好きな人が相手だとね※にょたぎゆで根本さねぎゆ
鬼化して散々暴れ回っていた炭治郎は今やすっかり大人しくなって横たわっていた。これで本当に終わったのだ。長く苦しんだあの日々が。義勇はほっと息を吐きながら甘やかすように体を擦り寄せた。可愛い弟弟子が生きている喜びを全身に纏わせて頬擦りをした。
後に炭治郎は「あの時天国のような香りがしていたからやっぱり死んだんじゃないかと思った」と語った。
散々炭治郎を撫でた後に義勇は勢いよく隠を見た。隠は目だけでも分かるくらい怒っていた。「大人しくしてって言ってるでしょーがーー！」言葉で分からないならとジェスチャーも交えている。それでも義勇は言うことを聞かなかった。
「生き残っている者は？」
瞳には涙が膜を張っていた。縋るような、はたまた祈るような問い掛けに、隠も目を伏せながら首を振った。義勇は唇を噛んだ。皆死んでしまったのか。守れなかった、と悲しみに打ちひしがれていると、別の隠が義勇の前に片膝をついた。
「風柱様が全身を損傷されていますが、生きておられます。命に別状はありません！」
義勇は徐ろに顔を上げた。目はこれでもかと言う程見開かれている。眼の前の隠は微笑んでいるが、他の隠の顔は些か青白いようだった。どうしたのかと訝しんでいると眼の前の隠が目の端に涙を溜めながら言った。
「あちらでぐっすり眠っておられます！」
その瞬間隠達の心は一つになった。バカッ！その一言だった。風柱と水柱の不仲は有名だった。女性に優しい風柱が水柱相手には身も蓋もなく怒鳴り散らす。舌打ちをする。威嚇する。異常だった。なのに大切な仲間が鬼になり、殺す殺さない殺したくない、傷付けさせたくない助けたい、そんな思いで皆が戦っていた時スヤスヤとおねんねしていた嫌いな相手を許せるだろうか。もしかしたら水柱の手でちょっと弱った風柱の命が絶たれるかも知れない。絶対に言うなよと、皆で決めていたはずなのに。フリじゃねーんだよ。そう考えていると満身創痍の義勇が何かに突き動かされる様に立ち上がり走り出した。柱の速さだった。あの人腕一本無いんだよな、隠達は首を傾げた。瞬間、義勇の後を追うように走り出した。殺される、風柱殺される！水柱様死んじゃう！出血多量で死んじゃう！隠達は必死だった。疲労を忘れて走った。やっとの思いで追い付いた先、そこには義勇が不死川を見下ろして何も言わずに立っていた。不死川からはぐーすかぴーぴーと熟睡の象徴が聞こえる。もうだめだと、皆が手を合わせ祈った。南無阿弥陀。諦めるのが早かった。
すると義勇が突然膝から崩れ落ち色っぽく頬を赤らめそれを可愛らしく手のひらで覆い、奇声を発した。
「ふぁああああ♥」本当に奇声だった。でもちょっとえっちだった。その後の男達の間で水柱様の嬌声は流行になったと言う。
「寝てるっ、可愛いいいい♥」
もう何がなんだか分からなかった。そこに居たのは隠達の憧れ、高嶺の花の水柱様では無く、周りに花やハートを飛ばしに飛ばし歯止めが利かなくなった全身全霊の乙女だった。引く程の声量がまさかあの水柱から発せられているとは普通思うまい。
もう考える事は止めよう。そんなことより生きている喜びを実感しよう。恐らく命の心配は無くなったであろう風柱と全くもって元気そうな水柱を置いて、隠達は負傷者の治療に戻った。

好きな人が何をしても可愛いく見えるし格好良く見えてしまう、心の枷が無くなり乙女が留まることを知らなくなったにょぎの話。