無題六月二十五日。多くの人にとっては、毎年巡ってくるなんてことない一日だ。
しかし稀咲鉄太にとっては違う。一年の中で一番大切な日である。
花垣武道。泣き虫のヒーロー。ずっとあこがれ続けた鉄太のヒーロー。そして、あの手この手を弄してようやく手に入れた恋人である。
そんな武道の誕生日こそがこの日である。鉄太は初めて共に過ごす武道の誕生日のために準備してきた。それはもう試行錯誤したのだ。
「稀咲ぃ~、タケミっちだぞ?コーラとポテチで祝うのが一番喜びそうじゃね?」
呆れたように言う修二を一蹴し、鉄太は腕時計を用意した。シンプルだが良いものだ。
「猫に小判、タケミっちに高級腕時計…」
修二のことは叩いておいた。
「いってぇ‼ひでぇよ、稀咲ぃ~」
微塵も痛いなどと思っていないであろう修二のことは無視だ。
「タケミっちに意味が伝わるのかねぇ」
「伝わらなくてもいいんだよ。周りにわかれば、な」
にやりと笑う鉄太に、修二は「こえ~」とまた心にもないことを声にした。その表情は稀咲の贈った腕時計を身に着けた武道を目にした周囲の反応を予想して心底楽しそうだ。
「けどさ~、ちょっと意外だったわ」
修二は鉄太の左手をとった。
「なにがだ」
怪訝そうに言うがそのまま手は修二に預けている。駒だなんだという割に、鉄太は修二を受け入れているのだ。
「稀咲ならさ、タケミっちに指輪やるかと思ってた」
この指にさ、と鉄太の左手薬指にちゅ、と口付け鉄太を見れば、なんとも言えない顔で修二を見ていた。
「うっわ、何その顔」
けらけらと笑えば鉄太は少しだけそっぽを向いて答えた。
「さすがに指輪は早いだろ…」
耳を赤く染めた鉄太に一瞬驚いた修二だが、次の瞬間には火が付いたように笑い転げた。
「タケミっちおとすためにあれやこれや策巡らせて、最終的には泣きながら告った稀咲なのに‼」
そう。鉄太はがんばった。武道に群がる男どもを(イメージとしては)蹴散らし、しかし鈍感な武道が鉄太の恋心に気付くはずもなく、それとなく伝えようとしていた鉄太は最終的に武道の肩を掴み、泣きながら想いを告げたのだ。
「うるさい」
鉄太に蹴られながらも修二はずっと思い出し笑いをしている。なぜ修二が知っているか?当然見ていたからである。鉄太のそれまでの画策から最後の泣き落としまで、修二は全て傍で見ていたのだ。(本人は見守っていたと供述している)
「泣きながら『俺がこんなにお前で頭いっぱいなのに‼なんでお前は気付かないんだよ‼少しはカッコつけさせろよ‼』ってタケミっちの肩掴んでがくがくすっから目ぇ回してたもんな」
「お前は泣くほど笑うな‼」
ヒーヒー言いながらひとしきり笑った修二は、鉄太の頭をやさしく撫でた。
「よかったな、稀咲」
驚いた鉄太が見上げれば、たまに見せる年上らしいやさしい顔の修二。
「…フン」
ぷい、とそっぽを向く鉄太の頭を修二はしばし撫でていた。
「というか半間。お前いつまでここにいるんだ?もうすぐ武道が来るんだが?」
「なんだよ~。邪魔か~?」
「邪魔だな」
きっぱりと言い放った鉄太に「ひっで~」とゲラゲラ笑う。鉄太は出ていく様子のない修二にそれ以上は言わない。鉄太も追い出そうというのでなく、ただ確認しただけだ。
と、呼び鈴が鳴った。武道が来たのだろう。迎えに出る鉄太を修二は見送った。鉄太と武道のデートに同行することは多い、というかほぼ毎回だが、出迎える時などは邪魔したことのない修二だ。嬉しそうに武道を迎える鉄太の邪魔をしたくない、が半分。残りの半分は…
「…やっぱりいた」
呆れ半分、予想が当たったうれしさ半分のこの武道の反応が見たいのだ。武道も当然のようにデートに修二がいることを受け入れている。以前邪魔って思わねぇの?との修二の問いにきょとんとしたあとに言い放ったのだ。
「知ってる?鉄太ってさ、半間くんには餅焼かないし、むしろいない時の方が落ち着かないんだよ」
と。鉄太の想い人が鉄太をよく見ていることに、修二の胸には今まで知らなかった感情が芽生えた。
「修二って呼んでいいよ、タケミっち」
武道のふわふわの髪を撫でながら言えば「えー?やだよ」と答えてきたが、次に会ったときは「修二くん」と呼んでくれた。
修二の世界に色を付けるのは鉄太。そこに温度を与えるのは武道だ。
「よ、タケミっち」
「修二くんも絶対いると思ったからさ、ちゃんと修二くんの分もコーラ買ってきたからね」
どや顔で言う武道になんだかくすぐったい気持ちになった。
「なんだよ、タケミっち俺のことスゲー好きじゃん」
「へ?」
何言っての?という顔の武道に一瞬修二が固まるが、その頭を鉄太が叩いた。
「今更何言ってやがる」
「へ?」
今度は修二が何言ってんの?という顔だ。
「え?修二くん、今更?」
ふはっと武道が笑い出す。
「は?」
「俺も鉄太も、ちゃんと修二くんのことも大好きだよ」
微笑む武道に、修二の両眼があつくなる。
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが…」
呆れ顔の鉄太と武道、両方に手を伸ばして抱き込んだ。
「わ」
驚いてバランスを崩した武道を難なく抱き留める。
「なんだよ、二人とも俺のこと大好きなの」
「そうだよ?」
「お前、ほんとに気付いてなかったんだな。……かわいそうなほどに馬鹿だな」
「ひでぇ。てか言えよ」
「「やだ」」
声を揃えた二人に修二も吹き出してしまう。
「いじめっ子たちだな」
「いじめっ子は修二くんの分までコーラ買いません~」
「そうか、いじめてほしいのか」
「ごめんなさい。やめてください」
三人で声を上げて笑う。
「あ、俺タケミっちにケーキ買ってきたんだ。持ってくるわ」
「やったー‼ケーキ‼」
両手を挙げて喜ぶ武道の頭をひとつ撫でて修二は冷蔵庫へ向かう。
その間に鉄太は武道の手を取り抱きしめた。
「誕生日、おめでとう」
抱きしめれば顔が見えない。武道は照れているであろう鉄太の背にそっと手を回した。
「ありがと」
「あー、いちゃついてら」
しばらく抱き合っていたかったが、すぐに修二が戻ってきた。二人は笑ってソファに座る。と、修二が電気を消した。
「お?」
なんだなんだと武道がきょろきょろするが、すぐに仄かな明かりに気付いた。ろうそくだ。
「え?ろうそく?」
「誕生日ケーキだっていったら店でくれた」
そうして二人のいるソファの前のテーブルにケーキを置いた。
「願い事を込めてから吹き消すんだってさ」
そのことばに武道は瞳を閉じ、心に願いを浮かべた。
「ちゃんと願い事したら消して」
修二に促され、武道はふぅっとろうそくの火に息をふきかけた。
火が消えると修二は明かりをつけた。
「おめでとう、武道」
「おめでと、タケミっち」
「ありがとう、ふたりとも」
意外と器用な修二がケーキを切り分ける。『武道くん、おめでとう』と書かれたチョコのプレートは武道の分に乗せられた。鉄太はケーキに乗っている苺を武道にあーんで食べさせたり、それを見た修二に苺をあーんで食べさせられたりした。
「てことで、俺からのプレゼントはケーキね」
修二がそう言うと稀咲を促した。鉄太が緊張しているのを見抜いたのだ。
「俺、は…」
鉄太はソファの脇に置いていた紙袋を取り出した。
「え?鉄太プレゼントくれんの?」
わくわくとした目を向けられ頷く。
「おめでとう、武道」
改めて祝いを告げ、紙袋を渡す。
「開けていい?」
武道のことばに頷く。武道はありがと、と礼を告げ紙袋から箱を取り出す。
「腕時計だ‼」
中身を見て鉄太の顔を見上げる。鉄太は武道の持つ箱から時計を取ると、武道の左手首に付けた。
「これからもお前と一緒の時間を過ごしたい…」
その左手を掌に口付けた。
「え?俺いまプロポーズされた…?」
武道が呟けば鉄太は固まった。そこまで考えてなかったのだろう。自然に出たことばと行動だったのだ。
「ばはっ。腕時計贈ってる時点でプロポーズだろ、稀咲。今更今更」
けらけらと笑う修二を蹴とばして、鉄太は武道の答えを待った。
回答は………
「俺、稀咲の婿入り道具な」