Heart Steal重なる想いが蜜と成りII
展示作品です。
怪盗×刑事パロ第二話です。怪盗の仕事はヤタガラスと仮面マスクを足して2で割った感じです。
レイ逆の例の衣装のイメージで。
怪盗フェニックスライト。
それは今話題の義賊である。
不当に奪われた物を人知れず取り返し、会社の不正データを人知れず世間に公表する。
その姿は謎に包まれており、翼を持って羽ばたいている等という荒唐無稽な噂まで流れている。
だが唯一その姿を見たという刑事がいた。
御剣怜侍刑事である。
「はああ…」
当の本人は海よりも深い溜息を吐いていた。
先日の鐘鳥商会の件以降、こうやって溜息を吐く事が多くなったのだ。理由は明白である。
『…意外と可愛らしいんだな、刑事さん』
「…っ!!」
御剣は“あの時”の言葉とされた事を思い出して顔を真っ赤にした。
(くっ…!何故私があの男に…!)
「御剣刑事!おはようございます!」
「ぬおおぉっ!?」
思い出している時にいきなり横から声を掛けられたせいで、御剣は驚いて大声を出してしまった。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
「あ、ああ…すまない、考え事をしていたのだ…問題無い」
直ぐに冷静を装い返事を返す。ここ最近ずっとそんな感じである御剣の事は、署内でも噂になっていた。
「御剣刑事、やっぱりこの前フェニックスライトに逃げられた事を気にしてるのかな…」
「…にしては何か様子がおかしくないか?まるで…恋する乙女のような…」
「お、乙女って…それ本人に聞かれたら怒られるぞ」
ざわざわと話の種にされている事等、本人は露知らずであった
「あっ!みつるぎ刑事!」
「真宵君…?何故君がここに?」
昼時に軽快な足音が警察局に響き、霊媒師である綾里真宵が御剣に駆け寄った。
数年前、真宵と一緒に歩いていた成歩堂が偶然御剣と出会い、仕事の関係で知り合ったと教えてくれたのが出会った切っ掛けであった。
(そういえば交際してるのかと聞いたら成歩堂は何故か食い気味に違うと言っていたな…)
だが何故真宵が警察局にいるのだろうかと考えていると、真宵の後ろから来ていた糸鋸刑事が説明した。
「別の事件で発生時に近くにいたから事情聴取をしてたッス!」
「今終わったんです!もう、なるほど君のとこに行く途中だったのに!」
「成歩堂に…?君は今修行中の身では?」
真宵は由緒正しい霊媒師の家系の跡取りである。ラーメンを啜りながら中々山から降りれないと愚痴っていた姿を思い出す。非科学的な事は信じていない御剣でも、彼女の事を否定したりはしていなかった。
「お仕事を依頼しにきたんです!」
「ああ…なんでも事務所だからな…」
きっと霊を降ろす手伝いとか真宵の故郷の村興しの手伝いだろうと御剣は一人納得し、警察局から元気よく出て行く真宵を見送った。
「なるほどくーん!おまたせ!」
勢い良くなんでも事務所の扉を開けた真宵は、奥から出てきた成歩堂に出迎えられた。
「遅かったね真宵ちゃん、何かあったの?」
「それがね、聞いてよー!」
事件に巻き込まれて警察にいた事を喋りながら、真宵は成歩堂の後ろをついて行く。
「ははは、それは災難だったね」
「笑い事じゃないよー!」
世間話をしながら何でもないように成歩堂は事務所廊下の突き当たりにある壁に手を付いて手際良く指を叩く。すると壁が開いて地下に続く階段が出て来た。
その階段を下ると、沢山の機材が幾つも雑多に置かれた部屋があり、中心には机と、それを挟んで向かい合わせになるソファがあった。そこに二人が向かい合うように腰掛け、真宵が懐から出した一通の手紙を成歩堂に差し出した。
「はい、これが今回の依頼だよ」
手紙にはパッと見で分からないであろう特殊な印が施されていた。それをブラックライトで確認した成歩堂は、封を開けて中身を確認した。
それは、怪盗フェニックスライトへの盗み返して欲しい物の依頼だった。真宵は、怪盗フェニックスライトへの依頼を請け負っている一人である。他にも依頼ルートは存在するが、真宵経由の依頼が一番多かった。
「…これは…」
「んー?どーしたの?」
「…いや、何でも。…真宵ちゃん、この依頼人についてもう少し教えて貰っていいかな?」
ーーーーー
怪盗の一件以降調子の悪かった御剣だが、事件が起こればスイッチを切り替えて調査を始める。
怪盗相手にはいつも翻弄される御剣であったが、それ以外の事件ではしっかりと実績を残していた。
ある日、ある密売の情報を解読し、取引の現場を抑えてその場で殆どの犯人を捕まえた。
だが、その犯人の身元を調べた時に御剣の顔色が変わった。それは御剣にとっても因縁のある組織の名前が記されていたからだ。
―――かつてこの組織を追い殉職した刑事が、御剣の父親であった。
御剣が刑事になったのは父への憧れと、父を奪った組織の摘発の為だった。
そして、漸くその尻尾を掴もうとしている。
「…9時20分…」
ぽつりと呟いた言葉は夜空に溶けた。御剣は人気が無い街の片隅にいた。捕らえた犯人の身分を借り、取引先として組織に接触するためだった。
勿論少し離れた場所に何人もの警官が待機している。準備は万全だ。
約束の時間の約5分前、人影が見えた。だがその瞬間、後ろから衝撃をまともに受けて御剣は気を失った。
「っ…」
目覚めた時には倉庫らしき部屋で両手と腕を前で縛られて転がされていた。恐らく先程はスタンガンを当てられたのだろう。そんな事にも気付かなかった自分に御剣は歯噛みした。
辺りには人気が無い。捕えられた後尋問されるものだと思っていた御剣は体をゆっくりと起こし、奴等が来る前に何とか脱出しなければと身をよじらせたが、拘束は簡単に外れそうにない。
すると倉庫の奥から物音が聞こえた。
「誰だ!?」
振り向くとそこには見た事のある黒い燕尾服に身を包んだ男がいた。
「き、貴様!怪盗…!」
「しっ、静かに」
そこにいたのは怪盗フェニックスライトだった。叫びかけたが早足で近づいてきた彼に指で口を抑えられ、御剣は思わず息を飲む。
「それにしても、刑事さんらしからぬヘマをしたね」
「…貴様、何故ここに…」
「さあ?ぼくは怪盗だからね。何か盗みに来たんじゃない?」
飄々とした態度に御剣は苛立つ。
「まあここにいても危ないし、脱出しようか刑事さん」
「はっ…?お、おい!」
怪盗は拘束されたままの御剣を横抱きにすると、倉庫のドアを開けてそのまま出て行く。
「ま、待て!外には見張りが…!」
「ああ、大丈夫。ちゃんといないルートを通るから」
確かに倉庫のドアの前に見張りはいなかった。
(何故だ?ここに私を放り込んだのなら誰かいてもおかしくない筈…)
そう訝しむ御剣の事を気にも留めず怪盗は迷わぬ足取りで薄暗い室内を進んでいく。
前にも思ったがこの男はマスカレードマスクをしているが整った目鼻立ちをしている。今直ぐにでもその素顔を暴いてやりたかったが、両手を縛られていてはそれも出来ない。御剣はそう思いながら怪盗の顔を睨みつけていた。
「…どうした、刑事さん?またこの間のことをして欲しいのか?」
「!!!なっ…な…!!」
御剣の脳裏にキスをされた光景が蘇り、顔を真っ赤にして言葉に詰まっていると、くくっと怪盗が喉の奥で笑う。
からかわれたのだ、と御剣は恥ずかしさやら怒りやらで更に怪盗を睨んだ。
「さて、そろそろ出口だ」
そう怪盗は呟いて階段を登り始めた。
流石にここまで運ばれる訳にはいかないと御剣は抵抗し出した。
「お、おい!もう私は歩ける!だからこの拘束を解いて降ろし給えッ!」
「ダメだよ刑事さん。もしそうしたらぼくの正体を暴こうとするだろう?」
半分そう思っていた図星を突かれ、思わず息を飲んだ御剣は、少し大人しくなった。
「矜持が許さないかも知れないけれど、もう少しだけ我慢してね」
バタン、とドアを開けた向こうは開けた屋上だった。
それにしてもここまで本当に見張りどころか人にすら会わなかった。本当にここは組織の関連施設なのかと疑う程に。
怪盗は屋上の手摺を探りながら御剣を抱え直し、両手を手際よく自分の首裏に回させた。
「じゃ、しっかり捕まってて」
「お、おいっ!」
怪盗が手摺から飛び降りると、滑車のような物に捕まり、手摺と建物前の道路を挟んだ所にある木にくくられているワイヤーをつたって降りていった。
それはまるで、アスレチックにあるジップラインのようだった。
「き、貴様まさかこの前の…!」
「勘がいいね刑事さん。その通りだよ」
この前鐘鳥商会にて屋上から消えた絡繰はこの仕掛けだったのだ。
わざわざ敵に答えを教えるとは…と御剣が呆れる。
そのまま木の根元まで着くと、怪盗は手慣れた手つきでワイヤーを回収した。
先程までいた建物がにわかに騒がしくなっている。どうやら御剣がいなくなったのがバレたようだ。
「…ぼくの出番はこれまでかな。刑事さんのお仲間も来るだろうし」
「待て!」
立ち去ろうとした怪盗を御剣が呼び止めた。
「何かな?まさかぼくに捕まれとでも?」
「…いや、礼を言いたい。助けてくれた礼を…」
思ってもいなかった事を言われた怪盗は一瞬呆気に取られた顔をし、ニヤリと口元を歪ませた。
「じゃあお礼を貰おうかな」
「な…んっ!」
ぐいと顔を近付け、顎を掴まれて口付けられた。
この前とは違って舌が入ってきた。混乱した御剣が正気を取り戻した頃には怪盗は離れていた。
「き、きさまっ…」
「それでは、また月の綺麗な夜にお会いしましょう…御剣刑事?」
木々に紛れたその姿はあっという間に見えなくなった。
そうして、気が付いた。いつの間にか拘束が解かれている事に。
あれから他の警察官と合流した御剣は、改めて拘束されていた施設に捜査に入ったが、既に気付いた人間は散り散りに逃げ、有力な情報も既に無くなっていた。
御剣が自分への不甲斐なさに気落ちしていると、一人の警察官が書類の束を手渡してきた。
「…これは?」
「捜索中に発見されたものです」
御剣がその書類を確認すると、それは組織の密輸ルートが書かれた書類だった。
食い入るように書類を見ていると、はらりと青色の羽が一枚落ちてきた。
「…!この羽は、まさか…あいつ…っ!」
青色の羽は怪盗フェニックスライトのトレードマーク。仕事を遂行した後にこの羽を残すのが彼の決まりらしい。
先程書類を渡してきた警察官を探したが、その姿は見当たらなかった。よく考えると彼は帽子を目深に被っていたから顔が確認できなかった。
またしてもしてやられたことに御剣は書類を握りしめて唸った。
「おのれ、許さんぞ…!フェニックスライト…!」
数日後。
あれから組織の密輸ルートを解明した御剣は警察局で時の人扱いになっていた。何故かいつもくっついている糸鋸刑事の方が誇らしげだったが。
だがまだ組織の本体を叩くには至らない。まだそれには決定打が足りないのだ。しかし一歩前進したことに御剣は安堵していた。
「おーい御剣!」
「ム、成歩堂か…」
外を歩いていた御剣に、手を振りながら成歩堂が駆け寄ってきた。
「そういえば…真宵君には会ったか?」
「あー、うん。依頼しに来たって」
やはりか、と御剣は息を吐いた。
「どうしたの?何かぼんやりしてる?」
「…ああ、そうかもな」
「えっ、御剣が…?珍しい」
取り敢えず座って話を聞こうと、成歩堂が公園のベンチに誘った。
そして、先日あった怪盗の話を細々とし始めた。
「…じゃあ、助けてもらったんだ。その怪盗さんに」
「ああ…だがな、その時…」
「…何?」
「…綺麗な顔立ちだな、と感じたんだ」
「…え」
何故か怯んだ成歩堂には気付かず、御剣は話続ける。
「マスクをしているから素顔は分からんが…同性の私が見ても綺麗だったんだ。…私は…」
その言葉の続きを話そうとした瞬間、御剣の携帯が鳴った。
「…分かった、直ぐに向かう。すまない成歩堂、緊急の案件が入った。私はこのまま向かう。ではな」
「あ、うん…お疲れ様」
御剣が足早に去った後、成歩堂はずるずるとベンチの背もたれにもたれかかった。
あの時、真宵から御剣の父が関連していた組織に関する密輸ルートの摘発を依頼された成歩堂は、依頼人の事について真宵から詳しい情報を聞き、心音にも調べて貰った。
その依頼人はかつて御剣の父の部下であったそうだ。恐らくは彼の弔いの為であろう。
成歩堂と王泥喜はその組織の一員として潜入し、脱出ルートを用意して人がいる場所の地図を頭に叩き込み、メインの書類を探っている最中、御剣が組織に捕えられたと聞き、成歩堂は直ぐ様拘束する役柄を担った。
適当な部屋に閉じ込めると言い、人気の少ない倉庫に入って御剣を縛り、倉庫を調べると件の書類を発見した。
倉庫に来た王泥喜に書類を渡し、成歩堂は予め着ていた服を脱いで燕尾服になり、マスカレードマスクを着けて御剣が目覚めたのを見計らい態と物音を立てて、御剣に注意を持たせて用済みになった建物から脱出した。成歩堂が離れた後、警察官に扮した王泥喜が御剣に例の書類を渡してオールクリアだ。
まさか礼を言われるとは思っていなかった。気付けばあの時と同じように口付けていた。
「…綺麗なんて言われたら付け上がるぞ…御剣…」
ずっと前から御剣の事を想っている成歩堂は、自分ではない自分を褒められている事を感じて複雑な声で呟いた。
その声は誰にも聞こえることは無かった。
終