お題「始発列車」 ホiスiト❄️×女体化🐯 ふゆとらお題「始発列車」
ホスト千冬×女体化一虎
「なんで!! 今夜のラスソンは、取れるっつたじゃん!! だから、掛けまでしてアルマンド……50万も卸したのに!!」
「お、落ち着いてくださいよ、一虎君っ。声のボリューム下げて! 他のお客様、こっち見てますよ……っ。目立っちゃうじゃないですかっ。そ、それに……ち、千冬だって知らなかったんですよ。他の方がサプライズ用意してたの…」
「るっせぇ!! 言い訳がましいんだよ! タケミチ! 会計ッッ! 帰る!」
「ヒャッッ! ひゃいっっ!!」
クソクソクソクソ!
腹が立つ!!
残ってた酒を煽り、カラになったグラスをテーブルに叩きつける。見事グラスは砕け散り、ただの硝子破片と化した。ザマァみろ。
真ん前に座ってた、ヘルプのタケミチが「ひょへぇっ!?」とか情けねぇ声あげてっけど、そんなんどうだっていい。
「ざけんなよ……っ!!」
オキニのMCM、ピンクリュックを引っ掴んでソファーから立ち上がる。ホール内には、オレの担当……今夜No.1の売上げを叩き出した千冬の、歌声が響き渡っててイライラが加速していく。
ホントは、オレの横で歌う予定だったのに。閉店1時間半前に来店した被りに、狙い撃ちされた。
しかも、千冬のイメージにピッタリな、ホワイトデー限定のNV Brut Rose Whiteを2本も卸されて。1本だけでも小計90万すんのに。ンなモン2本も入れられたら、コンカフェと、ネット配信の銭投げ乞食でしか稼ぎがないオレじゃあ太刀打ちできるワケねーじゃん。50万使うのだって、売掛けしてんだから。
つーか、NV Brut Rose Whiteって。全体は白、そこにキラキラした濃い水色の羽とかが入ってるボトルで。はじめて見た時、すごく千冬にピッタリだって思った。
でも、オレには手が届かなかった。乞食って罵られても配信アプリ開いて、リスナーに媚び売って課金させて。コンカフェのバイトを連日オーラス、フルに入れても。1本分の金だって稼げないし、稼げる目処も立たない。
……無理な売り掛けをしたところで、翌月の入金日には間に合わない。そしたら、千冬に迷惑がかかる。
未収の売り掛けは全額、担当ホストが自腹で精算しなきゃならないから。そんなん、絶対無理。千冬に嫌われる。呆れられる。……やだ。
受け取った青伝を握りつぶして、エレベーターに乗り込んだら、キャッシャーから「ありあとあしたー!」とか聞こえてきて。無性に腹が立った。ここは居酒屋か?! 居酒屋なら、高級ボトルばっか並べてんじゃねー!!
「お、可愛いーね。金メッシュよく似合ってるよ、厚底ちゃん。あー、スルーしないでっ!! ねっ、フーゾク興味ない? お金あげるからさ、オレとLINEだけでも交換「るっせー! 死ね!!」ごッッ!?」
イライラ最高潮の中。トー横でストゼロストローしてたら、いつの間にかスカウトの金玉を6つ潰す羽目になった。うぜーナンパ野郎のも合わせたら……いくつだろ。
どうでもいいや。
「邪魔」
「ぎゃっ!?」
股間を抑えたまま、蹲ってるスカウトの頭を厚底で蹴り飛ばす。いつまでも、ダラダラ道端で蹲ってんじゃねーよ。ゴミ。
歌舞伎やSNSで、クソほど風俗のスカウトには声をかけられはする。なのに一回もOKしないのは、千冬が嫌だ、て言ったから。
被りに負けたくないし、風俗はじめよっかな、て何となく漏らした時に『一虎君が、もしオレの為に風俗はじめたらオレはもう二度と一虎君には会いません。だから風俗はしないで。オレ、絶対……一虎君が風俗するのだけは嫌だ』て。
「……シーシャでも吸いに行こっかな」
終電はとっくに終わってる。
高いタク代使ってまで、真っ直ぐ家に帰る気もしなくて、まだ蹲ってたスカウトへカラになったストゼロをぶん投げる。ダッセー灰色のコートに、クリティカルヒットしたストゼロは少し中身が残ってたみたいで。灰色のコートに黒い染みが跳ねてた。
うわー、悲惨〜〜W Wとか笑いながら、そこらのガキどもに携帯を向けられてるスカウトを残し、オレは行きつけのBARを脳内で何軒か思い浮かべた。多分、一番近いBARにつく頃には、トー横のハッシュタグでTikTokに馬鹿なスカウトの醜態が流れてることだろう。
それを肴にして、煙を吸って、吐いても面白くもなんともないんだが。なんにもないよりは、マシなのかな。
「……今夜は千冬、アフターだよな」
ぽつり。口にして、泣きたくなった。グラスを叩き割った時の破片で、軽く切っただけの指先にできた、ちっちゃい傷口が大袈裟にズキズキして怠い。
それにいつもなら、クソほど千冬へLINEして携帯の電源落とすゲームとか意気揚々としたりするのに。今夜だけは、LINEを開く気すらしなかった。
「はぁ、」
3月なのに息が白い。
春って、こんなに寒かったっけ。
なんだか、物凄く虚しい。
イライラは、もう落ちついたのに。次は、無性に寒くて。ぺったんこな胸が、スカスカしてきた。
……今夜は、こんな筈じゃなかったのにな。
「――――一虎君!!」
「え?」
聞こえるワケがない声が背後からして。思わず振り返る。
「BARに入ってんのかと思って、散々ハシゴしちゃったじゃないですか……!! というか、アンタ、上着なしで寒い夜に外なんかいたら風邪引きますよ!」
「え、ぇええ……??」
混乱するオレを他所に、ゼハゼハ荒い呼吸で文句を垂れてんのは、間違いなく千冬だった。
なんで、お前ここにいんの??
「手、めっちゃ冷たいじゃないですか!! 〜〜もう! バリアンでいいですよね! アンタ、バリアン好きだし!」
「え、あ、ちょ、ちょっと待てよ、」
ガッ! て。手を掴まれ。引っ張られたおかげで、目の前に現れた千冬が、オレの幻覚じゃなく本当に存在してることを、漸く理解した。でも……
「なんで、お前ここにいんの? ラスソン取った被りとアフターしなきゃなんないのに」
「はぁ? 別にあのお客さんとは、アフターの約束してませんし。するつもりも、ないんで。というかアンタ、オレがずーっとLINE送ってても既読つかないし! いつもは、オレの携帯が落ちるくらいLINE送りまくる癖にっ。マジで勘弁してくださいよ!」
はぁ〜〜、と。千冬はすっげー長い溜息をついて、ヘアメがぐちゃぐちゃになった前髪をかきあげた。額には、たくさん汗が浮かんでる。
どうやらガチで、走ってオレを探し回ってたらしい。
スカートのポケットから携帯を取り出し、確認したら千冬の言う通り何十件もLINEが入ってた。もちろん相手は全部、千冬。
「は? きも」
「……ヒトの携帯落とすまで、LINE送ってくる一虎君には、言われたくないっス」
素でドン引きするオレに、マジなトーンで返す千冬。
なにこの状況。意味不明過ぎか。
「話は変わっちゃいますけど……その、本当にすいませんでした。約束守れなくて」
「約束?」
「今夜、ラスソンは一虎君で、って約束してたの忘れたんスか?」
……ぶっちゃけ、少し忘れてた。
あんまりにも、唐突に千冬が現れるから。
「ラストオーダー前、急に来たお客さんいたじゃないですか。その人が、店の内勤に金捕ませてオレに内緒のサプライズ仕掛けてきたんです……。そんで…」
「あぁ……」
千冬と出会うまでは、適当に色んなホスクラ行ってて。それなりにホスト遊びに染まってるから、知ってる。
担当に内緒で客がサプライズをしたがった際は「わかりました、担当の○○さんには秘密でご用意しますね」と店側は承りつつ。本当のところは店グルで、サプライズ内容は担当に筒抜け。そうやって、担当が客の動向を把握して、管理する。他の客と競わせたり、無駄な衝突を避ける為だったり……理由は色々。
――タケミチも、千冬は知らなかった、って言ってたよな。アレ、あの場を上手く誤魔化す嘘じゃなかったのか…。
思い当たる節があって、オレの頭は妙に冷静になった。
ラスソンを、オレの卓でするつもりだったのは千冬も、で。オレだけ浮かれてたんじゃなかったんだな、って気づいたら。
「……なぁ、馬鹿女に買収されたそのクソスタ、誰? 今度そいつの指の爪、全部剥がしてやるよ」
「ダメです。てか、そいつ謹慎になったんで。暫く店来ないですよ。客に買収されて、予定を崩したりすんのは店的に御法度ですから」
店グルできない無能は謹慎、ね。いいんだか。悪いんだか。よくわかんねぇ。
「なぁ、千冬。オレ、今夜お前とアフターする約束はしてなかったじゃん。なのに、なんでバリアン行くの? ただ、追いかけてきてラスソンのことだけ、謝ってサヨナラでもいいんじゃね?」
「……アンタねぇ」
ワザと、言ってんでしょ、って顔で。千冬が眉間に皺を寄せる。
……もちろん、ワザと、だけど。
冷たくて、骨ばった掌が耳にかかったオレの髪を軽く、退けて。オキニのピアスが、リン、と鳴った。
「――惚れたオンナと始発まで一緒にいたい、って思う男心弄ばないでください」
耳朶に触れた、千冬の吐息が熱くて。つい、笑ってしまう。
千冬は「もう!」と、顔を赤くしてオレの手を引く。
……バリアンの部屋に入ってから。グラスで切った指先を丁重に洗われ、絆創膏をぐるぐる巻きにされた時は、もっと笑ったけど。
おわり