ケーキ、追加注文で【田端】 軽井沢風の、とでも言えばいいのか、とにかく小洒落た喫茶店で、室生は目の前の堀と中野がケーキを食べる姿を眺めていた。堀のお気に入りの喫茶店。店自体は小さいが天井が高く開放感がある。格子組の窓からは夏蜜柑のような光が差し込んでくる。
天然木の四角いテーブルの上には数本のベニバナが飾られている。綺麗なのだが二人を見るのには邪魔だなと、室生はガラスの花瓶をテーブルの端に寄せた。
「どうしたんですか、犀さん」
「いや……それよりシゲはそれだけで足りるのか?」
中野が気づいて尋ねてくるのをなんだか気恥ずかしく思いつつ、室生は話を逸らした。
「そうだよ、しげじ。足りないんじゃない?僕の一口あげるよ」
堀が自分のケーキを一口分フォークに刺して、それを中野へ差し出す。「辰、いいよ」「いいから食べて」、そんな会話を微笑ましく眺めつつ、室生はメニューを手元に引き寄せる。今日は二人を労うのが目的だった。武者小路が夏の休暇を取って四人で旅行に出かけてしまったのと、同じ時期に徳冨も休暇を取ったため、その間だけ畑仕事を手伝ってもらったのだ。
「シゲ、ホットケーキがあるぞ。季節のフルーツもついているそうだ。今日は俺がご馳走してやるから遠慮なく頼め……」
「犀!!」
急に誰かが慌ただしく店に入ってきたなと思ったら、いきなり名前を呼ばれて室生は振り返った。萩原がよたよたとテーブルの間を歩いてやってくる。その後ろを芥川が悠々とした足取りで店内に入ってくる。萩原は室生たちのテーブルにたどり着くと「ひどいよ犀」と上気した顔で言った。
「なにがだ。っていうか朔、店で騒いだら駄目だろう。とにかく座れ」
室生が隣の椅子を引いてやると、萩原はうなずいて腰を下ろした。芥川が空いている椅子を引き寄せて、当然のように誕生日席に収まった。堀と中野は突然現れた二人に驚いてフォークを持つ手が止まっている。
萩原が室生を見て、もう一度さっきの台詞を繰り返した。
「だからなんでだ」
「だって犀、自分と龍くんを置いてお茶に行っちゃうんだもの……」
「は?これは二人が畑仕事を手伝ってくれたお礼だぞ。朔は手伝ってくれと言ったら断ったじゃないか」
すると萩原はおどおどとみんなの顔を見回して、
「畑?そうだっけ?……というか龍くんが、犀が自分たちを置いてこっそりお茶に行ったって言うから……」
「おい……芥川には出がけに理由を言っただろ」
芥川とはちょうど室生が部屋を出た時に、ばったり廊下で出会ったのだ。出かけるのかと聞くから、正直に行き先と目的を告げたのだが。
──こいつ、ひとりで乱入するのが嫌で朔を巻き込んだな?
室生が芥川を軽く睨むと、芥川はいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべた。中野はといえば少し呆れた顔で芥川を見ている。
テーブルの上は給仕が持ってきたお冷の杯が二つ増えただけで、にわかに賑やかになった。テーブルの上は賑やかだが、室生は腕組みをして黙っている。賑やかな雰囲気とは言いがたい。
萩原は恐縮したように肩をすぼませて、「あの、自分は帰った方がいいかな……?」と席を立とうとした。堀が焦って腰を浮かせた。
「あ、あの。僕は朔太郎さんと芥川さんが来てくださって嬉しいです。大勢で食べると美味しいですよね。だから朔太郎さんもここにいてください」
「そ、そう?」
堀の言葉に萩原は椅子に座り直す。すかさず芥川が、
「そうでしょ。さすが辰ちゃんこ」
と言ってえへんと胸を張った。なんでそんなに偉そうなんだ。もう怒る気にもなれない。それに、みんなの世話をするのはそう悪い気分でもないのだ。室生は諦めて言った。
「もうお前たちなんでも好きなものを頼め。俺のおごりだ。シゲももっと頼めよ。懐の心配はしなくてもいいからな」