星空エトランゼ はっと狐が目を覚ます。
先程まで自分達を押しつぶさんばかりに広がっていた異様な宇宙は今は無い。代わりに星座図鑑で見るような星空がプラネタリウムのドームに映し出されている。意識を失う直前まで座っていた座席に、無事に戻ってこられたようだ。
ほっとしたのと同時に、狐は座り心地の良い座席にずるずると沈んだ。
あぁ、またこういう系かぁ…。戻れて良かったぁ…。
安堵と疲労の色が浮かぶ顔を両手覆う。カチカチっと眼鏡のフレームに硬いものが当たる音がした。何だっけと両手を顔から離すと、紺色のリストバンドの星型のチャームが目に留まる。二つ並んだ石を見てふっと思い出した。
そういえは、暁さんは?
狐が視線を巡らせると、そう離れていない場所に雨雲色をした頭を見つけた。小さな体が座席に深く沈みすぎている。まるでようやくチャイルドシートに座れるようになった子どものようで、狐は思わず笑ってしまう。
少し見逃した部分もあるが、プログラムはまだ続いていた。もう一度深く座席に座り直し、リクライニング式の背もたれを倒す。ドームの天井に映された星空を見ながら狐は先程の部屋の質問を思い出した。
不機嫌そうに頬杖をついて足を組んでいた狐に対し、暁はしっかりと膝に両手を置いていた。
…今は自由の楽しさを知っているから、もう不自由には戻れないです。
暁の言葉を思い出し、狐はまた吐く息で落とすように笑った。暁は小柄ではあるが、その声や顔色は中年である。それなのに考え方や刺激に対する反応はまるで子どもだった。それも自我が芽生え始めた幼児期。探偵事務所にやって来る未成年の依頼人よりも、ずっと幼い印象だった。
優しいオルゴールの音色をBGMにして音声が流れる。
「次はうみへび座です。そしてこの星がうみへび座の首星の二等星「アルファルド」です。このアルファルドという呼び名はアラビア語で「孤独なもの」という意味を持っています。周囲に目立つような明るい星がなく、ポツンとさみしそうに孤立して輝いていることから名付けられました」
プログラムが終わり、足元に気を付けるようにとアナウンスが流れる。ドーム内が明るくなると同時に人々が席を立ち、ガヤガヤとした喧騒が戻ってきた。星空の旅は終わったのだ。
狐は白波のお土産用のポップコーンを片手に立ち上がった。暁を探す。暁はまだ座席にいた。人の波が切れるのを待っているようだ。
狐がすっと暁の前に立つと、朝焼けのような優しい桃色の瞳が見上げてきた。
「自由って良いモンでしょう?あんな馬鹿騒ぎも楽しめるんですから」
狐は口の中で小さく呟いた。
ようこそアルファルド、星の海へ。