煩悩は尽きない。「寒ぃ~!!!」
「...流石に寒すぎだろ。」
あまりの寒さに莇と九門は二人して声をあげた。
夜の冷えきった風がビュウビュウと吹き付け、これでもかと服を着込んだはずの二人の体温を下げていく。
年末、莇達は二年参りをしに二人で住んでいるマンションから一番近い寺に来ていた。
寺は同じ目的の人々でごった返していて、年が明けるのを今か今かと待ちわびて空気がどこかそわそわとしている気がする。
いつもであればシンデレラタイムを過ぎているので莇は寝ている時間だが、今日は特別だ。
列に並び早々にお詣りを済ませて時間ができたのでボーン、ボーンと除夜の鐘が響く中、思い出話にでも花を咲かせてゆっくりと年明けを待とうと思っていたのだが正直それ所ではなかった。寒い。めっちゃ寒い。
首に巻いたマフラーに顔を深く埋め、ポケットに手を突っ込む。
ポケットに入れたカイロの熱では寒さを凌ぐには頼りなさすぎた。
莇が寒さに歯を小さくカチカチ言わせながら正面に目をやると暑がりであるあの九門ですら寒さに負けてガタガタと震えている。
初めての二年参りで、ぶっちゃけ夜中の寒さをなめていた。
このままでは年が明ける前に凍死しそうだ。
「あ、甘酒!甘酒配ってるって!!莇も飲むよね!?オレ貰ってくる!!」
「...頼んだ。ここで待ってるわ。」
あまりにも寒くてどうしようかと思いつつ、ゆるゆると並んで歩いていると少し先に行った所の屋台で甘酒を配っているのを九門が見つけた。
この寒さでの甘酒は渡りに船だ。飲まないという選択肢は無い。
丁度近くにベンチがあった為、甘酒は九門に託して莇は席を取って待つことにした。
「ソッコーで行ってくる!」
「あ、おい、戻る時転ぶなよ!」
九門は一刻も早く甘酒で暖を取りたいのか、莇の返事を聞くや否や光の速さで屋台に向かっていった。
戻る時に転んで甘酒を溢しかねない勢いだ。莇は小さくなっていく九門の背に慌てて声をかけたが聞こえているかは定かではない。
どうもガキ臭さが抜けないのは成人しても相変わらずだ。
莇がベンチに座って寒さに耐えながら九門を待つ間もボーン、ボーンと除夜の鐘が響く。
今年ももう終わりが近付いている。
九門と共に過ごしたこの一年、何だかんだ言って自分はとても幸せだった。
九門はどうだろうか。
特別な事は無くてもいい。
来年もまた九門と美味い物を食べて、たまにケンカしても仲直りして、色んな所に一緒に行って楽しく過ごせたらいい。
(...俺、煩悩だらけじゃねーか。)
除夜の鐘は煩悩を払うというけれど、莇の煩悩は全く払われていないようだった。
「莇~!甘酒貰ってきた!」
そう考えた所で、屋台で無事に甘酒を受け取ったらしい九門がこちらへ向かって走って来るのが見えた。声が大きいからか何を言っているのか遠くからでも分かる。
「おい、危ねーから走んな!」
「え、何ー?聞こえない!...ってうおっと!」
「九門!!」
莇の制止の声は先程も今も届いていなかったようだ。九門はスピードを緩める事無くこちらへ駆け寄り、ベンチの目の前に差し掛かった所で足を縺れさせた。言わんこっちゃない。
「...セーフ。」
「ビックリした...。ありがと、莇...。」
「これに懲りたら危ねーからもう走んな。」
「...はーい。」
今回は間一髪莇が九門の肩を抑えて支えた事で転ばずに済んだが、また転ばれたらたまったものではない。釘を刺した莇に少し納得していないのか九門は間を空けて苦笑いしながら答えた。
「今年ももう終わるなー。」
「あぁ。そうだな。」
不幸中の幸いか溢れることなく無事だった甘酒を九門から受け取り、暖を取りながら話す。
甘酒が入ったカップは暖かく、ほこほこと白い湯気が寒さでガチガチに固まった二人の身体を解していった。
まだまだ寒いがこれがあるとないとでは大違いだ。
「あちっ!うー、べろ火傷した。」
「ふっ、慌てて飲むからだろ。」
「莇はふーふーしすぎ!あ、猫舌だから飲めないんだろ!」
「ちげーし。」
そんな風に甘酒を飲みながらわいわいと話していれば時間はあっという間に過ぎる。
もうすぐ年越しだ。
「...除夜の鐘ってさ煩悩を払うんだってね。」
ボーン、ボーンと除夜の鐘が響く中、九門がポツリと言った。
「...らしいな。」
「オレさ、莇と過ごしたこの一年、スッゴい楽しくて幸せでさ。
特別な事は無くてもいいから、来年もまた莇と美味い物を食べて、たまにケンカしても仲直りして、色んな所に一緒に行って楽しく過ごしてぇーなーって思って。」
「...。」
「オレ、全然煩悩払えてないや。」
そう言いながら九門は眉を下げてくしゃっと笑った。
莇はそんな九門を見て、胸がポカポカと暖かくなると同時に彼がとても愛しくなった。
「オレもさっき全く同じ事考えてた。」
「え、ホント!?」
「あぁ。来年も...。」
莇が言いかけた所でボーンと音がして108回目の鐘が鳴り響く。
『明けましておめでとう!』
皆が口々に呟いているのか周囲から年明けを祝う言葉が沢山聞こえてきた。
「...今年も、また来年も二人で幸せになろうな。」
莇はそう言いながら思いきって九門の手を取った。
煩悩は払っても一向に尽きそうにないが、莇の手を握り返す九門の手は溶けてしまいそうな程熱くて、先程までの寒さはもうどこかへ消えてしまったようだった。