけないの」
    嫌なんだよね。ごくんとキラの喉が小さな昼食を飲み込んだ。一口サイズのサンドイッチだった。
    キラ・ヤマトとアスラン・ザラが恋人同士なのはC.E,世界を生きる初等学校4年生以上なら誰もが知っている必修事項。とはいえキラの一言はルナマリアをたやすくキャパオーバーにしてフリーズさせた。
    気づかないキラは己の相談を続けていく。
    「ルナマリアはそういうのない?シンと抱き合うときにさ」
    ルナマリアも胸が大きい方である。その自負はある。
    しかしシンとはまだ洋服越しのハグまでだった。
    それでも、クッションを挟んでいるような距離を感じることはない。
    「いえ、私はそういうのは……」
    「いいな、羨ましい。腕をね、背中にまわすとさ。僕の腕だとアスランの背中まで回らないんだ。アスランは腕が長いから僕のこと抱きしめてくれるんだけど」
    キラは両手を持ち上げて、空中で誰かと抱き合うような仕草をしてみせる。
    だいたいこのくらい、と言ったキラの両手の間はかなり空いている。
    「カガリともハグするとさ、吹っ飛ぶんだよね。互いに」
    「代表もご立派ですもんね」
    ルナマリアの記憶の中でも、久しぶりのオーブへのミレニアム寄港時の光景が蘇る。

    顔を出したカガリがキラに向かって小走りにかけてきて、そのまま感動の再会!いわんばかりに勢いよく正面から抱き着いて
    「わっ!」
    「くっ……!」
    漫画みたいな擬音をあげて、2人の体は反発しあった。ぽーんと、磁石の同極同士がくっついたときみたいに。
    胸同士が真っ先に接触し、その柔らかさと弾むような弾力が互いにぶつかりあった。
    キラもカガリも数歩よろけて後退して、え……?何が起こったかわからない顔で互いを見つめあっていた。


    「それにね、膝枕をしてもアスランの顔が見えないんだよ。何のための膝枕なの……!」
    キラはよほど鬱憤が溜まっていたのか、気持ちが高ぶった様子で食事の手を止めて熱弁していく。
    「まったく見えないんですか?」
    「うん、見えない。自分の胸しか見えない」
    「それは嫌ですね」
    せっかく彼氏が自分の膝の上で安らいでくれているのに、できればその寝顔を普段は叶わないアングルから堪能したいのが恋人を持つ女性の願い。
    それが自分の大きな双丘しか見えないなんて……
    「顔が見たくて前かがみになったら、胸がアスランの顔に乗っちゃうから結局見えないし」
    それは逆に幸せなのでは?ルナマリアは冷静なツッコミを心にとどめた。
    想像しただけでわかる。アスランには天国だろう、きっと。
    キラは憂鬱そうなため息をつきながら、最近では最終手段を使っていることを告げた。
    「手鏡で覗くしかないんだよね」
    わりと隊長も手段を選ばないな……まぁ氷のような美男子が自分の膝の上で無防備な顔をしているなら絶対にみたいわよね。
    だからね、キラは決意をにじませた声で。
    「まだ大きくなるようならさ、もういっそ小さくしたいんだよ」
    理由を聞けば納得……できなくもない。
    ルナマリアの率直な感想は「もったいないです~!」なのだが。
    理由が可愛いと思う。共感もできる。
    きっと素直に伝えても、また惚気話のような理由を並べられるだけだ。
    「でも、アスランに相談した方がいいですよ」
    「僕の体のことなのに?」
    「よく考えてください。今のところはアスランが、一番……お世話になっているでしょう」
    「……そうだね、アスランが一番……だしね」





    プラントでの数日間の休暇中、アスランから送られてきたのはホテルの名前と地図。
    時間の約束はしていなくてもホテルについたキラの背後から聞きなれた声で名前を呼ばれた。
    アスランがふらっと現れるのはいつものことなので、もうキラは気にしない。
    会えないのは寂しいが急に会えるのは嬉しい。
    ……ただし心は常在戦場。キラは常に勝負下着を身につけなくてはいけない。
    アスランがターミナルへ出向して間もない頃、めんどくさがり屋のキラがよりにもよって上下バラバラの下着のときに、サプライズアスランされたときの顔から火が出る恥ずかしさときたら。


    部屋について、しばらくゆっくり過ごしていくうちにアスランといい雰囲気になりそうだったので、キラは言い忘れないうちにと大事な相談を思い出した。
    「あのね、アスラン、僕さ。おっぱいを小さくしたいと思ってるんだ」
    「はっ?」
    アスランは口をぽかんと開けて呆けた顔でフリーズしてしまった。鞄や書類を持っていればバサバサドサー!と音を立てて落としていた。そんなコミカルな演出がぴったりな顔だ。
    「小さくしたいんだよ、おっぱいをさ……」
    「えっ……なんで」
    アスランはこの世の終わりに遭遇した敬虔な教徒のように絶望した顔と声をだした。
    ふらふらさ迷うように歩いてきて、ベッドに座るキラの肩をがっしりと掴んだ。
    「何があった、誰かに言われたのか?」
    ルナマリアと同じこと言ってくるんだな。
    アスランに揺さぶられながらキラはどこ吹く風のような面持ちでいる。
    自分の身体や胸が男性の視線を集めるのはもう昔からである。キラもそこは割り切っている。アスラン以外の男は眼中にないので。
    触れてこないならいいや、と放置している。教えるとめんどくさいことになるから言わないが。
    「ううん、違うよ。邪魔だからだよ」
    「…………邪魔?胸が?どうして?」
    「うーん……話せば長いんだけど」
    キラはアスランの手から逃れると、そのままベッドの上へとあがり、横たわる
    ぽんぽんと隣のスペースを叩くので、アスランは手招きに従いキラの隣にきた。
    アスランが動く前に、キラは猫のようにしなやかな動きでアスランの腕の中へと潜り込んで、彼へと抱き着いた。少しの隙間も許さないように、体を密着させる。
    キラの豊かな胸もむぎゅっと潰れるが、クッションのように2人の間に挟まっているせいで、密着感が足りない。
    「キラ……」
    「ね、わかるでしょ、胸が邪魔でしょ?」
    「そ、そうか……?」
    「そうだよ!ほら!」
    キラはさらに強く体を寄せる。アスランの背中に手を回すけど、後ろまでまわりきらない。
    「ちっとも密着できない!」
    「いや、かなりしてる……すごい感触だ」
    「どこか?ここも、ここも隙間がある」
    「それは仕方ないだろ」
    「なくないよ。僕はもっと、しっかりとぴったりと抱きあいたいのっ」
    毬のような乳房の上下に隙間ができている。キラはアスランの胸板に頬をよせ、全身ですりよりたいのだと訴えた。
    子供の頃からの夢の一つであったのに、自身の女性的な成長のせいで阻まれるなどまさに夢にも思わなかった。
    「せっかく体重も増えたのに、ウェストだって変わってなかった」
    「どれどれ……いや変わってないわけじゃない」
    アスランの手がキラのウェストを掴んだ。ルナマリアとは違う大人の男の手はすっぽりとホールドしていている。
    「ほんと!?」
    「うん、細くなってる」
    「え、背中とか太ももは?」
    「増えてない、そこはキープしてある」
    「もうやだ!」
    アスランがサイズをミリ単位で把握していることよりも、体重が増えているのにウェストは減り、胸以外どこも増えてない事実に心を打ちのめされる。
    「膝枕のときさ、僕の顔って見えてる?」
    「あぁ、いや、うん……」
    アスランはものすごく言葉に迷った様子で「見えん」と答えた。
    キラはそのあとも「ブラウスとか、ボタンでとめる服は怖くて着られない」「また下着も買いなおしだよ、全部捨てなきゃ」と大きな胸がいかに邪魔であるかをアスランに説明した。



    アスランは葛藤した。
    彼は眉間に凄まじいほどの皺を刻み込んで、ベッドから起き上がり、有名な彫刻と同じポーズでひたすら思考に没頭する。
    キラが「おーい、アスラン」「ねぇ、アスランってば聞いてる?」顔の前で手を振っても何の返事も反応もない。
    せっかくの2人きりの蜜時なのに、つまんないと頬を膨らませる彼女に気づかないまま、男は苦渋の決断を強いられている。

    正直に言うと嫌である。やめてほしい。現代の美容外科手術は体にメスをいれたり縫ったりしない。それでも綺麗な肌と胸を傷つけないで欲しい。
    しかし理由が理由だ。
    可愛すぎる。自分とみっちり隙間なく抱き合いたいから大きなおっぱいが邪魔だなんて。
    健気だ、愛らしい。
    触れあった時の柔らかさと圧倒的な質感は大好きであるが、キラに寂しい思いをさせていたとは気づかなかった。
    確かにアスランの背に回されるキラの手はいつも後ろまで完全に回っていない。
    膝枕をしてもらっても、本当に胸しか見えない。立派なメロン峠と室内ならば天井、屋外ならば青空しか見えない。空も半分くらいしか見えない。
    キラが前かがみになると、顔面に柔らかく大きな乳房が乗っかってくるのはこの上ない幸福である。しかしキラの顔はどうやっても見えない。
    彼女がどんな表情で、瞳で、己の頭を膝に乗せているのか。
    そのうえ、ぴったりと隙間なく触れ合いたいときた。
    アスランの中では世界が6回ほど滅んで、7回目の天地創造を迎えた。
    『ブラウスとか、ボタンでとめる服は怖くて着られない』
    『また下着も買いなおしだよ、全部捨てなきゃ』
    洋服などの不自由があることも男であるアスランは言われるまで気づかなかった。
    なにより、キラの体である。
    決定権はキラにある。アスランがすべきはその選択を尊重することではないか?
    腸がねじ切れそうなほど痛いけれど……
    誰かに心ない言葉を言われたわけでもない。男たちの視線や噂話に嫌な気持ちになっているでもない。
    アスランのためでもない、キラがキラ自身の願いのためにそれを望むのなら……
    好きな洋服を着たいのなら、
    「好きに……しなさい……っ」
    「アスラン、涙が真っ赤だよ、大丈夫?」





    アスランが嫌そうにしているのが丸わかりなので、小さくはしないよ。




    髪の話

    毛先までね、心を籠めたんだよ
    だから触っちゃだめだよ




    キラが髪を伸ばしたいと思ったのは幼年学校の高学年にあがった頃だった。
    父と母に言われるがまま、男のふりをしていたキラは、あの時まで髪を伸ばしたいと思ったことは一度もなかった。


    ステージの舞台裏、舞台に立つ生徒や裏方役の生徒も関係なくパタパタと走り回っている。
    幼年学校の行事の一つ、脚本、演出、音響のすべてを生徒が担うイベントだ。
    キラは演出のプログラミング担当の裏方で、アスランは裏方志望だったがクラスの女の子たち全員に推薦されて、役者の一人になった。
    主役は女の子たちの演じる季節の妖精たち、そのうちの一人、春の妖精が恋する公達がアスランの役だ。
    桜並木を悠然と歩む若き公達に恋をした春の妖精に夏や秋の妖精たちが協力して恋を叶える。有名な昔話の一つ。

    芝居の幕があがってすぐ、春の妖精が公達に出会い心を奪われ恋に落ちるシーンを終えたアスランは袖の長い桜色の衣装姿で舞台裏に引っ込んできた。
    アスランの次の出番は最後、春の妖精が変身した娘と出会い恋に落ちるラストシーンだ。それまでは待機だ。
    アスランは忙しない様子の舞台裏を見回して、黒いシャツ姿のキラを見つけて近くに寄った。
    「お疲れさま」
    「まだ出番はある」
    「うん、でもカッコよかったよ。春の妖精が恋しちゃうのも当たり前って感じだった」
    「そうか?ただ歩いただけだぞ」
    演出機械のプログラミング担当のキラは既に己の仕事を終えているが、生徒の自主性にまかせているせいでどこも人手は足りない。今も機材トラブルに待機している。
    「俺も裏方がよかった」
    「無理だよ。あの時のクラス中の圧力、忘れたの?」
    「忘れられないよ」
    はぁ~と麗しい公達の姿をしたアスランはため息をつく。
    舞台に立って演技して人目を集めるのは苦手だ。キラと同じく裏方で機械を弄っていたかった。
    キラとアスランがおしゃべりしていても舞台は進んでいく。
    2人の横を春の妖精役の女の子が慌てて駆けていく。
    そのときだった。
    女の子の髪をまとめているバレッタがぽろっと転がるように落ちる。
    アスランはそれが地面に落ちる前に手を伸ばして受け止めていた。
    少女の細くてサラサラの髪がこぼれおちる。ふわっと広がって、すとんっと綺麗に背中に垂れていく。
    「ねぇ、落ちたよ!」
    「え、嘘!やだ……」
    ピンク色のクリスタルがいくつもついている桜のモチーフにしたバレッタは銀色の留め具が緩んでいた。
    クラスメイトの少女が泣きそうな顔になる。
    今は夏の妖精出番だが、主役である彼女の出番はまだまだたくさんある。
    大きな目が涙を潤ませていく。
    「大丈夫、これくらいならすぐに直るよ。キラ、道具かしてくれ」
    「…………………」
    「キラ?」
    返事がない友人の顔を見上げる。
    成長期が先にきたらしいキラは、なんとアスランより身長が勝っている!いつか抜かしてやるとおもっているキラの顔を下から覗き込むと、キラは目をまるくしてぼんやりしていた。
    「おい、キラ!」
    「えっ、あ、ごめん。なんだっけ」
    「これ直すから、メンテ用の道具貸してくれ」
    「あ、うん、はい」
    我に返ったキラは足元に会った機材調整用の道具をアスランに手渡した。
    あっという間にバレッタを元通りにしたアスランは春の妖精役の少女に返そうとしたが
    「ねぇアスランくんがつけてくれない?」
    「え、俺が?」
    「うん、最初もね人につけてもらったんだ。ここ、髪おさえてるから、ここにつけてほしいの」
    少女は片膝をつくようにし姿勢を低くして、アスランにバレッタをつけるように催促する。
    身近に女の子のいないアスランは経験がなく、髪飾りをどうすればいいかわからなかったが、刻一刻と春の妖精の出番は近づいているので、躊躇する時間がなかった。
    「わかった。でもあとで女の子に直してもらってね」
    できるかぎり相手の髪の毛に触れないようにして、言われた場所にバレッタを止める。
    触れないように緊張するせいで指は震えたが、手先が器用なおかげで時間はかからなかった。
    「ありがとう!また最後のシーンでね!」
    春の少女は満面の笑みを浮かべて、表舞台へと進んでいった。
    トラブルを無事に回避できたアスランは肩の力を抜いた。


    その様を、キラはずっとアスランの横で見ていた。
    翳った菫の瞳でじ……と見ていた。


    バレッタが零れ落ちて、まっすぐな髪がはらはらとこぼれ落ちていくのは『同性』のキラからしても一瞬で心奪われる光景だった。
    アスランの碧色の目に、さらさらの髪が舞い落ちていく姿が焼きついているように見えて。
    キラは無意識に自分の髪を、肩よりも短く、男の子にしか見えない髪の毛先に指で触れた。


    キラはアスランよりも先に成長期を迎えた。
    肉体的にも精神的にも。
    それはキラが女の子で、男の子であるアスランより二次性徴が先に来るのは生物学的にも当然のことで。
    自分より少し背の低い幼馴染に向けられる少女たちの好意と策略を肌で感じるようになった。


    今も、そう。
    アスランは春の公達役、さきほどの少女は彼に恋して最後には結ばれる春の妖精役。
    クラスの女子の中でリーダー的な子で、少女達からも友情と信頼を得ている。
    アスランの相手役を務めているけど影口もなく受け入れられている。

    アスランにつけてとお願いしているバレッタ。
    彼女が一人でつけているところをキラは見ていた。
    できないふりをして、彼に髪を触れさせている。
    桜よりも濃い色に染まった少女の頬、表舞台へとかけていく彼女の満面の笑みの裏側にある感情。

    「綺麗だったね、髪……」
    「あぁ彼女、かなり長いよな」
    鈍いアスランは頓珍漢な答えを返してくれるけど、そのうち誰かへ向かって綺麗な髪だと微笑んで、細く長い髪をそっと手にするときがきてしまう。

    胸の内側がどす黒い何かで燃えているようだ。
    アスランより背が高くなってから、この感覚をよく味わうようになった。


    家に帰って、母親に「髪を伸ばしてみたい」と頼み込んだけれど、キラの母は涙を滲ませながらも許してくれることはなかった。

    アスランに本当の性別を、少女であることを告げることなくいつの間にかアスランがキラの背丈を追い越した頃、2人は月面都市で別れることになった。
    皮肉なことに、アスランが離れてからのキラは日ごとに女性らしく成長していった。
    胸もどんどん膨らんでいって、潰して平らにするには苦しくなり、髪の艶や肌のきめ細かさもどんどん増していく。
    とうとう男と偽ることは無理だと両親が判断し、キラはヘリオポリスへと越した時をきっかけに、ようやく生まれ落ちたときの性別で生きていくことができた。




    「ヤマト少尉」
    軍人らしい固い口調と厳しい声色に呼び止められてキラは振り向いた。
    ナタルさんだ。いや、ナタル中尉と呼ばないと。
    キラはもう軍に入隊届を受理されてしまった。立派な地球連合軍の一人になってしまった。
    「はい」
    「ヤマト少尉、君はもう民間人ではない。尉官の一人だ。以前は不本意だが民間の協力者だからと私も大目に見ていたがこれからはそうはいかない」
    この厳しい人が咎めないでいたことがあるのか?
    キラは菫の色の目をぱちぱちさせながらナタルの言葉を待った。
    「軍には服務指導が存在している。任務に専念させるために兵の勤務時間外の生活を管理するためのものだ。それでだ、君の髪の長さについて」
    常に穏やかなキラの瞳に冷たい光が宿ったことに、ナタルに気づいた様子はない。
    彼女は軍人として常に正しい行動を心掛けている。
    「長すぎる。特に少尉の場合はパイロット用の規定にもひっかかる。オーバーしている分をすみやかに切って――」
    「お断りします」
    キラは冷ややかにナタルの言葉を遮った。
    即座にナタルの眉が吊り上がるが、キラは一歩も引かず、普段は出すことのない強い口調でキラは己の意志をはっきり告げる。
    「お断りします。髪は切りません、切りたくありません」
    「それは、服務指導に従わないというのか?」
    対峙するように向き合う2人の間の空気はピリピリと張りつめている。
    他者とのもめ事は回避する傾向のあるキラだが、こと髪についてなら譲れない。
    「僕は乗りたくないのに兵器に乗って戦っています。そのうえ、大事に伸ばしてきた髪を切れとおっしゃるのですか」
    自分でも驚くくらい冷たくて鋭い声がでている。
    キラが頷くと思っていたのか、予想外の反抗にナタルは驚いているようだ。
    「服務規定は組織全体の秩序のためにある。少尉個人のために破っていいものではない」
    「それでも僕は切りません」
    お互いに一歩も引かない状況だった。
    キラは冷ややかにナタルを見つめて、ナタルも厳しい目つきでキラを睨んだ。
    アークエンジェル内の廊下で、殺伐とした空気を出していたからか。
    誰かが呼んできたか、あるいは偶然通りかかったか。前者の可能性が高い。
    艦においてナタルをどうにかできる者。
    マリューとムウの2人がナタルの後方から現れた。


    「おいおい、2人ともそれくらいにしておけ。寒気が向こうの部屋まで伝わってきたぞ」
    「ナタル、どうしたの、報告して頂戴」
    己より階級が上の存在に、徹頭徹尾軍人であるナタルは従い、事のあらましを説明した。
    キラは合流したこの2人がどちらの味方かわからないので、気を緩めなかった。
    マリューはナタルの話に頷くとキラに向き合い、柔らかな笑みを浮かべた
    「ナタルには私が話しておきます。行っていいわよ、キラちゃん」
    「ありがとうございます」
    「艦長!」
    キラは3人に頭を下げると、身を翻して自室へと帰っていく。
    キラが歩を進めるたびに、長い髪がゆらゆれ揺れていく。


    「もったいないだろ、あんなに綺麗なのに」
    「フラガ少佐、それはセクハラに該当します」
    「おい、どっちの味方なんだ」
    先ほどまで規定違反にうるさかったナタルからの冷たい言葉にムウはおどけてみせる。
    「女のパイロットもあれほど長いのはいないぜ。ヘルメットにしまうのも一苦労だろ」
    「挟んだり、機械に巻き込まれたら一大事だから、そういうのを防ぐためにも規定はあるのだけど……こだわりがあるみたいね」
    ナタルに迫られても頑として首を縦に振らなかった。
    ナタルのことをまっすぐに見据えて、けっして目を晒さず、きっぱりとした口調で断り続けた。
    「けれど艦長!服務規程もまた我々が守らねばならないものです」
    「えぇ、でもナタル。あれほどこだわっているのよ?理由があるのよ。本来なら軍に入るつもりもなかった子だから、髪の長さは大目にみてあげましょう」
    「艦長のあなたがそうおっしゃるなら……」
    ナタルはそういうが、認められない!という表情をくっきり浮かんでいる。

    マリューとムウはこのあともキラと長い付き合いになっていく。
    キラの髪は腰くらいに伸びていく。
    仲睦まじく寄り添う男の腕や体に、まるで髪自体に意志が宿るように絡みついていくのを見て、2人は互いに目を合わせてあの時のキラの頑なな態度の謎が解けた。



    ミレニアムのレクリエーションルーム。
    珍しく姿を現したキラは白い制服ではなく、運動後なのかアンダーウェア姿だった。
    「ヤマト隊長!珍しいじゃないか!」
    キラがここに来ることは滅多にない。しかも制服姿じゃないときた!
    いつも制服に隠されている、男たちがみる夢の如くたゆんたゆんと揺れているものが、いまは下着とシャツ1枚にしか隠されていない。
    逃すわけもなく、慣性を利用したヒルダはキラに抱き着いた。
    受け流しきれないキラは後ろへと漂う。無重力空間なのだ。
    「やや、ご立派なもので」
    「ハーケン少佐、セクハラはダメですよ!」
    同席していたルナマリアが顔を赤くして制止する。
    キラは特に気にした様子も、いやがる素振りもないまま身を任せていた。
    ヒルダの手は釣り鐘型の見事なふくらみを下から持ち上げた。
    手から零れ落ちるほどの大きさで、完璧な半球状のそれはふるふると揺れている。
    胸を揉む手にキラの長い髪がかかる。無重力の空間のため、さらりとしたダークブランの髪は羽のように広がっていく。
    「ハーケン少佐、胸は構いません。でも髪はダメです」
    「あぁ、わかったよ」
    ヒルダはキラの声にパッと体を離した。
    「いや……そもそもこの格好できたのかい?」
    「えぇ。僕も少し体を動かしたくて……ウェストを太くしようと……」
    「初めて聞く言葉だね」
    「体重は増えてるのに、細くなるんです」
    レクリエーションルームに男性の姿がないからか、キラはシャツの裾をめくってお腹をあらわにした。
    「うーん、どこが増えてるんだかさっぱりわからないね」
    わざとらしくおどけてヒルダが言う。
    しかしふざけていた顔が急に真面目なものになり
    「隊長、私の上着を貸すから、ここから出るときは羽織っていきな」
    「え、でも……」
    「艦内の風紀と隊長のためだよ、聞いておくれ」
    「私も同意見です、ヤマト隊長」
    2人にそう言われればキラは頷くしかない。
    ヒルダの上着を羽織る。ファスナーは胸の真下でとめた。ここまでしかあがらない。
    ルナマリアは頬を染めてもじもじとしながら先ほど気になったことをキラに聞いた。
    「ところで……隊長っていつも下着があぁいう」
    「……気合いれてるのかい?」
    ヒルダも、めくれたシャツや薄いウェストより、ちらりと見えた下着のデザインに目を奪われた。
    夜に恋人に会う予定があるなら納得だが、ここは航空中の宇宙戦艦だ。
    清楚そうな雰囲気を纏うキラにしてはレース部分が多く、謎の切れ込みのある派手なものだった。
    2人ともコーディネイターなので動体視力がよく一瞬しか見えないそれを焼き付けていた。
    「僕は常在戦場なんだよ」
    と、キラは答えたが2人にはよくわからなかった。常に勝負下着でいる……?なぜ……?

    「ずっと気になってたんだが、一佐のためにのばしてるのかい?」
    オーブ軍に一佐は何名も在籍しているが、キラに聞くなら該当は一人しかいない。
    「違いますよ。僕が伸ばしたいからです」
    キラは微笑を口角に浮かべた。どこか影のあるほほえみだ。


    だって手足を絡めるだけじゃ満足できない。フラフラと、どこかに行きそうだから。




    アスランが目覚めると、キラはまだ腕の中で眠っていた。
    起こさないようにそっと離れようとして動きを止める。
    彼女の長いダークブラウンの髪がアスランの腕に体に巻きついていて身動きを封じている。
    縄で縛るように髪で縛られているようだ。
    どうやったらこの有様になるのか、アスランにはわからない。再会したころからキラは髪が長かった。だから一緒に寝た翌朝は、髪に巻きつかれて縛られているみたいになる。
    いつものことなので、アスランは腕に巻きついた細い髪を一本、一本外していく。
    キラの髪は柔らかいので迂闊に動くとちぎってしまいそうで怖い。
    手先が器用なアスランでも多少は時間がかかる。解いているうちにキラが目を覚ましてすり寄ってくるのも、そんなキラの目じりに唇で触れるのもいつものことだった。



    END
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