シンプル、カジュアル、ラフなペアコーデで、公開用のオフショットを撮影するむざこく 無惨と黒死牟が仕事上だけでなく私生活でもパートナーであると公表してから、どれくらいマスコミに囲まれ、あることないこと書かれるかと心配していたが、取り立てて大きな生活の変化はなかった。
職場は二人の関係を元から知っていたし、世間も最初は騒ぎ立てたものの「鬼舞辻事務所のイケメン秘書」として有名だった黒死牟が相手なので、目新しさは全くなく、何ならそのブームは何度も来ては去っている為、改めて何かを紹介する必要もなく、すぐに次の話題が出てくると二人のことは忘れ去られてしまった。
そうなると納得いかないのが無惨である。
「わざわざ公表してやったのに!」
自分に割く時間が無名に近いアイドルの熱愛報道よりも少ないことに本気で立腹しているのだ。あんな小娘がこれまたションベン臭い小僧と付き合っていることより自分たちが関係を公表した方が世間的に気になるに決まっていると思い込んでいるのだが、職場内だけでなく国内外でも「あの二人は交際している」と一種の常識になっていた上に、公表を称えるような風潮も最早古いとなると、ただの政治家の結婚、それだけなのだ。
無惨と違い、黒死牟は色々悩み苦しんだ末に選んだ結論なので、これだけ波風立てず世間に受け入れられていることを嬉しく思っていたが、目立ちたがりの無惨が納得しないことも知っている。
それからというもの、無惨は事あるごとに公式の場に黒死牟を「パートナー」として見せびらかすように出席した。ドレスアップした二人の見目麗しさから写真に撮られる機会は増えたものの、本当にそれだけなのだ。
「何故だ!!!!」
無惨はブチギレた。ハイエンドなファッション誌に載っているのだから良いだろうと思うが、無惨が望んでいることはそんなことではない。
投げ飛ばされた分厚いファッション誌を拾い上げた零余子は、写真を見てポツリと呟いた。
「なんか嘘っぽいんだよね」
それが聞こえ、無惨は「あぁっ!?」とドスがきいた声で凄む。
「えっ!? いや、その……あまりにも綺麗過ぎて生活感がないんですよ。二人並んで出てくる時って、いつもオシャレなスーツ姿でドラマみたいじゃないですか」
「それの何が悪い。お前らも美しいものを見たいだろう」
「うーん、でもそれって作り物の世界ですよね。私たちがみたいのは、もっと生活感のある……例えば、二人ともお揃いのスウェット姿で近所のスーパーの買い物に行くとか……」
零余子に言われ、二人は想像する。
「黒死牟が着ているようなスウェットは絶対に着たくない」
「私だって錦鯉みたいなセットアップは絶対に嫌です」
二人の台詞を聞き「私服の情報ゲット!」と零余子の目が光る。想像通りである。どうせ黒死牟のスウェットは地味な日曜日のお父さんみたいなやつだろうし、無惨のスウェットはチカチカするくらい派手なブランドのジャージだろう。まるっとお見通しだ。
「じゃあ、もうちょっとカジュアルなペアコーデとかどうですか?」
そう提案され、その日の夕方、二人はお揃いのビッグシルエットのオーバーサイズのパーカーと細身のジーンズを組み合わせていた。
普段、絶対に黒死牟がこういう格好をしないことは全員が解っている。だからこそ無惨に合わせた感じが何だか妙に亭主関白感が出ていて生々しい感じが出てくる。零余子は心の中で泣きながら拝んだ。
「歩いて帰るぞ」
無惨が指輪を嵌めた左手を差し出すと、黒死牟は恥ずかしそうに手を繋ぐ。今までこういった初々しいデートをしたことがないので、黒死牟はサングラスを外せず、真っ赤になったまま俯いている。
「そうか、サングラスをしたままか。では、私もそうする」
顔の半分が隠れるくらい大きなサングラスを掛けて、二人は仲良く事務所を出た。
すると、翌週の週刊誌で大きな写真が載ったのだ。
『鬼舞辻議員、愛しのパートナーとペアルックで帰宅』
自宅近くのコンビニで買い物し、談笑しながら帰る二人の姿がバッチリ写真に撮られ、ネットでも「ラフな議員、かっこよすぎ!」「私服の秘書さん、髪をおだんごにしてるー!」と大騒ぎになったのだ。
「こんな格好の何が嬉しいのか」
大きなパーカーの袖から指先だけ出して頬杖突いている無惨は口では冷めたことを言っているが、かなりご機嫌である。そして、お相手である黒死牟は何度もその記事を読み返し「愛しのパートナー」の一文に目を輝かせ、皆の盛り上がりに周回遅れの状態である。
「こちらの方がウケるなら、そうするか」
そう言って、無惨はファンクラブのカレンダーやSNSに積極的に私服風のペアルック姿を載せると、一気にファンが増えた。
「意味が解らん」
実際に撮影ではない黒死牟とのデートは、二人とも普段通りの綺麗なスーツ姿でホテルの最上階のバーで飲んでいた。
「無惨様の思惑通りになったから良いではありませんか」
ウイスキーのロックを飲みながら黒死牟が笑うと、黒死牟の指輪を嵌めた左手にそっと手を重ねてきた。
「こういう姿の時はノーマークみたいだからな。部屋を取ってある。たまには恋人気分で過ごさないか?」
「……私はいつでも恋人気分ですよ」
薄暗い照明の中で妖しく微笑む黒死牟に、無惨はそっとくちづけをした。