王と騎士の話「いち、に、さん、し…………」
たくさんのオレンジの球体がテーブルの前へ集まって声を掛け合っている。それぞれが丸っこい手に握るのは文字や数字が印刷された紙切れのようだ。
「ご、ろく、しち、はち…………」
決まった枚数を束にして綺麗にまとめられているそれは、総枚数を数えやすくする事を前提として作られている。その束を一つ手に取り、枚数を数え終えたら束ねる帯を切り取り、袋の中へ無造作に投げ捨てていく。袋の中はバラバラになった紙切れが大量に収まっていた。
「きゅう、じゅう…………これで五十万枚ですね!」
「へぇ」
他の仲間と共に紙の数を数えていたバンダナワドルディはにっこり笑って玉座に座るデデデ大王にへ振り返った。それに対しデデデ大王は気の無い返事。
「みんなごくろうだったな。じゃ、手筈通りに配置について待っててくれ」
「「「はい!」」」
王の声にワドルディ達は元気よく手を上げ、袋を担ぐとバンダナワドルディを先頭にわにゃわにゃわにゃわにゃと部屋を出ていった。部屋に残る王は深い溜め息。
「助けてくれと泣き付いたくせに出したのはたったの五十億ぽっちかよ…………田舎星だからって舐めやがって」
憤怒の滲んだ声で呟き、デデデ大王は窓から外を見る。そこは緑豊かなポップスターとは程遠い、高層ビルが所狭しと立ち並ぶ灰色の世界だった。
現在、デデデ大王はポップスターを出て別の星にやってきていた。何でもこちらの星からポップスターの代表者と話がしたいという申し出が届き、それにわざわざ出向いたのが三日前。惑星間の移動手段としてピンク玉からワープスターを強奪してやろうと企んでいたデデデ大王だったが、それに待ったをかけた者がいた。
「大王」
オレンジの一頭身と入れ替わりにやってきたのは青い一頭身、孤高の騎士メタナイト。
両手を交差する独特のマントの羽織り方のままに、するするとデデデ大王の隣へと立つ。
「こちらの準備も整った。何時でも逃げられるぞ」
「…………くくく、俺様の命令とはいえ『逃げる』って言葉がまさかお前の口から出るとはなぁ」
「今の私は戦艦の主でもなく騎士でもない、貴方の部下の一人。立場に合った言葉を選んだだけの事」
「かっはっは!」
メタナイトが目を細めながら漏らした苦汁にデデデ大王は豪快に笑った。
デデデ大王に待ったをかけたのはメタナイトであった。独自の情報網からデデデ大王の事情を知ったメタナイトは『仮にも国の王を着飾る事もなく単身で別惑星の王と面会させるなど言語道断』と吐き捨て、戦艦ハルバートを貸し出してデデデ大王の部下達を可能な限り乗り込ませ、そして自分の兵士達、挙げ句の果てに自分自身も大王の部下として名乗り、大王としての面子を早急に作り上げて面会へ挑ませたのだった。
「面会室で所狭しと兵士が並んでいたのを見た時は、私の判断は正しかったと心の底から思ったぞ」
「あんなガッチガチに鎧着込んで鈍重になってる奴らなんか俺様のハンマーの敵じゃないぜ?」
「そういう話をしているんじゃない」
「結局何も起きなかったんだから良かったじゃねぇか」
「結果論を使うな」
「てか、向こうがお前の事を知っててそれでビビリ散らかしてたとこあるよな。何しでかしたんだメタナイト?」
「何もしてない。していたとしても、こちらに非は無い」
「お〜、おっかねぇおっかねぇ」
王と臨時王軍総隊長が会話する中、ハルバートは灰色の国の上を飛行していた。話し合いを終えた今、本来ならさっさと飛び立ちたいところなのだがデデデ大王の『とある提案』により、国を上から見て回るという名目でゆっくりと旋回している。
「で、どうだった。この国は」
再び窓の外を眺めつつ、デデデ大王は口を開く。その声は先程の会話のものより幾分か低い。
「お前もお前で調べたんだろ?」
「…………三日間という短時間で全てを調査しきるのは、流石に私でも無理だ」
メタナイトもデデデ大王にならい、窓の外を見る。
「それでも言える。この星は三年持たずに滅亡するだろう」
「やっぱりかい」
メタナイトの予言にデデデ大王も同意した。
暫く二人は沈黙し、静かに外を眺めていた。見渡す限りに灰色の外の世界は、全くもって生命の活気が感じられない。空も土も海も空気も水も汚れた、緑と生命の活気に溢れ出るポップスターとはほぼ真逆のような星。
「…………この星はこの星で何とか頑張って、自分の住民達を今まで生かしてきたんだろうが…………それも限界か」
「そうだ」
「居座った住民が悪かった。馬鹿だった」
「ああ」
「それで終ぇの話だな。これは」
「そうだな。それで終わりの話だ」
「……………………」
外を眺めつつ、ぽつぽつと語るデデデ大王。それは自分自身に言い聞かせているようで、メタナイトの相槌など聞こえていないのだろう。それでも構わずメタナイトは友の為に声をかけていた。
これから自分達がすることは自分達の星を、自分達の生活を平和な日々を守る為にこの星を見殺しにする行為だ。こちらが手を差し出せばまだ救える可能性がある星の命を見捨てる行為だ。その判断を下した、下さる負えない立場である王は『星の声』が聞こえる体質であり、ここに着いた時から星の悲鳴を聞き続けているに違いない。それは今、この瞬間にも。
「まぁ、ここのヤツらがそう簡単に手を引くとは思わねぇけどな」
一転、ニッと笑ってメタナイトに振り向くデデデ大王。それに対しメタナイトは何も言わず、情報提供に務める。
「私の部下達が城の地下に大規模な空間がある事を発見している。十中八九、軍事施設だろうな」
「俺様達がポップスターへ移民を許せばそこを拠点に侵略開始。許さなくっても軍艦に乗り込み攻め入って強引に侵略開始。…………っか〜〜〜!話が分かりやすくていいぜクソッタレ!」
はぁ〜〜、と大袈裟にため息を吐いて頭を振る。
「『呆れるほど平和』が売りの星になんてことしてくれようとしてんだかよ!」
そのままデデデ大王はのしのしと歩き出す。部屋を出ようとする王に、騎士は何も言わずについて行った。
…………ひらひらひらり、はらはらはらり。灰色の国へ雨が振る。その雨は独特の軌道を描きながら、ゆっくりと落ちていく。空を見上げたボロ布を纏う下層住民達はその雨の正体に気付くと目玉を飛び出す程に驚いて、我先にと外へ飛び出しては雨を掴もうと必死になっていた。その様子をハルバートの甲板にて見ているデデデ大王は大いに満足気であった。
「カッハッハッハ!いいぞ〜バンダナ!もっと景気良くやってやれ!」
「はい!大王さま!」
主君の命令に従い、バンダナワドルディはスラムの上空を飛ぶハルバートの甲板にて、小分けにした袋から短い手を一生懸命に動かしえっほえっほと雨を降らしていく。それを真似して他のワドルディ達も同様にえっほえっほと雨作り。
「やっぱ降り注ぐのは冷てぇ雨粒より、あったけぇ金粒ってなぁ〜」
ニシシシ、と笑うデデデ大王はとても愉しそう。それに対しメタナイトは少々不快そうであった。
「意図返しとはいえ、些か趣味が悪い」
「あ〜?金ってのは必要な所にねぇと意味がねぇアイテムなんだよ。だから必要な所にくれてやってるんじゃねぇか」
「それにしてもやり方があっただろう?」
「町の警備がキツすぎてワドルディ達を派遣するのは危険過ぎると報告してきたのはおめぇだろ」
「それはそうだが…………」
「つべこべ言うんじゃねぇっての!今は!楽しめ!」
バシン!とメタナイトの背中を叩くデデデ大王はニマニマと笑っていて反省やら後悔やらの色など一切見当たらない。論理だの何だのを言う前に心の底から『してやったり』と思っているに違いない。
何だかんだとプププランド、強いてはポップスターの為にと身を削って行動できる彼だが、その本質は幾年月経っても『迷惑大王』から変わっていない。
そしてそれを良しとして受け入れている自分を自覚しているメタナイトはそれ以上反論な
どせず、反撃もしなかった。
袋の中身が終わりかけた頃、メタナイツの一員がメタナイトに駆け寄りそっと耳打ち。それにメタナイトは頷くと、甲板に立つ乗組員へ声を上げた。
「総員!早急に艦内へ戻れ!今し方こちらへ向かう戦闘機を感知したと報告が入った。追い付かれる前にポップスターへ帰還する!」
「「「らじゃー!!」」」
メタナイトの掛け声にワドルディ達は一斉に返事を返し、バサバサと袋を空にするとわにゃわにゃわにゃわにゃと艦内へ撤退していく。それを見送って最後尾を悠々と歩くデデデ大王とメタナイト。
「へっ、おいできなすったかぁ」
「貴方の挑戦状が余程鶏冠にきたと見える」
「そうでなくっちゃなぁ」
デデデ大王は目を細め、いずれ対峙する敵を見据えて挑戦的に笑う。
「俺様の部下を鼻で笑いやがった仕返しだ」
それを聞いたメタナイトは珍しく声を上げて笑ってしまった。
「さて、これから忙しくなる」
「今度こそピンク玉無しで親玉諸共ぶっ飛ばしてやるぜ!!」
「今回は自分で喧嘩を売っているんだ。後始末は自分で付けるのが当然というものであって、そう意気込む事ではないぞ」
「言っとくがお前も共犯なんだからな?」
「…………はぁ。『呆れるほど平和な星に住まう大王』の台詞ではないな」
「とか何とか言って、大義名分片手に存分に剣を振るえるチャンスが来た事に興奮してるのわかってんだからなッでででででッ!!腹の肉をつねてくんなッ!!!」