お家でテント1「今日は一日、ここでテントになって下さい」
「は?」
長く連なった熱帯夜が開け、翌朝扉を開けたら、晩秋の風が身をすり抜け部屋の温度を下げる。暖炉に火を入れるにはまだ早いけど、温かい飲み物のおいしさを思い出したそんな日に。
いきなり小松くんが訪ねてきて、開口一番宣言した。
「テント?」
「テントです。」
ボクを押し除けるように家に入ると、いつもの大きなリュックをヨイショと床に下ろした。
「ハントじゃなく?」
「テントですって」
あちこちを見渡して、ソファの前、長めのラグがあるあたりに移動する小松くんに、雛鳥のようについていく。なんだろう、よく分からないが楽しい電磁波が家の中に広がっていく。
ボクが見守る前で、小松君はソファに置いてたクッションを下ろし、床に並べた。その付近に荷物を広げ出す。大きなふかふかの毛布二枚、ランタン、文庫本、ラジオ、携帯用ガスバーナーに小さな網と小さいやかん。別で左右に下げてきたグルメケースには、食料が詰まっていた。この間ハントに出かけたおすそ分け、ってふうでもなさそうだ。
グルメフォーチュンで評判の良い肉屋自家製の、まるまる太ったソーセージがつるりと収まっている。
並べ終えた小松くんがキッと僕を睨みつけた。
「この間、僕の家でおいたした事、忘れたとは言わせませんよ」
「えーと」
どれだろ。心当たりは山ほどあるが、だってキミ良さそうな顔してたし。イヤイヤって言ってたけど最後にはやめないでって言ったし。
「ゴメン?」
とりあえずの謝罪は、心に響くどころか火に油を注いだらしい。
「あんなひどい事して、おぼえてないんですか?」
真っ赤な顔をして、ムキーと歯を剥き出して、それ多分威嚇してるんだよね。
どうしよう、ボクの恋人はとても可愛い。
「何をして小松くんがどれを喜んだかは次回に活かすためにしっかり覚えてるんだけど、……ゴメン。」
余計顔の赤みがました小松くんに、実のある提案をする。
「じゃあ、今からあの日を再現しようか。キミのその反応、夜のことを怒ってるんだよね。」
さぁ、おいで。と引き寄せるため伸ばした手を小松くんがはたき落とす。痛い。あってすぐキミに飛びついてもらえなかった物足りなさを、ひそかに引きずっているボクにこれはないんじゃない。。
「窓閉めて下さい、って何度もお願いしたのに無視しました」
「ああ、あれか」
だって、キミんちのクーラーは壊れかけなのかちっとも効かなくて。赤い顔でふうふう、熱中症みたいにぐったりしてるから聞き流した。
「せめて、おしまいにしてって言ったのに」
だって。二ヶ月ぶりの逢瀬で、おまけにこの先も同じくらい間隔があくって。キミんちのカレンダーにつけられた、花丸とレアな食材の名前が教えてくれたから。
朝までかけて名残を惜しむ気持ちこそ、キミに理解してほしいところなのだけど。
「だから今日は罰としてココさんに、お家テントの支柱になってもらいます!」
「は?」
まずはボクを、ソファの傍のラグの前に座らせる。疲れたら、凭れるようにとの配慮らしい。あぐらをかかせて、手は膝に。やや前かがみになるよう指示が降りる。ばっとひろげた毛布が、ボクの上体にかけられた。分厚く、密とそろった毛並。小松くんちの、長年の酷使でぺしゃんこになった硬い毛布とは全く異なる代物だ。
ボクも少し冷えていたようだ。背中にかけられた温かさから、知らず強張っていた体が弛緩するのを感じる。
「これ、おいていくので。使っていいですよ。」
「あ、ありがとう。」
小松くんは、せっせとボクの体に毛布をかける。長さを調整し、長辺の端がボクの正面でぴったり合わさるように試すがつ。それから、首元にでっかい洗濯バサミを2つほどとめた。これは、ボクが身動きしたときに、前がはだけないようにとの配慮のようだ。もう一枚は、膝の上にひろげて、あまりで足をくるんでいく。ぐるりとお尻まで回った。真剣に、ボクのまわりでちょろちょろ手を動かす小松君を見ている。案外これが退屈しない。
前にまわって、良し、とうなづいた小松君は、クッションをボクの周りに配置する。大きいのを1個抱えたあと、おもむろに毛布のあわさいを割って、
「でーきたっ」
と中へ飛び込んできた。
「うっ」
予想しない衝撃が腿と下腹付近にのっかる。成人男子にしては小さくて軽いとはいえ、勢いがプラスされ思わず声が出た。中でごそごそ。最高の座り心地を探す小松くんが、あちこちにお尻を据えては上げる。
「なにこれ。どういうこと?」
「なにって、テントです。僕専用の。」
毛布のあわさいから、にょっきり顔を出した小松くんが答えた。続いて、上半身が出てきて、小さ目のクッションをもうひとつ取ってまた中に戻っていく。
組んだ胡坐の上にクッションひとつおいて、右腿の上に枕代わりのクッションをおいて寝ころぶ。これがベストポジションときめたようだ。
あったかくて、重みが心地よくて、くすぐったい。湧き上がる気持ちから、小松くんをかまおうと手を動かしたそのとき。
「だめですよ!支柱の手は膝の上からうごかさないでください。」
伸ばした腕と、胡坐の中、垂らした毛布で三角テントをイメージしているわけね。なるほど。
「面白くないんだけど。」
「罰ゲームですから!」