水性と油性の違い『最近園児達の落とし物が増えております。自分の持ち物にはしっかり名前を書きましょう』
幼稚園へパンを迎えに行った際に渡されたプリント。そこに書かれていた文字は通っている園児の親へ向けられたメッセージだった。
「ママと一緒にお道具にはちゃんと名前書いてあるから私は平気!」
しっかり者の二人は既に対策済みらしい。流石だなと頭を撫でるとにこにこと喜ぶ小さい子の姿。その姿にあいつの面影を感じ癒やされていく。
パンの持ち物に目を向けると告げられた言葉通り、あちこちに『パン』と書かれている。ビーデルが書いたらしきしっかりとした文字もあればパンが自分から書いたのであろう少し線が歪んでいるが大きく勢いのある文字もある。
こんな形の所有の主張があるのだなと地球人の文化に感心していると足元から声がした。
「ピッコロさん、あのさ……」
※※※
「悟飯、手を出せ」
「わかりました……?」
部屋で仕事をしている悟飯に要望を口にした。言われた通り掌を差し出してきた悟飯の理由を求める視線を気づきつつも無視をして、掌の中心に手にしていたマジックでとある文字を書き込んだ。
「ナメック語ですよね?なんて書いてあるんですか?」
「さぁな」
ひっくり返し、手の甲にも書き込んでいく。その次は腕に書いた。
「足を出せ」
「はい」
足の脛、足の甲と裏。
「次、背中だ」
「は、はい……?」
服を脱がせて背中に大きく、その後胸にも同じく大きく書いた。
「範囲が広いな……うむ」
鎖骨、腹、首筋、喉へ追加。
「擽ったいです……!」
抵抗はしないが文句を言い始めた悟飯を『黙れ』の一言で静かにさせた。実行犯のオレが言うのもあれだがこの異様な出来事に少しは抵抗感を感じた方がいいと思った。
「もう……ピッコロさんじゃなかったら一発はお見舞いしてますよ」
前言撤回。オレ相手だけなら許そう。笑いをこぼしそうになる口元がむずむずするのを耐えつつ、続きの作業にとりかかる。
「目を瞑れ、次は顔だ」
「はい」
大きな瞳が閉じられた。邪魔なメガネを外して壊れないよう机に置いた。
まずはおでこ、次に頬。鼻にも書いておこう。
「……む」
顔のパーツであと一箇所、書きたい所がある。しかしそこにインクを乗せるのは流石に憚れた。少しの間停止した行動に作業が終わったと勘違いしたのだろう。悟飯の瞼が上がり瞳がこちらを捉えた。
「まだ終わっていない。仕方ない、ここは書くのは諦めるか……」
顎を持ち上げ未だ無事なパーツへと顔を近づけるとそのまま口づけをした。書けなかった分深く、強く、味わっていく。
暫く堪能し、唇を離すとそこには瞳を蕩けさせた相手が見える。その姿を見て唇に書けない悔しさは何処か彼方へと飛んでいった。
「そろそろ、理由……おしえて、ください……」
「今度気が向いたらな……おっと、あそこを忘れていた」
「あそこ……?うわぁっ!?」
悟飯の身体を床に倒しうつ伏せにさせ、勢いよくズボンと下着をずらす。現れた程よく引き締まった肉の塊、尻の左右それぞれに書き込んだ。
「よし完成だ。じゃあな、オレは帰る。マジックはパンに返しておいてくれ」
「帰る!?え、マジック?はいパンにですね?」
悟飯の手に使用していたマジックを乗せて窓から外へ、自宅のある方角に空を飛ぶ。
飛び立ったオレの背に『また明日来てくださいねピッコロさんー!』と悟飯の声がタックルをした。
オレが言うのも本当あれだがここまでされて言うことはそれだけか悟飯よ。
「一体なんだったんだろう、ピッコロさん……あ、パンちゃん、はいこれ」
「あ、ピッコロさんに貸したやつ!……ピッコロさん沢山使ったんだねぇ。これ私の知らない文字だ」
「これはナメック語だよ。なんて書いてあるのかはわからないけど」
「私分かるよ!ナメック語知らないけどこれは分かる!これはねぇ……」
※※※
自宅へ戻り自分用の椅子へと腰掛ける。頭に浮かぶのはかつて自身を魔族だと主張していた頃の自分の言葉。
『この世界を征服する』
今の、ただのピッコロにとっては正直どうでもいい言葉。世界には興味がない。欲しいのはただ一人。あれさえ傍にいればそれでいい。
風呂に入ればすぐに消えてしまう主張の印だが一時の間だけでも己だけのものへと出来た満足感にずっと我慢していた笑みが溢れた。
『にゃ〜にゃ〜』
む、電話か。誰からだ?悟飯?あいつなら気を飛ばしてくる筈だが珍しいな。もしやもう文字の意味に気づいたのか?
「なんだ、悟飯……」
『油性ー!』
今日オレは水性と油性の違いを知った。
終