断章 誰もおれを傷つけることはできない、と。トラファルガー・ローは確信している。同じように、この世界は二度とおれから心を奪えやしないのだ、と。トラファルガー・ローは知っている。知って、いるのだ。奪う、奪われる、その道からは既う下りている。
あなたはわたしのもの。わたしはあなたのもの……。故郷で戯れに読んだ詩集にあった言葉が不意に蘇る。何もかもが完全な白で構成された、温い清潔な部屋。広い洋机。レエス編みのクロスと半透明の碧い花瓶。低く飛び跳ねる動きで子供の身にはやや大きな椅子に座りこむと、活けられた花が身動ぎするように、ゆら、ゆらと揺れていた。茎も葉も花弁も、何もかもが白い花。分厚い本の、微かに黄ばんだ頁を捲った、白い午后の記憶である。あなたはわたしのもの。わたしはあなたのもの。本当よ、だから……。
一言一句違わず思い出せるそれを舌で玩び、頬に浅い窪みをつくる。充足を知る、残酷めいた静寂が灯り、咲く月の息は囀る微笑となって世界に放たれる。呼吸同然に裂けた口脣はそうやって新たな永遠を、産むのだ。誰もが辿り着く場所を記した指が気儘に躍る、春めいた陽気を悦ぶような、うぞうぞと蠢動、芽吹き目醒める生命と死、自然の道理に則り遊んでいる。捕らえた獲物に目をあてる獣の如く開け放たれた脣、その傲慢な捕食者の微笑い。
「おれも、あんたも、鍵は捨てた。だから……」
皮膚に縫い付けるように一音、一音を刻む、鈍い話しかたを胸の鼓動が追い越してゆく。愛おしい心臓が鳴っている。鼓動に沈黙が愛、遅れて言葉が迫る。
「だからずっと、おれのなかにいる。おれだけのなかに、いるんだ。」
火が、鳴いている。胸に刻んだ永遠が燃えている。決して消えぬ炎。手の甲を死の指でなぞれば聖なる十字が微笑んだ。空を見ずとも太陽は此処にあるのだと、青年の脣が得意を描く。なァコラさん、そう呼びかける。呼びかけることが大切なのだと知っている。運命の糸を裁つ破滅、苛烈なる慈愛、知る、矢を番える矢。独りで為される白の行進は断じてかれの孤独を意味せず、また、誰であろうとかれの孤絶に踏み入ることはできない。侵犯から隔絶された永遠を携え、トラファルガー・ローは火を着けるだろう。世界に火を放つだろう。起こす、胎動する世界の畝り、灼熱の無音はかれだけのものである。想う、理解する、あれはきっと、何もかもがagapēだった。見返りを求めない愛。災害のような愛。
「なァコラさん。あんたが大好き。」
ただそれだけだ。ただ、それだけなのだ。それだけが全てになり、かれらは愛の友人で、愛の同盟者で、あった。愛は理由にならない。愛は万能薬ではない。そんなことは知っている。それでも、やはり、それだけなのだ。愛だけで、愛ばかりだった。愛しかなかった。ロシナンテとローとはあの日、嵐の海、永遠の沈黙を共有したのだから。