優先順位念能力を発動する方が早いのか、それとも自身が盾になった方が早いのか。
狙われていると気づいたクラウンが、それを判断し、行動に移すのに数秒とかからなかった。
ごぽっ
腹部の裂傷のせいで、口から血がこぼれ落ちて小さな水溜りができた。
もし念を集中させていなかったら、今頃クラウンの体は横真っ二つになっていただろう。
「!クラウン」
「くじにふたり、」
崩れ落ちるように倒れかけたクラウンを支えたクロロが、ばっと言われた方向を見据える。
確かに強敵と言える存在が二つある。
決して気を抜いていた訳ではない、というのに感知できなかった。
しかし、今はその後悔に歯を噛み締めている時間はない。
「クラウン、少し揺れる」
「ん……」
向こうも戦力の分断が望みならすぐには追撃してこないだろう、と判断したクロロはクラウンを抱き上げ、地を蹴った。
しばらく借りていたホテルも、あの襲撃してきたハンター達にバレているかもしれないなと思い、市内から少し離れた人気の少ない裏筋の空き家にクロロは忍び込んだ。
正確には"たった今空き家になった"家だが。
こちらが血まみれの少女を抱えているからと、突っかかってきた死体の家。
普段なら安い挑発だと流せるが、今はそうは行かなかった。
幸いにもベッドはまだ新しいシーツがあったので、クラウンをそれに横たわらせておいた。
今は"眠り姫"で眠っている。
半日もすれば傷は治り目を覚ますだろう。
運んでる最中に能力を発動したのを見た。
その瞼が落ちる瞬間、口が謝罪の言葉を紡いでいた。
おまえが謝る必要など、どこにもないのに。
とにかくさっさとあのハンター二人を片付けてしまう必要がある。
しかしここにクラウンを置いておくわけにはいかない。
先程も遠距離からの攻撃だった。傷口を見るにオーラを殺傷性の高いナイフに変化させて飛ばした、と考えるのが妥当だろうか。
二人で組んでいるということは、一人は視るのに特化している可能性が高い。
「……"清姫"」
"盗賊の極意"に収めたある一ページ。
能力の元の所有者はクラウン。
少し前、アジトを半壊させたこの念能力を危ないから預かっておけと、そう複数名に言われて預かった。
姫と名はついているが、見た目は大きな鐘である。
浮遊しているそれは意志を持ち、その空洞に収めたものを焼き殺す。
オーラの消費量は少なくはないが、ツーマンセルで動いているなら、一度に仕留めることは可能だろう。
「"清姫"、この傷をつけた奴らがお前の伴侶だ」
そう言うとクラウンの腹部の傷に近寄って、じっくり見極めたかと思うと、何処かへ飛んでいった。
クラウン曰く、
『"清姫"は旦那さんを探すのが得意だから、すぐ見つけてくれるよ!』とのこと。
つまり、探してほしいものを"夫"とし、それの元へ一直線に向かっていく。
ただ、絶対に焼き殺してしまうので、失せ物探しや生捕りには向いていない。
まぁ今回は邪魔者をとりあえず排除したいだけだから良いだろう。
どういうつもりでなどと問いただすのも面倒だ。
ベッドに寝ているクラウンを見る。
顔色は血を失ったせいでいつもより悪い。組んだ手の指先に触れれば温もりは感じられず、その様子もあってか棺桶に入っているように見える。
柔らかく孤を描いている口元の血は拭ったが、襟にはその跡が残っている。起きたら着替えさせないと。
裂傷は流血はすでに止まっていて、少しずつ治されている。この調子だと思っているより早く起きるかもしれない。
あの時。
確かに周囲への警戒はしていなかった。
治安のいい街ということもあったし、何かあっても対応できるつもりだった。
それが実際出来なくてこのざまだ。
轟音がとどろいた。
「!」
窓の外を見ると、そう遠くないビルが音を立てて瓦解していく。
同時に自分のオーラがどっと消費された感覚。
「……おかえり」
ぬっと後ろにあの大鐘が姿を表した。
対象の排除が終われば元の場所へと戻る、つまりそういうことだろう。
俺も"盗賊の極意"を閉じた。
と、同時に携帯がなる。
かけてきた名前はシャルナーク。
「どうした」
『どうしたって聞きたいのはオレ!あのビル壊したの"清姫"だろ、何やってんの』
「よく分かったな」
『ニュースの背景のビルが一部崩れて、見たことある大鐘が浮いてたら誰だって分かるよ』
ということはシャルは割と近くにいるのか。
『クラウンに返したわけ?』
「いや俺が使った」
『……頭痛くなってくるな』
「俺達を襲撃してきたハンターが居たのが、あのビルだったというわけだ」
『……、もしかしてクラウン怪我した?』
「あぁ、今は眠っている」
『なるほどね……。
まぁ、あれだけの攻撃を受けたら即死でしょ。死体も丸焦げだろうし、ライセンスも分かんないな』
「そうだな」
ちぇーっと悔しそうにするシャル。
ライセンス2枚あれば、人生何回分の金になるんだったか。
それも燃えてしまえばただのゴミでしかない。
『とにかく、クラウンには治っても安静にするように言いなよ?』
「……それは、難しいな」
今までじっとしていた試しがない。
それはシャルも知っているだろうに。
『まぁそこんとこは腕の見せどころってことで!じゃあ切るよ』
「あぁ、分かった」
シャルとの電話から数時間。
クラウンが目を覚ました。
「おはよぉ、クロロ」
「もうおやすみの時間だがな」
読んでいた本をおいて、身を起こしたクラウンのはねた髪を梳いた。
「ほんとだ、お外暗いね。
うわ、血もかぴかぴになってる……。
ぼくどれくらい寝てたの?」
「丸半日といったところだ。」
髪にも血がついている。
もう切ってしまったほうがいいのだろうか。
「そっかぁ……。
でも、良かったぁ。クロロ怪我してなくて」
「……ッ」
にこにこと笑うクラウンに、咄嗟に言葉が詰まる。
否定すれば、クラウンの行動を無意味にするだけでなく、旅団のルールを否定することに繋がる。
「クロロ?」
「……あぁ、助かった。お前のおかげだな」
ぎこちなく頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。
「でもでもあの時、もっと "硬"が上手だったらぼく怪我してなかったと思うんだぁ。
だからクロロ、修行してくれる?」
「……」
数時間前のシャルとの電話が蘇る。
「……修行は、明日見てやる。今日はまだ体を休めておけ」
そう言うとはぁいと口を尖らせながらも、渋々納得したようだ。
クラウンは、俺がどんな思いで起きるまでの数時間を過ごしたなんか知りはしない。
知っていたとしてもきっと同じようにまた繰り返すだろう。
そしてまた怪我を負い、眠り、起きることはないかもしれない。
それならきっと、その身を守る術を教えたほうが為になるのかもしれない。
『もう二度とこんなことはしないでくれ』と懇願するよりも、現実的だ。
「えへへ、明日が楽しみだなぁ」
俺の思いも露知らずに、クラウンはそう言って笑うのだった。