巌勝少年と無惨様 無惨様の年齢設定は大人でも子どもでも良いですが、是非ハピエンで… 春休みに父に連れられ、東京に遊びに来ていた時だった。
仕事が忙しく全く構ってくれない父の代わりに、父の秘書が気を遣って遊園地に連れてきてくれた。だが、中学2年にもなって、オッサンと二人で遊園地に来ても楽しくとも何ともない。こんなことなら東京になど来るのではなかったと思うが、父はパーティーで自分を見せびらかしたかったようで、どうしても来るしかなかったのだ。
「飲み物でも買ってきますね。何が良いですか?」
「アイスコーヒー」
「畏まりました!」
秘書が売店に向かった隙に、その場を離れて、ひとりで園内をぶらつくことにした。
同じだったら、浦安のあのテーマパークに連れてきてくれたら良いのに、どうしてこんな山間部の田舎の遊園地に連れてくるのか、どこまでもセンスの悪い男だと思っていた。
園内はガラガラで、人混みが苦手な自分にとっては丁度良いが……と思っていると、足元に子供がいることに気付かず、ぶつかってしまい、子供が転倒して泣き出した。
「ごめん!」
急いでしゃがみ込むと、子供、4歳くらいだろうか。男の子が「おかあさん」と大声で泣き出した。
「お母さんはどこにいるの?」
怪我はしていないようだが、あまりにもギャンギャン泣くので困っていると、どうやら迷子であるということに気付いた。
「お母さん、いなくなったの?」
そう尋ねると、何度も頷く。転倒させたお詫びのつもりで、子供を抱き上げ、迷子センターまで連れて行くことにした。迷子センターに行けば、うちの秘書もいるだろうと思っていた。秘書からすれば自分も立派に迷子の児童扱いだろう。
抱き上げているうちに泣き止んだ子供に話しかける。
「君、名前は?」
「……!」
何と言う名前だっただろうか。名前は思い出せないが、元気いっぱいに答える様子が可愛くて、何と無く笑えてくる。何を尋ねても、たどたどしい言葉で答えるのが面白くて、ついつい話しかけてしまう。兄弟がいないので、弟がいるとこんな感じだろうかと楽しくなってくる。実際、その子供は、自分が抱っこしているせいか、きゃっきゃと嬉しそうに笑っているので、周りから見ると兄と弟に見えたのかもしれない。
迷子センターに直行しようと思っていたが、あまりにも楽しそうな表情を見ていると、何と無く自分も楽しくなってきたので、遊園地内をちょっとだけ見て回り、園内アナウンスが流れる前にきちんと迷子センターへと連れていった。
「無惨様!」
案の定、うちの秘書も迷子センターにいて、泣きながら自分に抱きついてくる。万が一誘拐でもされていたら、どうしよう! 切腹だと気が気ではなかったようだ。
「それより無惨様、そちらのお子さんは?」
「僕の子だ」
そんなジョークを言うと秘書が真っ青になる。まぁ、父も祖父もそういう人間なので、自分も同じように見られているのかと、若干引いた。年齢を考えたら解るだろう、馬鹿め、と思ったが、迷惑をかけたので黙っていた。
子供の両親も迷子センターにいて、その子と同じ顔をした子供を抱えていた。
「有難うございます!!」
両親は子供を抱き締め、こちらに何度も頭を下げてくれた。秘書は「衆議院議員鬼舞辻の長男です」とさりげなく父のアピールをしていたが、迷子の息子が見つかった喜びで、多分聞こえていないだろう。
「おにいちゃん」
くいっと自分のシャツの裾を引っ張ってきた。
「どうした?」
「ありがとうございました」
親に言われたのか、ぺこりと頭を下げた。利口な子だと感心した。
「良くできました」
頭を撫でてやると、嬉しそうに満面の笑みを見せる。もうひとりの子は指をしゃぶったまま母親にしがみついているが、双子で4歳だと聞き驚いた。迷子の子供は年齢より上に見えるし、双子の弟は幼く見えた。
家族4人はこちらに礼をして去っていくが、双子の弟は母親に抱かれているのに、その子は父親に手を引かれ自分で歩いていた。だから、自分が抱っこして歩いた時、あんなに嬉しそうだったのか、と思うと胸が痛む。
「……くん!」
名前を呼んで、傍に駆け寄った。しゃがんで耳元で囁く。
「良い子にしていたら、また会えるよ」
4歳児にその言葉が通じるか解らなかったが、何と無く放っておけなくて、そんなことを言ってしまった。
「はい!」
嬉しそうに笑い、振り返って何度も手を振ってくれた。
あの子供は何という名前だっただろうか。
黒死牟が双子の弟がいると言い出した時、このことを思い出した。
「あの子も双子だったなぁ……」
ぼんやりと思い返すが、名前がどうしても思い出せない。そう言えば、何と無く黒死牟に似た面影のある利口な子だった。それに年齢差も自分たちくらいだろうか、と思う。
そう言えば、あの遊園地は、先日黒死牟が仕掛けたあの遊園地だった気がする。遠い昔のことで忘れていたが、自分もあの遊園地に子供の頃に行っているのだ。
「……まさかな」
そんなドラマティックなことが起こるはずがない。自分も随分と甘ったるいことを考える人間になったなと苦笑いしながら、気持ち良さそうに眠っている黒死牟の額にキスをして、あの時の子供が幸せに暮らしていることを願って眠りに就いた。