知らないということはとてもこわいよ 雲の影ふと迫りくるよう国を揺るがすような大事件が終わって、もう2ヶ月になる。
アルもガリガリの体からなんとか普通食も食べることができ、筋肉もついてきたため、退院の許可が降りた。激しい運動さえしなければ普通に暮らしていいそうだ。
ゴタゴタもようやっと片付いてきて、俺はそろそろリゼンブールに帰ろうとしていた。その前に、国家錬金術師の資格を返納して。
もうこの両手は何も生み出せない。そのことに不思議と不安や悲しみはなく、清々しさだけがある。
錬金術が重荷だったわけではない。でも、俺はこれまでこの力に頼りすぎていたのだ。これからは、この両手で両足で、自分のできる力だけでやっていこうと思う。
左手に比べてまだ細い右手を見て思った。
「ここにサインする……のでいいのか?」
「そうだ」
「はぁー取るときはあんなに大仰だったのに返す時はあっさりしてるなぁ」
「資格とはそういうものだよ、鋼の」
「俺もう鋼のじゃなくなるんだけど」
ぽんぽんと軽口が飛ぶ。このやりとりもなくならない。
「む、そうか。だがなぁ今更君を名前呼びするのも」
「いいよ」
「え?」
「いいよ。俺はもう錬金術師じゃないけど、アンタにとって鋼のがずっと居るなら、嬉しいよ」
柄にもなく素直な言葉が出てくる。アルフォンスの体を取り戻してから、不思議とこの男に突っかかろうという気持ちが減った。追いつきたい、見返したいという気持ちが無くなったからだろうか。
絶句する大佐の顔が見られず、恥ずかしくなってマホガニーで出来た机をなぞる。
「……アンタの目がもう一度見れるようになって、嬉しい」
「あ、ああ」
「約束、だかんな。絶対途中でくたばんなよ」
「ーーああ」
今度はしっかりと目を見つめて言った。男も、力強く頷いた。
「ところで、これからどうするんだ?リゼンブールに帰るのか?」
「あー、うん。そのつもりなんだ……けど。ホーエンハイムがいるんだよなぁ……」
アルも返してやりてえんだけどなぁ、ボヤくと、大佐はそうか、と返してきた。
「帰ってあげなさい」
「う……」
「君の気持ちはわからないでもない。私も君のお父上の事情は表面しかしらないが……でも今の君なら、帰って後悔はしないはずだ。帰って、話し合いなさい。全部、今までのことをぶつけてやったらいいさ」
黒色の目が優しく細められた。
俺は小さく頷く。
「またここに寄れ、と簡単には言えないが、我々はいつでも歓迎するよ。また寄ってくれたら嬉しい」
ああ。
ゆっくりと部屋を見回す。悲しいこともあったし、辛いこともあった。そちらの方が多かったかもしれない。
それでも嬉しいことがなかったわけじゃない。希望もあった、笑顔もあった。
「大佐。改めて、ありがとうございました。」
しっかりと頭を下げた。
「達者でな」
こうして俺は、大佐の執務室を、軍を後にした。
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リゼンブールの駅に着く。季節はもう夏で、アルフォンスと休み休みウィンリィとばっちゃんが待つ家まで歩いた。
風が気持ちいい。
「アル、大丈夫か?」
肩を貸そうかと振り返ると、断られた。
「自分の足で歩きたいしね。嬉しいよ。本当に。……本当に帰ってきたんだなぁ」
ウィンリィの家の近くまで行くと、デンが駆け寄ってきた。デンの吠える声で気づいたのか、ウィンリィが飛び出してくる。
「あんたたちっ」
「おう」
「うん」
「お帰りなさいっ」
ウィンリィが俺たち2人に飛び込んでくるので3人ともバランスを崩しかけたが、何とか抱き止めてやる。
ウィンリィはもう大泣きして、そして大笑いして、本当に俺たちの旅は終わったのだと思った。
ひとしきり3人で泣き笑ったあと、ロックベルの家に入ると、見たくない顔が居て、反射的にドアから出ようとした。それをアルフォンスが止める。
「逃げない!」
「逃げてねえ!」
「ずいぶんな挨拶だなぁ。エドワード、アルフォンス。おかえり」
「だーっ!これだから帰るのイヤだったんだ!テメェ!なんでいるんだよ!」
「親に向かってテメェはないだろう。ここにいるのはお前たちが家を燃やしたからだ。まぁ、座りなさい」
買って知ったる我が家のように言う。
「まぁ、ホーエンハイムの言う通りさ、座んな」
ばっちゃんがタバコをふかしながらのんびりと言った。「だってばっちゃん!」
「煩いよ、エド」
にべもない。俺はかさかさした気持ちを抱えたままダイニングの椅子に座った。アルフォンスの椅子も引いてやる。
「エドはあいかわらずね」
まだ赤い目のままウィンリィが紅茶を運んでくる。それを受け取り、椅子の背に左腕をかけたままずず、と啜る。熱い。
アルフォンスは慎重に持っているのはいいとしてホーエンハイムまで両手で持って息を吹きかけている。思わずイライラして、横を向く。
ウィンリィが座って、ばっちゃんが口を開いた。
「しばらくは親子3人泊めてやるが、さっさとなんとかしな。うちはそんなに広くないよ」
もっともである。もっともではあるのだが……つまりそれだとこいつと住むか、俺が出て行くかということになるのか?
「ばっちゃん、アルはこっちに住まわせてくれよ。俺もアルの看病したいし」
「何言ってんの兄さん。僕もう看病いらないんだけど……」
半目で僕を父さんを追い出すダシにしないでよ、と訴えてくる。しかしだな
「そうだぞ、せっかく親子3人揃ったんだし一緒にすまないか?」
「……アンタの事情は分かってるけど俺はいやだ」
のんびりとホーエンハイムが口を開く。
「大体、どうやって住む場所確保するんだよ。俺はもうなんもできねーんだけど」
「それは俺がなんとかするさ。エドワードは希望を出してくれたらいい。……ダメか?」
覗き込んできた瞳は思ったよりも切実さが浮かんでいて、一瞬返答に詰まる」
「父さん、兄さんの要望を聞くのはいいけど、内装とか聞くのはナシだからね。聞いてたらとんでもないことになっちゃうよ」
「おいコラ、アルフォンス!」
「事実じゃない」
弟はそっぽを向いた。ホーエンハイムはそんな俺たちの様子を苦笑いしながら見ていた。その瞳は眩しいものを見るような瞳で、なんだか収まりが悪かった。
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かくして、俺が建築資材運び、アルフォンスが設計図を描いて、実際に(錬金術で)建てるのはホーエンハイムの仕事となった。
「じゃあ、一気にやるぞ」
「おうよ」
「頑張ってね、父さん」
ホーエンハイムが地面に陣をかいていく。これだけの複雑な建築物を作れるなんて、悔しいけれどやはりすごい術師なのだなと実感させられる。
ホーエンハイムは書き終わった巨大な陣に両手を当てた。巨大な錬成光が地面から発せられる。
俺が1週間かけて運んだ木材やらモルタルたちがあっという間に組み立てられていく。圧巻、の一言であった。
こうして、俺が罪を隠すために、俺たちが戻れないように焼き払った我が家が再び同じ場所に建ったのであった。ーー間取りは変化した。ちなみに3人とも研究部屋が欲しいと言ったので、3部屋それぞれのものが用意された。
「おっとこれも、直さなきゃな」そういってホーエンハイムは木に括り付けてあった、ロープが腐りかけたブランコも直したのだった。
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ホーエンハイムは、最後の1人の寿命が思ったより長いようだ、と嘆息している。
リゼンブールは夏も終わりでホーエンハイムが家を建ててから1ヶ月が経とうとしていた。つまり、俺たち3人が家族として再び住み始めて1ヶ月になる。
その夜、アルフォンスはいつも通り早くに寝ていて、俺は何となく寝付けなかった。学術書を読むことも考えたが、そんな気にもなれずに、とりあえず水を飲みにダイニングに向かう。
まだ若い色をした壁板を撫でながら、ふーっと息を吐く。こんな夜は胸がざわざわしてとても眠れそうにない。
なるべく音を立てないようにノブをそっと握る。扉を薄く開くと、ぼんやりとしたランプの光が漏れてきた。
びっくりして扉を閉めかけたが、思い直して扉を開けた。
「……ホーエンハイム」
「エド、なんだ、寝れないのか」
「そっちこそ」
ホーエンハイムは酒を飲んでいた。見るとウイスキーのようで、苦い記憶が蘇る。まだ旅をしていた頃、酒場で無理やり飲まされて気持ちが悪くなったことがあった。
「エドワード、お前も飲むか?」
「いい、背が伸びなくなったら困る」
「真面目だな、お前は」
ふはっ、と笑われる。その目があまりにも、あまりにも親の目だったものだから俺は目を伏せて視線から逃げる。
「水飲んだら、寝るからな」
そう言って、ホーエンハイムがウイスキーを割るのに使っている水をグラスに注いでいたら、「まぁ座れ」と言われた。
「眠れないんだろう?ちょっとくらい、話に付き合え」
思うところがあって、俺も素直に座った。
改めて、ダイニングテーブルを挟み向かい合わせに座る。こうして、真正面に向き合うことなど初めてだと思った。いつもホーエンハイムは背中を見るか、横顔を見るか、そういったものが多かったように思う。
ホーエンハイムの俺とよく似た色の髪と目は、ランプの光に照らされて、普段の飄々とした雰囲気を柔らかくさせていた。
「エドワード」
「あんだよ」
「旅の中で、お前たちは何を得た?」
「……唐突だな。何を得た、か」
初めは、失ったものを取り戻すための旅だった。俺たち自身の力だけで、取り戻すつもりだった。だんだん応援してくれる人が増えた。大佐たち、いつもの軍部のメンバーはもちろん、泊まるたびに良くしてくれる宿の女将さんや、食堂のおばちゃん、古本屋の店主、そういった市井の人々の助けもあった。ホムンクルスと戦って行く上で己の無力さを知った。小ささを知った。北の地やシン国からの人たちから、周りの力を借りることを教わった。自分だけでできることは少ない。だけど、誰かの力を借りながら俺たちは失ったものを得た。
得たものは、当初のものよりも大きく、形のないものだった。
「いろんなものを貰ったよ。俺たち、一人一人で出来ることなんてちっぽけだ。でも、誰かの手を借りて、誰かを助けて、そうやって世界が回ってるんだと思った」
「……そうか」
恥ずかしさを誤魔化すために、グラスをぐいっと煽った時だった。
「おい、お前それ俺のグラスだぞ」
喉にカッと熱いものが通り少し吹き出してしまった。酒を飲んでしまった。
「みず、水!」
「おい、あんまり大声出すな。アルフォンスが起きちまうぞ」
小声で嗜められる。そうだった、と思い直す。
今度こそ自分のグラスを掴んで水を飲んだ。
だんだん体がポカポカしてきた。頭もふわふわしてくる。
「……でも、な」
「うん?」
「やっぱり寂しかった、よ」
知らず、目頭が熱くなってくる。
「母さんが死んで、アルもウィンリィもばっちゃんもいたけど、さみしくてしかたなかった、さみしかった」
気がついたら頬を熱いものが伝っていた。止めたいのに、それは激しくなってくる。やがて土砂降りになる雨のように次々と溢れてきた。
「あんたが!あんたが居てさえくれば!母さんは悲しまずに済んだ!」
声を抑えなければ。それでも詰ることをやめられない。
「あんたが居れば!俺たちは、俺はきっと!人体錬成なんてしようと思わなかった!馬鹿野郎!ばか!ばかおやじ!」
「エドワード」
いつのまにか、俺の横に立っていた親父に抱きしめられる。ぐうっ、と喉が詰まった。
「辛かった!寂しかった!悲しかったのに!」
「ごめん、ごめんなぁ……」
「ばかやろ、ばか、ばかやろう……」
「ごめんな、よく頑張ったな、ごめんな」
罵倒しながらも、「よく頑張ったな」と言われたことで、なんだか、許してもいいような気がした。絶対に許さないと思っていた。全部の事情をわかっても蟠りは消えなかった。だけど、謝られて、認められたら、少しだけ。少しだけ許しても良い気がした。
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気がついたら俺は酔い潰れていたようで、自分のベッドで目が覚めた。
アルフォンスは起きやしなかったかと、内心ドキドキしながらリビングのドアを開ける。
「あ、おはよう、兄さん」
「エドワード、おはよう」
「……はよ」
「アル、昨日うるさく無かったか?」
「なんのこと?」
キョトン、とした顔でアルが尋ね返してくる。そのことに胸を撫で下ろしながら、コーヒーを注いで、自分の分のパンを焼くようにトースターに入れる。
「いや、大丈夫ならいいんだ。昨日、夜中に起きたから」
それと
「……ありがとな、クソ親父」
「はは、お安いご用だ」
昨日、俺をベッドまで運んだのは間違いなくこいつで、とりあえずお礼を言っておいた。とりあえず。
「兄さん、今父さんのこと、親父って!」
「だーっ、うるさい!細かいことは気にすんな」
「っでも!」
「おいエドワード、パン焼けたぞ」
「おっとあぶねえ」
このトースターは中古のものを貰ったからか、焼き具合を間違えると全然焼き上がらないか、真っ黒焦げになるかのどちらかなのだ。
俺はアルの追求を避けながら朝食を平らげた。
「僕、今日はばっちゃんのとこ行くから、父さんと兄さんはどうするの?」
「え、あー……なんも考えてなかった」
「俺もだなぁ」
アルフォンスはそこでちょうどいい、と手を叩いて
「じゃ、父さんと兄さんは林檎をどうにかして!前にハイネルさんからお礼にたくさんもらったからさ」
あー、あれかと思いつつ、あれ、と思い思わず指をさしてしまう。
「え、こいつと!?」
「兄さん指差さない!いいじゃん、兄さんもジャムとかなんとか作れるでしょ。父さんも」
「まぁ、作るか。エドワード、煮込むのは任せた」
「はぁ〜!?」
「出来るよね。あんなに大量の林檎、僕たちだけじゃ消費しきれないんだから」
なんだかアルフォンスの笑顔に強い強制力を感じて、最終的に頷くことしかできなかった。
「比較的広い台所で男2人、並んで料理をする。ホーエンハイム……クソ親父は言った通り林檎を手際良く切っていく。俺はひたすら林檎を洗う係だ。
お礼に貰った林檎は赤くてツヤツヤと光っている。晩夏の光を反射するようだ。その光を拭き取るように、布で拭いていく。
全ての林檎を洗い終わって、無骨なおっさんの指がサクサクと林檎を切っていくのを見る。赤い皮がするすると螺旋状にむかれ、芯がくり抜かれ、綺麗に四つに薄く切られていく。
もうずっと1人で料理をして生きてきた人間の手つきだと思った。
「お前が小さい頃はなぁ」
トントントン、となおも包丁が林檎を切っていく。
「トリシャが俺に料理を頼むことがあったんだ。お前に付きっきりじゃないといけない時とかは、俺に夕飯を頼んだりしてなぁ」
サクサクサクサク、トントントントン。
「お前は小さい時は泣き虫で、トリシャにずっと抱っこされてた気がするなぁ」
手はまだまだ動く。ちょっと雑だけど、無駄のない動きだ。
「でもお前、寝つきはよかったんだよ。アルの方が寝なくてなぁ。やっと寝たと思ってベッドに寝かせたらもうすぐにグズりだして、その時は俺も寝かしつけ手伝わされたなぁ」
「そーかよ」
「俺は、赤ん坊に触るのが怖かったんだ。化け物の俺が触って良いのか、怖くってなぁ」
「……バカ言ってんじゃねーよ」
脛を軽く蹴る。
「痛え。そうだよな。もっとお前たちを抱っこしておけば良かったと思ってるよ」
その横顔が本当に寂しそうで、俺は何も言えなくなった。親というのは、本当にずるい。
父親がどれだけ孤独だったのかの片鱗を見た。気の遠くなるような時間の中で生きてきて、母さんと出会い、俺たちが生まれ、その嬉しさの中でも親父の孤独が、恐れがなくなることは無かったのか。そして親父は俺たちも置いて生きていくのかもしれない。
「……今、お前たちと一緒に暮らせて嬉しいよ。お前には身勝手に聞こえるかもしれないがな」
「うっせ、そう思うなら言うなバカ」
大量にあった林檎を鍋に流し入れ、同じく大量の砂糖と一緒に寝かせておく。砂糖が溶け切るまで4時間と言うところだろか。
林檎の上に降った砂糖は雪のように見えた。いつか溶けるのを待つもののように。
結局アルフォンスが帰ってくるまでに林檎ジャムは完成せず、煮詰めた林檎を3人で瓶に詰めることとなった。
大量にできた林檎ジャムはやはり俺たちだけでは消費できる量ではないため、ウィンリィのところにはもちろん、近所にも配ることにする。
せっせとアルが瓶にレードルを使ってジャムを詰めていく。
「父さん、僕がいない間兄さんと喧嘩しなかった?」
「おいそこで何で俺に聞かないんだ弟よ」
「だって兄さんに聞いたら誤魔化すでしょ」
「んー?色々話したよ、アルフォンス」
「なら良かった!」
その日の夕食は林檎ジャムを使ったラムのソテーを作った。
_________________________
その日は、秋に入りかけのくせに急に夏に戻ったかのように暑かった。
近所のベーカーの爺さんの家の屋根を修理していた。この間来た突風と強い雨で、騙し騙し使っていた棟の右端辺りが持っていかれていた。
アルフォンスはリハビリを兼ねて資材運び、俺が屋根に登って直すことにした。本当はアルフォンスが錬金術で直しても良かったのだが、屋根が急なため、資材を置いておくのが難しい。アルフォンスが俺に資材を渡し、俺が手ずから直す方が危なくないと判断したのであった。
しかし本当に暑い。俺は膝丈のズボンから剥き出しになっている機械鎧が熱を持っているのに気づいていたが、なかなか区切りをつけれずに、もとい作業に夢中になっていた。珍しくアルフォンスも同じだったらしく、作業が完成し、2人で屋根から降りようとした時に、バランスを崩し、屋根から落ちた。
幸にして下が芝生であったことと、受け身を2人とも上手く取れたことで、大事には至らなかった。しかし突然の大きな音にベーカーの爺さんとその奥さんは大いに慌てた。すぐに屋内に連れていかれ、水を飲まされる。爺さんが親父を呼びに行った。
「まったくお前らと来たら何をしてるんだか……」
軽めのゲンコツをそれぞれ一発ずつ貰う。
「うるせー」
「ごめん父さん……」
2人とも弱々しく反応することしかできなかった。ベーカーの爺さんのダイニングテーブルに頭を預けたままだ。
「エドのアルも、歩けるか?頭は打ってないようだから心配はないと思うが、びっくりしたんだからな、もう」
怒っていると言うよりも呆れているらしい。それなのにのんびりとした、掴みどころのない声はもうこいつの性質なんだな……と思った。
ゆっくりと落ちかけた陽に照らされる家路を3人で帰った。
家に帰ってから、俺たち2人はさっさと自分たちのベッドに突っ込まれた。額には水で濡らしたタオルを乗せられる。アルは大丈夫だろうか。
珍しく俺のストッパーにならず一緒に転げ落ちた弟の身が心配になる。弟もヤワではない。いつもなら気にならないのだが、急に心許ない気分になった。
そっと自分の部屋のドアを抜けて、隣のアルフォンスの部屋に向かおうとしたら、アルフォンスの部屋から出てきたクソ親父と目があった。
「げ」
「なんだ、まだ寝てないとダメだろう」
「アルの様子、見たくて」
「アルなら今寝たよ。兄弟だなぁ、アルにも兄さんはどうなの?って聞かれた」
苦笑しながら髪をかき混ぜられる。
「アルのことは心配ない。お前の方が機械鎧で熱がこもってたんだから、きちんと寝ていなさい」
「……ん」
大人しく、部屋に戻り、テーブルの上にある水差しからグラスに水をさして、喉を鳴らして飲んだ。
「……頭、気安く撫でんなよな」
びっくりして出てこなかった文句が今になって出た。
大人しく、ベッドに戻って夕飯の時間になるまで寝ていた。
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秋も半ばになった頃、俺たちはクソ親父とともにイーストシティまで出かけた。錬金術の術書がないか、それ以外にも何かいい文献がないか探しに出かけたのだ。それ以外にも冬支度を整えるために服を買いに来たのもある。
クソ親父が「エドワードもアルフォンスも、スーツを仕立ててもらいなさい」と言ったので、それも作ることになった。
久しぶりのイーストシティの駅に着いて「スーツの採寸は体力を使うから」と先に仕立て屋に行くことになった。大通りから少し外れたところに、あまり目立たないがショーウィンドウのガラス窓がよく磨かれている店があった。その中に展示されているスーツも、トラディショナルな形なのに色の組み合わせが洒落ているものだった。
真鍮製のドアを開けると、ドアベルが鳴る。そして優しい灯りが溢れてきた。
「ホーエンハイムさんですか?お待ちしておりました」
ロマンスグレーをきれいに撫でつけた初老の男性が店の奥から出てくる。
「こんにちは、今日は息子達にスーツを仕立てて頂きたくて」
「そうですか、今日はウチにいらっしゃってありがとうございます。マスタング大佐からお話は伺っております」
「いやいや、よろしくお願いします」
クソ親父は俺と似て服に頓着しないタイプだと思っていたから、こんなに立派な仕立て屋を知っているとは思わなかった。そう思っていたところに大佐の名前だ。俺たちにスーツを仕立てたいと聞けば喜んで答えたそうだ。……こいつは軍の佐官クラスの人間に何を聞いているんだろう。
「息子さん達もあなたも、金髪に金眼なのですね。おや、弟さんの方が栗色が少し混ざっているのかな」
「ええまぁ、はい」
「となると……お兄さんの方にはこのようなチャコールグレーの生地なんかはどうでしょうか、弟さんはこちらのヴァンダイク・ブラウンはどうでしょう。お二人の髪の毛の色に映えると思います」
俺もアルフォンスも顔を見合わせた。そうなのだろうか?そういう視線を他所に初老の人間達はあれやこれや決めていく。
「袖口のボタンの数などはどうしましょう。3、4が主流ですが」
「そうですね。この子達は初めてのスーツですから、それで」
流れるように襟の大きさは、ベストの形は、ズボンの形はなど決められていく。俺たち2人はもう翻弄されるままである。
しかもその間に店主は俺たち2人の採寸をしてるので、終わる頃には疲労困憊だった。
「つ、疲れた……」
「僕も……」
結局殆ど親父に決められて(俺たちは時々どちらがいいかと聞かれて答えるくらいしかできなかった)終わった。フルオーダーのスーツは出来るまで2ヶ月かかるそうだ。
文献を見に行く前に、まずはどこかで足を休めたい。そういうと、クソ親父は「なんだ、もうそんなにへばったのか」と言っていた。ムカつく。
適当なカフェで紅茶を頼む。俺たちは全員紅茶派のようだった。
「ところで父さん、さっきのスーツのお代だけど」
「あぁ、あれは俺が持つから」
「そんな!悪いよ」
「けっ、出してくれるならありがたく貰っとけアル!」
「もう、兄さん、そんなこと言って」
アルフォンスをクソ親父が宥める。
「良いんだ。俺からのプレゼントということにしてくれ。俺も父親らしいことをしたいんだ」
「……けっ」
その後、俺たちは古書店を回って文献を探した。俺もアルフォンスも疲れてちょっと回れるか不安だったが、そんなものは新しい知識の前に吹っ飛んだ。しかし夜が差し迫ってきたところで、クソ親父とアルフォンスに意識を引き戻された。
「……い、エド、エドワード。そろそろ戻ってきなさい」
「……お、おう」
本から目を上げればクソ親父とアルの呆れた顔。
「もう、兄さんったら相変わらずなんだから」
「噂には聞いていたが凄いなエドワードの集中力は」
「ほんと、旅してた時はほんと困ってたんだから。今は僕もお腹が空くからなんとしてでもひっぺがせるけどね」
「あ、あー、夕食どうする?ここなら馴染みの店がいっぱいあるけど」
「じゃあ、あそこの食堂連れて行ってよ。司令部の近くの!」
「りょーかい。アンタもそれでいいか?」
「ああ、俺もそれで」
「おばちゃん覚えてるかな、僕たちのこと」
「んあー、覚えてるだろうけどアルも親父のことも知らんだろう」
「そうだよねー、なんにせよ楽しみだな。兄さんイーストシティに寄る時は絶対あそこに食事してたから」
わいわいと喋りながら角を曲がればもうそこに店が見えてきた。
店の中は相変わらず青い軍服姿もちらほらと見えて懐かしい。
おばちゃんに熱烈歓迎され、(その際、背が伸びたねえ〜と褒められて俺はもう上機嫌になった)席に着く。
それぞれ店の黒板に書かれたおすすめメニューを見て、頼むことにした。きのこと鶏肉のグラタン、チーズと卵の貧乏パスタ(ここのパスタはシンプルで美味い)、ほうれん草とベーコンのキッシュ、その他諸々。成長期のピークは過ぎてるとは言え男3人。これくらいは余裕だと思ったのだが、クソ親父の調子が悪く、いくつかは俺たちが引き受けた。
「歳だな。しかしグラタン、美味かったな。今度作ってみよう。なかなかああいうのは食べる機会がなかったからな。エドワードはいつもこんなに美味いものを食べてたんだな」
「んー、まぁな。しかしクソ親父も調子悪かったんだな。頼み過ぎた。悪かったよ」
「まぁな。しかしエドワード、いつまでクソを付けてるんだ、せめて親父と……」
「それはムリ」
そんなやり取りをしながら俺は心のどこかで違和感を覚えていた。
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思えば、あの頃がクソ親父の体のリミットが出てきている兆候だったのだ。
年が明けてすぐ、クソ親父は寝込むことが多くなった。食事も少なくなって、それは明らかに死に近づいているものの体だった。
リゼンブールについて、親父とアルフォンスが家を建てる。
親父は思ったよりも寿命が長くて困惑しているが、覚悟を決めた顔をしている(さすがに孫の顔が見れるレベルかなとは思っている)
最初はつんけんしているエドだったが、
酒が入り、これまでの恨み節を大号泣して(寂しかったとか)ホーエンハイムが「ごめんなぁ」と抱きしめる。
ずべずべ泣いて、泣き疲れて寝たエドワードを運ぼうにも「重っ」となったのでソファに寝かせる。
その当たりからエドワードが「クソ親父」と呼ぶようになる。
親父の親父で、俺の鎧コレクションが……とかいいながら、いろいろとエドワードに喋る。
エドワードが生まれた時のころ、アルフォンスが生まれた時のこと。
春に花見?をしたり、暑さにやられたエドワードとアルフォンスを親父殿が介抱したり(ピナコのところに駆け込んだ)、秋にグラタンを親父殿が作ったり、冬に寒がりながら、星を見たり。
これまでを取り戻すように親子のことをする。
エドワードとアルフォンスも親父殿について話す。(この頃、父さんに当たり弱くなったよね〜)
年越してすぐ、親父殿の体ががくっと崩れて、寝込む。
「………あんま無理するなよ」
アルフォンスと親父殿の話は、ここらへんで入れたい。
「僕は父さんとこうして話す時間ができて良かったよ。」
アルフォンスがエドワードに負担をかけていた、親父殿から育児放棄を受けていたと思ってもやっとする話は入れたい
アルフォンスは西へ、エドワードは東へ行く。
エドワードのプロポーズどうしようかなぁ。
ホーエンハイムに優しいエドワードさん
エドワードは錬金術使えないようになった設定だな
ぜんぶ終わった後、なんやかんやエドワードとアルフォンスとホーエンハイム一緒に暮らす
憎まれ口もだんだん普通の口調になる
「まったくうちのクソ親父もしぶといぜ」
親父の体にがたがきている。
雲の影はやがて来る死
「……あんま、無理すんなよな!」
「おう、エドワードもな」
「知らないって怖いな。俺は親父のこと何も知らなかった。めんどくせえ体のことも、……どんな人生だったのかも。しれてよかった。知らないまま憎んでたら、後味悪かった。」