ファンタジー「もー！　めちゃくちゃ大変だったんだよー！！」
　へとへとになりながら、彼女は一枚の写真を巌勝に手渡す。
「悪い！　助かった！」
　その写真を受け取り、巌勝は何度も頭を下げた。大きな溜息を吐き、彼女は困ったように眉を下げる。
「私が先輩のこと好きなんじゃないかって、皆に勘違いされたんだからね！」
「本当にごめん……だって、俺が買いに行くのも変かなって思って……」
「だからって……」
「うた、その辺にしてあげて」
　縁壱に言われ、うたは苦笑いする。
「まさか、お兄さんが、こんな『おまじない』を信じるなんてねぇ……」
　うたに言われ、巌勝は顔を真っ赤にする。そう、この学園には「生徒手帳に好きな人の写真を入れると一年後に両想いになれる」というジンクスがある。
「だけど、先輩、すごい競争率だよー！　学園内の生徒、ほぼ全員が写真買ったんじゃない？」
　好きな人の写真を合法的に手に入れる方法、それはこの学園祭後の写真販売会しかないのだ。意中の鬼舞辻先輩の写真は毎年人気であり、生徒会が大量に写真を用意し、その売り上げをあてにしているくらいだった。
　それだけ大量に用意して、ひとり一枚と制限をかけても即完売なので、うたは早朝から並び、巌勝の為に鬼舞辻先輩の写真を買ってきたのだ。今年は学園祭でハムレットを演じているので、殊更人気であった。
　うたからすれば、彼氏のお兄さんの頼みなので無下にも出来ず、確かに巌勝があの「鬼舞辻先輩の写真が欲しい列」に並ぶのは少し可哀想な気もしたので並んだのだ。
「だけど、お兄さんも先輩の次くらいの人気だけどね……来年になると、先輩に匹敵するんじゃない？」
「そうなのか？」
　自分がイケメンでモテるという自覚のない巌勝は、自分の写真もそこそこ良い売れ行きだということを知らない。寧ろ何の写真が使われたのか、すら知らず、きょとんと首を傾げる。一年は合唱、二年が演劇、三年が模擬店なので、多分、合唱ですみっこにいた写真を撮られたのだろう、と巌勝は他人事のように思っていた。
「勿論、双子の縁壱もかっこいいけどねー」
　うたが笑うと、縁壱も嬉しそうに笑う。縁壱にはうたがいるということを全校生徒が知っているので、縁壱の人気は巌勝よりもやや下であった。そして、二人の生徒手帳は互いの写真を入れているので、生徒手帳に恋人の写真を入れていると将来結婚する、というジンクスに書き換えたいと燃えているようだ。
　そんな二人の様子を気にすることなく、巌勝は生徒手帳に鬼舞辻先輩の写真を入れて、大事そうに胸ポケットに入れた。
　別に両想いになれなくても良い。こうして好きな人の写真を持ち歩いて３年間学生生活を送れたら楽しいだろうな、という青春の１ページのつもりだった。
　嬉しそうな表情をする巌勝を見ていると、縁壱とうたは良いことをした気分になり、並んだ苦労も報われた。
　家に帰ると生徒手帳を開いて、にやにやと写真を眺める。一度だけ実物とすれ違ったが、とんでもない美形だったので、口から心臓がまろび出るかと思った。
　一学年しか違わないはずなのに、大人びた表情をして、何だか良い匂いがした。これが噂の鬼舞辻先輩か……と、感動で足が動かなかった。
　こんなおまじない、叶う以前に、きっと素敵な彼女がいるんだろうな……と写真を見て、巌勝は大きな溜息を吐く。今年の「ハムレット」も満場一致で鬼舞辻先輩がハムレット役に決まったが、オフィーリア役を決める際、名前が挙がった女子生徒が全校生徒から嫌がらせを受けるという異常事態が発生し、役決めは難航。最終的には童磨先輩が女装してオフィーリアをすることになったのだ。童磨先輩も人気なので誰も文句を言わず、鬼舞辻先輩と童磨先輩が並ぶ姿が尊い、と余計に話題になったくらいだ。
　巌勝は思った。俺だってオフィーリアやりたかった！　と。どうして学年が違うのか、と悔しくて、劇を見て帰った日は一晩中泣いた。
　しかし、それでも、こうしてハムレットを演じる写真をゲットできたので、良しとするかと、生徒手帳を枕の下に入れて巌勝は眠った。

　胸ポケットに好きな人の写真があるというのはテンションが上がるものである。
　好きな人と言っても、別に話したこともないし、ただ一度、すれ違っただけである。ましてや相手は学園の人気者。
　片想いとすら呼べないかもしれないと思っていたが、恋に恋するのが楽しい時期なんだよなぁ、と自分で片想いの醍醐味を楽しんでいた。
　そんな時、巌勝が廊下を歩いていると、移動教室で音楽室に向かう鬼舞辻先輩とすれ違った。今日も格好良いなと見惚れていたが、珍しく慌てた様子で走って横を通り過ぎて行く。その時、ぱさっと鬼舞辻先輩が何かを落とした。
「落としましたよ……」
　それは自分と同じ白い生徒手帳。ぱっと拾い上げた時、先輩の生徒手帳の中に自分の写真が入っているのが見えた。
「え？」
　見間違いかと思い固まっていると、鬼舞辻先輩が走って引き返してきた。
「悪い、助かった」
　何事も無かったかのように言って、鬼舞辻先輩は巌勝の手から生徒手帳を奪い取り、走り去っていく。その後ろ姿を見ながら、巌勝はある可能性に気付き、顔が真っ赤になった。

　もしかしたらジンクスは本当かもしれない。
　甘い恋の予感に心臓が高鳴る16歳の秋だった。