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    裏稼業Mr.兄弟と🟩と💊🟩の話。
    ブララグ風味です。
    今回は特に特色が強いのでご注意を。

    #r-18g
    #シグエリ
    #腐マリ
    rottenMarijuana
    #r-18
    #ドクエリ
    #ディメエリ

    Mr.苦労人警察が来る前にと死体まみれのピザ屋から逃げ出し、自宅へ帰ってきた一行。返り血を落とす為にシャワーを浴びに行くシグマの横を通り、ドクタールイージは青い顔をするルイージをベッドへ寝かせてやる。
    「…………ごめ、ドクター」
    「大丈夫だよ。今はゆっくり休んでね」
    申し訳無さそうに眉を下げるルイージ。その髪を優しく撫でてあげれば、彼はそっと目を閉じる。今日の事がトラウマにならなければいいがと思いつつドクタールイージは部屋を出た。
    それから足を向けたリビングで、今朝のようにソファーに座りテーブルに足を乗せて煙草に火を付けているエルと目が合う。どうやらそこが彼の定位置の様だった。
    「銀幕が実家のスーパースター様でも、苦手なもんはあるんだなぁ」
    「得意不得意の話じゃないよ、あんなもの」
    「そういうおめぇは得意そうだが?」
    「ボクは見ての通り医者だから、他の人より血や臓物には慣れてるってだけだ」
    ドクタールイージも今朝と同じ様に向かいのソファーへ座る。丁度その後、シャワー室から出てきたシグマが頭を拭きつつ、スマホを操作しながらリビングへやってきた。
    「える、どどんたす、連絡」
    「なんて」
    「『はくしゃくサマドハツテン。チュウイサレタシ』」
    「ハ〜ッ、わかりきった事をわざわざどーも」
    エルは呑気に欠伸を返した。
    「伯爵に悪かったって伝えとけって言っとけ。まさかあのピザ屋に手ぇ出してくるとは思ってなかったって」
    「りょ」
    「ついでにナスタシアに頑張れって送っとけ」
    「りょ」
    「ねぇ、その伯爵って言うのは誰?」
    二人のやり取りについていけないドクタールイージは声を上げる。
    「あとそのどどんたすとナスタシアっていうのも…………」
    「どどんたす、なすたしあ、はくしゃくず、もとなかま、きほんみかた、ときどきてき」
    「っだからその伯爵ってのを先ず…………!」
    「わかったわかった。今から俺が教えてやっから」
    シグマの余りに簡素で端的過ぎる答えにドクタールイージは更に困惑し、エルは渋々といったように手を上げた。
    「伯爵ってのはここの最古参でありトップのマフィアのボスで…………アンダーランドの創始者みてぇな人だよ」

    ●●●●

    前提として、アンダーランドの成り立ちは初めから最悪の土地だった。
    エルが二人へ告げた通り、スカイランドの『規則正しい生活』や『綺麗な空気』や『何の変哲も変化もない何気ない日常』に馴染めなかった者、脱落した者、そもそも最初から肌に合わなかった者達が集まって出来上がったのがアンダーランド。そこへノワール伯爵とその恋人のエマが駆け落ちしてきた事から話は始まる。
    伯爵は元々は心根の優しい持ち主だった。そして何よりもエマを愛していた。その為に伯爵はペンを捨て剣を握った。暴力と恐怖という名の剣を握り、最悪の土地を『少しでも住みやすくしよう』と振るったのだ。その甲斐があってか無秩序の中にある程度の秩序が生まれ、伯爵の名が知れ渡る頃にはアンダーランドの生活は『外を歩いていてもいきなり殺されない程度』には安定したのだ。その功績により今ではその地位は確固たるものとなっており、住人は自分達を見捨てた政府よりとっくの昔に腐敗した警察よりマフィアである『ザ・ノワール』の方へ頼る始末である。
    それならそれで良かったのだ。どんな形であれそれで一定の平穏が保たれるならそれで良かった。しかし平和が長く続かないのがアンダーランドであった。
    ディメーン。元ザ・ノワール構成員であり、伯爵直属の幹部である『伯爵ズ』の元メンバー。常に仮面で顔を隠し、人を馬鹿にした喋り方をする本名年齡素顔共に不明の謎多き仮面男。彼はアンダーランドを再び混沌の世界へ呼び戻す為に、エマを殺害。自身に賛同する部下を引き抜いて『ザ・ノワール』を脱し彼をボスとするマフィア『オルヴォアール』を結成。彼は自身を特大の火種に変え、アンダーランドを自身の支配下に置こうと目論んだのだ。
    …………伯爵が自身の両手を血で血を洗う様な行為に及んだのは、一重に溺愛する恋人と慎ましやかに生きていきたかったからだ。外道なやり方といえど、彼はスカイランドでは結ばれる縁ではなかった彼女と結ばれる為に、全てを捨ててアンダーランドへやってきたのだ。そこで彼女と幸せに生きていく為に、決して認められない手段を選んだのだ。

    それらが全て水の泡となった。
    伯爵は血反吐を吐く程に怒り狂い、そして精神は修復不可能な程に崩壊した。

    ●●●●

    「…………それからザ・ノワールとオルヴォアールは今も殺し合いを続けてる。三年前の
    『あっちもこっちも爆破爆破事件』の頃よりマシだが、目と目が合えば即発砲は変わらねぇな。ここ最近は両者ともドデカイ一発を狙って水面下で模索してるらしくて少し落ち着いてるけどよ」
    ふぅ、とエルは煙草の煙を吐く。
    「俺らが食いに行ったあのピザ屋は伯爵と嫁さんの思い出の店だったんだよ。この土地では暗黙のルールとして『伯爵のアルバムを汚してはいけない』てのがあっからよ、誘き出すのが目的だったとはいえピザ屋で襲撃されるとは思ってなかったぜ」
    「それで伯爵という方は激怒してると…………」
    「そ。ま、シェフ共は生きてっから思い出の味が食べられなくなるなんて事はねぇと思うがな」
    灰を灰皿に落とし、エルは再び煙草を口に咥えた。そんな彼にドクタールイージは問う。
    「さっきシグマさんが言ってた元仲間っていうのは、君達は元々は伯爵の部下だったって事かい?」
    「おうよ」
    「はくしゃくズ。さいこうかんぶのメンバー。どどんたす、なすたしあ、元メンバーなかま」 
    Tシャツに着替え、タオルを首から下げたシグマがエルの隣へ座ってきた。
    「はくしゃく心壊して、めんどくさくなった。だからぼくたちぬけた」
    「嫁さんと仲良くしてたから『お咎め無し』でな。ほんっと嫁好きだぜあの人」
    「はくしゃく、普段やさしい。おとなしい。わりといい人。けど、およめさんめいにち前後イッカゲツ、あたまおかしくなる。なぐさめるおちつかせる、めんどくさいよ」
    「…………話を聞く限りだとディメーンという人が一番の悪役に聞こえるね」
    「あくやく。じっさい」
    「やっと少しは『人間が人間らしく生きていけるようになってきた』のをまた引っ掻き回したんだ。あいつはここじゃ赤い英雄野郎と肩を並べて嫌われてるよ」
    「じゃあボクらが襲われたのはそいつのせいなのかい?そいつの野望の為にボクらはここへ閉じ込められたっていうのかい?」
    ドクタールイージは少し苛立った声を上げる。混沌が好みだが何だが知らないが、勝手な自己満足に巻き込まれたというのなら怒りを覚えるのは当然だ。ドクタールイージはむくれた顔で返答を待つ。
    「いや、違う」
    だが返ってきた答えは想定外のものだった。
    「仮面野郎と繋がりがあるのかどうかはまだわかんねぇけど、少なくともお前らを襲ったのは別のヤツだ」
    「…………別のヤツって?」
    ドクタールイージの問いに、エルは煙草のフィルターを噛み締める。その顔にははっきりと嫌悪感が浮かんでいた。
    「『DBM』。アンダーランドの三大マフィアの中で一番のクソッタレ連中だ」
    煙草を噛み切らんばかりに歯を鳴らす。ありありと感情を示すエルに違い、シグマの表情は変わらない。
    「あいつらコウソウまきこまれ、ぜんいん死ねばいい」
    否、ただ単に顔に出ていないだけであった。吐いて捨てる口調がエルと同じ感情をありありと示していた。
    「…………そいつらのボスに俺ぁ今から会ってくるんだけどもよぉお…………」
    兎にも角にも行きたくない、その態度のままにエルは煙草を灰皿に押し付けると立ち上がる。身支度を整える女の様にエルは自然な流れで腰のホルスターから拳銃を手に取ると弾倉を開け弾数を確認。十分な量があると判断し、また装填し直し、ホルスターへしまった。
    「じゃあ行ってくっから、夕飯頼まぁシグマぁ」
    「りょ。オーケー、パスタ?」
    「おう」
    ひらひらと手を振るシグマに見送られ、エルはのそのそとリビングを出ていく。それから自宅を出ていく音が響き、シグマは振っていた手を降ろした。一連の流れを見守っていたドクタールイージは口を開く。
    「その、DBMのボスってどんな…………?」
    「ザ・ノワール、オルヴォアール、ついほうしゃ。もしくは弱小まふぃあ、はんぐれ。そんなハシにもボウにもひっかからないゴミにんげんども、金で雇う。つかいすてのいのちかねでそろえ、かねですてる。それがDBM」
    シグマの瞳は冷え切って、今にも空間を引き裂きそうだった。
    「そのボス、恋敵」

    ●●●●

    自宅から出たエルは一人、とある区間へ赴く。そこはアンダーランドの住民なら先ず近付かない区間であり、ザ・ノワールの構成員なら絶対に立ち寄らない場所であった。奥へ進めば進む程に人気が無くなっていき、まだ日中だというのに薄暗くなっていく印象を受ける。
    そして段々と漂ってくるは異臭、悪臭。
    ちらほら見える人影はどれもこれも意識があるのかないのかはっきりとせず、壁に寄りかかって座り込み全く動かない者や、反対に虚空を見上げてケラケラと高笑いを続ける者、腐った段ボールの上に座り慈悲の微笑みを浮かべながらゴキブリに聖書を読み聞かせている者、一心不乱に住宅の壁に幾何学模様を書き続ける者だったりとここは明らかに他の区間とは纏う雰囲気がまるで違う。その幾何学模様の塗料が人糞である事に気付いたエルは顰め面でその場を立ち去った。
    余りに異質なこの区間はマフィア『オルヴォアール』の縄張りであり、薬物中毒者の成れの果てが集まる『人生最期のショータイム』と蔑称されている区間であった。
    魚を持ってがむしゃらに走り回る者と遠くに確認しながらエルは建物内へ入り、地下へと進んでいく。その通路で存在した得体の知れないヘドロ色の液体を恍惚の表情で飲み干している者、大量の三角コーンを相手に全裸でセックスをしている者、自身の体に一ミリの隙間も無くフォークで切れ目を入れている者、それら全てを無視して突き進んだ先の扉をエルはノックもせずに開いた。
    その先は今までの異世界とは一転、モノクロを基調として几帳面に整えられた清潔な部屋が現れた。アロマでも焚いているのか空間の匂いすらがらりと変わった景色に、夢でも見ているかのような気分になってくる。
    「君が一人で私に会いに来るなんて、珍しい事もあるものだ」
    しかしながら、物が少ないデスクと革張りの社長椅子に座り最新式のパソコンを操る部屋の主から話しかけられて、エルの意識は現実に戻って来る。
    「Mr.Σはどうしたのかね?」
    「わかってる事をいちいち聞いてくんな」
    「ちょっとした世間話じゃないか」
    「お前と世間話する様な仲じゃねぇ」
    フレンドリーに話しかけられた声をエルは叩き落とした。けれどもそれを部屋の主は笑って受け入れ、パソコン画面から視線を外し、エルと向かい合う。
    その身形は医者であった。しかし着込むのは白衣ではなく黒衣であり、シャツも黒色。赤いネクタイが印象的な、何処となく相方を思い起こさせるその色合い。
    そして相方と同じく、英雄と瓜二つのその顔。
    「それで私に何の用事かな。Mr.L?」
    アンダーランドにすら馴染めなかった『人間の没落者』で構成されたマフィア『DBM』。そのボスであるドクターブラックマリオは温和な微笑みを浮かべて訊ねてきた。
    「何の用事ってちゃんとメールしただろうが」
    「うん?」
    エルの返事にドクターブラックマリオは唇を尖らせる。それから直ぐにパッドに指を乗せた。
    「…………すまない。資料整理に夢中でメールに気付いていなかったよ。とは言っても君が相手ならアポ無しでも私は大歓迎なんだがね」
    「けっ」
    「かけたまえ。今し方王族御用達の質の良い豆の味を堪能していたところなんだ。お詫びに一杯ご馳走してあげよう」
    「いらねぇ。長居するつもりはねぇ」
    「そう言わずに。久し振りの訪問じゃあないか」
    「いらねぇって言ってんだろ」
    来客用のソファーへ促されるも、エルは入り口付近から動こうとしない。席を立ち、コーヒーメーカーから自身のカップに珈琲を注いでいるドクターブラックマリオへ向けて明らかに敵意のある視線を向けている。
    「その質の良い豆と一緒に質の良い『粉』も飲ませる気なのはわかってんだからなクソ野郎。その手にはもう乗らねぇぞ」
    「ふむ、いらぬ知恵を付けてしまったか。素晴らしい成長振りだな」
    「それ以上何か言いやがったら眉間にもう一つケツ穴作ってやる」
    「…………それはそれは…………」
    優雅に珈琲を啜るドクターブラックマリオ。その余裕な態度がますます鼻につくが、ここへ来た目的を果たさないといけない。エルは込み上げる怒りを無理矢理飲み込むと、話を進めた。
    「あの世界的大スター俳優の片割れをクソ共に襲撃させてアンダーランドへ迷い込ませるように仕組んだのは、てめぇだな?」
    「如何にも」
    エルの尋問にドクターブラックマリオはあっさりと吐いた。
    「随分と素直だなァ」
    「あれだけ騒ぎを起こしておいて今更だろう。やはりスポンジの脳味噌はダメだな。お使い事すらままならない」
    「ピザ屋の襲撃が無くてもてめぇだろうと目星は付いてたぜ」
    大袈裟に肩を竦めるドクターブラックマリオにエルは言葉を繋げる。
    「話が出来すぎてんだよ。いくら無法地帯のアンダーランドってったって、そこら辺の道端でたむろってるようなゴミに政府が用意した警護車を突破するなんてありえねぇし、そもそもピンポイントで大物を狙えるとは到底思えねぇ。となれば裏で情報と武器を提供したヤツがいる。伯爵はアンダーランドの平和の為に政府と裏で繋がろうと試みてるし、仮面野郎はワンチャンありそうだが喧嘩売るにはリスクがデカ過ぎる。そうなったら実行可能かつ動機がありそうなのは、お前しかいねぇからな」
    「…………ふふふ、本当に知恵を付けたようだね。誇らしい気持ちだよ」
    椅子に座り直し、カップをソーサーに置いてドクターブラックマリオは肩を揺らして笑っていた。エルの眉間に再び皺が寄る。
    「イチイチ人を馬鹿にしねぇと呼吸が出来ねぇのか?あ?」
    「許してくれないかい?君が可愛らしくてつい、ね」
    「本当に殺してやろうか」
    「それもいいが、君はここへ来た理由は私の殺害ではないだろう?」
    ドクターブラックマリオは椅子を鳴らし、手の平を軽く振って話を促してくる。相手にペースを握られっぱなしなのが短気なエルにとってどうにもこうにも気に入らない。さっさと要件を済まそうと話を切り出した。
    「どっち狙いの犯行だ」
    「無論、同種の方を」
    「セレブじゃなくて腰巾着の方が本命だと?」
    「ああ」
    納得いかない顔をするエルに対し、ドクターブラックマリオは変わらずの余裕な態度で資料を一枚手に取り、読み上げるかの様に掲げた。
    「ドクタールイージ。彼は双子の従兄弟でね、まだ若いというのに勤勉で腕が良く、その能力を買われて双子の専属医師を務めているんだ。俗に言うと『優等生』というやつかな。常に精進を怠らず、同世代が夜遊びに夢中だった頃も学習机の上でペンを走らせていた健気で真面目な可愛らしい仔さ」
    ドクタールイージの『あらゆる個人データ』が印刷された紙を愛おしそうに撫でる。
    「…………そんな純粋無垢な仔を『此方側へ招き入れられたら』、それはとても甘美で感動的で天にも登る快楽の瞬間が訪れるのではないかと、私は信じているのだよ…………」
    紙で口元を覆い、ドクターブラックマリオはにたりと嗤った。その瞳は蕩けて歪み、理性が形を成していなかった。
    「…………変態マッド野郎め。外の奴らの方がよっぽどマシだぜ」
    「ふっ、言ってくれる」
    軽蔑の目も易易と受け流し、ドクターブラックマリオは資料をデスクへ置いた。
    「これは君にも関係のある話なんだぞ?私が無事に彼を手に入れられれば、私は君に構わなくなる。君のアナルヴァージンは損失の危機から一つ逃れられるという訳だ。どうだ?悪い話をじゃないだろう?」
    「隙あらば俺に薬盛って強姦しようと企んで、とうとうブチギレたシグマに半殺しにされた奴がそう簡単に諦めるとは思えねぇんだが?」
    「『物は試し』さ」
    「殺す」
    「落ち着きたまえ。短気は損気だ」
    「契約書代わりに片耳吹っ飛ばすのも有りなんじゃねーの?」
    「書面が欲しいならちゃんと正式なものを用意する。だからそんな物騒なものをここで見せびらかすのはやめなさい」
    「チッ!!」
    盛大な舌打ちのあと、エルはドクターブラックマリオの眉間に向けていた銃口を下げた。そのままずかずかとデスクへ近付いていく。
    「報酬は」
    「この額を」
    と、ドクターブラックマリオがサインして切り取り差し出してきた小切手を奪い取る。
    書いてある数字はゼロが六個。
    安い。
    エルはそう感じた。だが断る事は出来なかった。
    ドクターブラックマリオ。彼はアンダーランド出身でもスカイランド出身でもない所謂『流れ者』出身であり、その過去は幾度となくアンダーランドの情報屋が探ってきたものの、今の今まで誰にもその正体を掴ませていない。
    それは彼自身がアンダーランドで一番の情報屋であるからだ。アンダーランドの起きた事、はたまたスカイランドで起きた事の『表情報』も『裏情報』も全てが彼の所へ集まっていると言っても過言ではなかった。
    それに加えても彼はその名の通りに闇医者であり、その実力はトップクラス。そんな彼を敵に回すという事は即ち『この土地でまともに生きていけなくなる』という事。それを踏まえ、ドクターブラックマリオはこの金額を示してきたのだ。
    「(足元見やがって)」
    守銭奴め、とエルは心の中で毒づいて小切手を懐へしまった。
    「ところで赤い英雄は幾ら払うと答えたんだい?」
    「【要検討】だってよ。弟を見捨てる気だぜありゃ」
    「それは無いね。彼の弟に対する『過保護っぷり』は有名過ぎて、スキャンダルのネタが作れないとパパラッチが嘆いているくらいなんだよ。彼自身としては一刻も早く万金を積んででも弟を取り返したい筈さ。恐らくは我が王国の勇ましき政治家達がマフィアの脅しには屈しない、と全力で止めているんだろうねぇ」
    「へっ!政治家サマサマってよ!」
    無駄話に時間を割いてしまって予定より長居してしまったが、話は無事に済んだ。そうと決まれば用は無いと、エルは無言でドクターブラックマリオへ背を向けて歩き出す。そんな彼へドクターブラックマリオは助言した。
    「言い忘れていたが、いつもの様に来た道とは別の道で帰りなさい。私は君がここへ現れた際にはディメーン氏に一報を入れる事を条件に、拠点と安全を確保してもらっているからね。オルヴォアールの皆が君を捕獲しボスへ献上しようと血眼で待ち構えているだろうよ。…………まぁ、もしそうなった場合には『見学』させてもらうとディメーン氏と個人契約をしているから愉しみではあるが…………」
    くつくつと肩を揺らして嗤うドクターブラックマリオが見たのは、こちらへ銃口を向けるエルの姿だった。
    銃声。
    引き金を引かれる既で飛び先を変えた銃弾はその先にあったコーヒーメーカーに直撃し、破壊。保温されていたコーヒーがぼたぼたと零れ、大理石の床を汚していく。ドクターブラックマリオはそれを無言で見つめていた。
    「…………すまねぇなァ、手が滑っちまってよォ…………!!」
    煙立つ銃口を上に向け、エルは感情を隠しきれない声で謝った。その額には目に見える程に血管が浮き出ており、ピクピクと目元は痙攣している。どうやら彼奴を本気で撃ち殺そうとした本能を、僅かな理性がギリギリで回避させたようだった。
    「次、何か仕事を頼んだ時に代金上乗せしてくれて構わねぇぜ」
    「いや、いいさ。そろそろ買い替え時だったんだ」
    「ああそうかい」
    安全装置をかけ直し、ホルスターへしまう。そのまま扉へ手をかけた。
    「じゃあなクソ医者。街中で出会ったら殺してやるぜ」
    「肛門括約筋を大切にね。キティ」
    にっこりと笑ってひらひらと手を振るドクターブラックマリオを一瞥し、エルは足音を鳴らして立ち去った。

    ●●●●

    「…………っつー訳だってよぉ。あ〜もう、本気でムカつくぜあのいけすかねぇインテリ野郎が!」
    帰宅後、シャワーを浴びたエルはツナギを脱ぎ、タンクトップとチノパン姿でいつもの様にソファーへ座り、キッチンで夕食作りに励むシグマへ状況を説明。一通り終えた所で流れていた怒りがまた復活してきたのか、イライラとした様子でタオルで髪を拭いている。
    「もうブチ殺す、ブチ殺した方がいいんじゃねぇか?その方が喜ぶ奴らは多いだろぜってぇよ?情報も患者も奴が独占してるようなもんだし、死、死んだ方が世の為人の為ってもんだろうが、ァア?おい?アンダーランドの平穏、世界平和の礎に、殺していいよなァ〜?あんなの、なァァア?」
    「おちついて。える」
    込み上げる無限の殺意に意識が持っていかれてるのか、若干言葉がおかしくなってしまっているエルにシグマは水のペットボトルを持って隣に座る。
    「のんで」
    甲斐甲斐しくキャップを外してやればぶん取られ、エルはごくごくと豪快に飲み干していく。そうして空になったペットボトルを押し付けられてもシグマは文句一つ言わずにゴミ箱へ投げ捨てた。
    「ころすダメ。それぼく担当」
    「ァア?あいつを殺してイチモツを野良犬に喰わせるのが俺の夢なんだぞ!ふざけんなよ!」
    「ぼくだって。ノドモト掻っ切る。夢」
    「俺がドタマ撃ち抜いた後なら好きなだけしろ」
    「そしたらえる下半身。ぼく上半身もらう。とうぶさとうづけ。コレクター、たかくうれる」
    「だから好きにしろって」
    会話する事で殺意が薄れたのか、エルの言葉が元に戻ってきた。右手をタオルに置いたままに左手でスマホを操作すれば、そこにはドクターブラックマリオから送られてきたメッセージ。
    『明日の午後十八時、ショータイム十八番地にて』
    短いソレをエルは眺める。
    引き渡しの指定場所を眺めてエルは考える。
    このまま奴の言う事を聞くか否か。
    これからスーパースターが提示してくるだろう譲渡金の方が、彼奴が約束した金額より高額のは火を見るより明らか。
    だが国が絡んでくる以上、自分達の身の危険も明らかであり、金が無事に手に入る保障が無い。
    ならばまだ安全を保障できるこっちと手を組んだ方がマシだろうか?
    そんな事を考え耽っていたせいか、シグマが随分と距離を詰めてきた事に気が付くのが遅れた。 
    「おい離れ」
    「…………こーひー…………」
    「っは?」
    距離を取ろうとした右手を掴み取られる。その妙な力の強さに咄嗟にシグマを睨みつければ、そこには嫉妬の炎に燃やされた緋色の瞳があった。
    「える、におう、あいつの、におい」
    反論する間もなく、そのまま押し倒された。シグマは有無を言わさず股の間に潜り込み、エルの体の上へ覆い被さった。
    がぱ、とシグマの口が開く。
    「おまえはぼくのだ」
    口内に見える牙。カミソリの群れのようなソレはエルの無防備な首筋へ一直線へ降ってくる。その行動は動物のマーキングそのもので、発した言葉通り自身の所有物である印を深く深く植え付けようと迫ってきていた。
    が、待っていたのは噛み心地の良い肉の感触ではなく、不味くて固い金属であった。
    「ンゴガッ!!」
    無遠慮に口内へ異物を突っ込まれ、シグマは間抜けな声を上げる。反射的に思い切り噛み付いてしまい、口内に些かダメージを食らった。
    突っ込まれたそれはエルの愛銃だった。
    エルはシグマが迫ってくるや否や、スマホを放り投げて拳銃を引っ掴み、迷う事なく銃口を相方の口の中へ突き入れたのだった。
    「動くなよ」
    エルの緋色の瞳は冷徹であった。その事からシグマは口の中にあるこれが『万全の状態』である事を察する。
    暫くの間無言の見つめ合いを過ごしたのち、シグマは渋々といったようにエルの体の上から身を引いていった。
    「…………ちょっとくらい…………」
    「黙れ」
    ソファーの上でしょんもりと項垂れるシグマ。そんな事全くもって配慮せず、エルは体を起こして唾液まみれになった銃をタオルで拭いている。
    「いつも言ってんだろ。俺はお前のモンになった覚えはねぇし、誰のモンにもならねぇ。ヤりてぇなら男娼を買うなりハッテン場なりいってヤってこいやァ」
    ごしごしと銃を拭きながらエルは憤怒の目で睨み付けている。
    「何だったらあの鴨ネギのどっちかでも襲ってこいよ。同じ顔なんだからよ」
    「ぼく、える、ヤリタイ」
    「断固拒否する!」
    「えぇ〜?やだやだやだやだ」
    先程の剣幕は何処へやら。駄々を捏ね始めたシグマにエルは疲労の溜息を吐いた。
    「はぁ…………もう、俺の安息の地は一体どこにあんだよ…………」
    「ぼくのうでのなかっ!」
    「死ね」
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