即物的三分間ピッ。音が聞こえた後、足早にベッドに戻り毛布に潜り込んだプロシュートが、そのうちにふとオレの頭を両手で掴み「リゾット」と言った。
「おまえはいい男だ」
コツンと押し付けられた額の下、青い瞳から放たれる視線が、真正面からオレを貫く。
「決断力も行動力もある。頭が切れるから、メリットとデメリットをしっかり天秤にかけて、自分にとって正しい道を選択できるし、頭で考えてるだけじゃあねぇ、そうやって選んだ道を実際に、着実に、歩き出すことができる。それが多少困難なことでも、他の人間なら足が竦むようなことでもな。寡黙なおまえのその姿は周りに勇気を与えるし、その背中は人を惹きつける。背負ったもんの重さをものともしねぇおまえの背中には、オレも惚れ惚れする。その筋肉は飾りじゃねぇ。強くて頼り甲斐があって、そのくせ哀しげで、最高にセクシーだ。たまらねぇ。オレはおまえの背中をずっと見ていられる。ずっと信じていられる」
黙ってその目を見返していると、プロシュートはもう一度「リゾット」と、優しくも力強い声で言った。
「もう少ししたら、タイマーが鳴る」
はっと気付き、ベッドサイドのチェストの上に目をやる。連なったパックのコンドームを端に追いやり、狭い平面を占領する2本の缶ビールと、箸を載せた2つのカップ麺。日頃はまずしないが、軽めの夕食を早くに終えたことによる空腹感に加え、明日から三連休という気の緩みと昂りで、事後の深夜にも関わらず手を伸ばした。底冷えする寒い夜に温かい毛布から出るのは相当苦痛だったが、寝床で食べるための支度を、背徳感ゆえの妙に高いテンションで手際よく分担して整え、準備万端で再び毛布に潜り込んだはずだ。だが、電気ケトルの湯を注いだ容器をオレが片手ずつに掴んで慎重に運ぶ合間に起動させたタイマーを、こいつはそのままキッチンに忘れてきたらしい。
「なァ」
既にビールには口をつけていて身体が冷え始めている。少なくとも食べ終わるまでは絶対にベッドから出たくない。しかしあのタイマーは停止ボタンを押さないと、結構な音量で、故障しているのかと思う程延々鳴り続けるのだ。日中ならいざ知らず、深夜にあの音を鳴り響かせるのは近所迷惑甚だしい。
「惚れ直させてくれ」
正直、間近で揺れる睫毛の長さと鼻先の尖り、口に生温くかかる息のエロさに気を取られ、話の中身はあまり入ってこなかったが、何かやたらと大仰な褒め言葉を浴びせられたのは分かった。何だか別人が乗り移ったような立て板に水の勢いは、芝居がかってはいたが、その雰囲気はやけに真に迫ってもいた。
「……乗せるのが上手いな」
「乗るのもだろ?」
「ああ、おまえは完璧だ。オレもおまえを信じてる」
うそ寒い台詞回しを引き継ぎ言う。
「おまえの責任感の強さを、何よりも信頼している」
ここで甘やかすと図に乗る。
じっと見つめるオレの目をプロシュートは瞬きもせず見返し続けながら、「……わかった」とゆっくり額を離した。
「今惚れ直しておけば」
神妙な顔で、容器の紙蓋の上に載せた箸を一本だけ取る。
「連休中はずっと」とカラフルな紙に筆文字風のフォントで印刷された「生麺」の真ん中に箸は動き、左側の一字を、僅かに白味がかったその尖端で真上からぐぐ……と突き刺すようにたわませた。
「こうだったんだろうけどな」
素足の裏に冷えたフローリングが痛い。
「コショーも!」とふてぶてしい声が背にかかる。冷蔵庫に到着したのは3秒前だった。数字がひとつずつ繰り下がるのを見て、0に変わる寸前に停止ボタンを陥没するほど強く押し込んだ。ピッ。